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−A-side

「…めっちゃうまいよ!!」
ダイニングテーブルなんてないこの部屋じゃ、
カレーの入ったお皿も小さなローテーブルに二つ並べるだけ。

恋人の帰りを料理を作って待つなんて一度はやってみたかったけど、
まさかのっちにすることになるとはね…。

でもスプーンを持ったままうれしそうに笑う顔が、
消されたテレビに鏡みたいに映ってるのを見ると、
なんかすごくうれしい。よろこんでくれてよかった。

「じゃろー」
「ほんまじゃ!」

のっちを待ってる間は何も考えないようにしてた。
いろいろ考えながら作ったら、カレーが不味くなってしまう気がしたから。
ただ早く帰ってきてって思いながら、作ったんだよね。

のっちはそんなことなんてまったく気づいてないんだろうなあ。
無邪気な顔してよろこんじゃって。ちょっと憎たらしいぐらいだよ。

「のっち自炊しとる言うてたけど、あれ嘘じゃろ」
「え…、やっぱわかる?」
「冷蔵庫なーんも入っとらんかった」

「た、たまご入っとったじゃろ」
「いつのたまごかわからんけぇ使えんかったわ」

ぎくっとした顔をしながらそれでもぱくぱく食べ続けるのっち。
ばつが悪そうに苦笑いしながらもうれしそうにカレーを頬張るのっち。

自炊できるなんて、カッコつけなくてもいいのに。ばーか。


−N-side

「…ほいで、じゃがいももあの台の下にあったのにから」
「よう見たら芽が生えとんのよ!ありえんじゃろ!!」

さっき台所で見せた顔とは別人みたいに、いつものあ〜ちゃんだ。
ソファで隣に座って大げさなくらい目を開いて喋る。

たしかにあのじゃがいもはけっこう前からあるからね…。
だらしないとこをいっぱい発見されてなんか情けない。

あんまりカッコわるいとこ見せたくないのになあ。
でも。うん。なんかわるくない。わるくないよ。


「ごちそうさま!あーおいしかった!」
…食べ終わって時計を見るともう23:00。

あ〜ちゃんがすくっと立ち上がって、お皿を運んでいこうとする。
「片付けなんていーのに。明日やるって」
「明日やる明日やる言うていつも片付けんのじゃろー」

いじわるそうに笑って肘で私の頭を小突きながら、
ソファの横をすり抜けていってしまう。
急に部屋に一人になったような気がしてさみしくなる。

「片付けなんていいじゃん。こっちおいでよー」
ちょっと大きめの声で呼んでみても、
あ〜ちゃんはなんか鼻歌歌いながらお皿を洗い始めた。


最近よく一緒にいるから、片付けたら今日は帰っちゃうのかな。
昨日も泊まったし。明日も早いしね。

うーん。でも。
もっと一緒にいたいよ、あ〜ちゃん。
まだちゅーだってしてないじゃん。

…どうやったら帰らないでここにいてくれるんだろ。


−A-side

「こっちおいでよー」

なんかのっちが呼んでる。
たぶんもう遅い時間だから焦ってるんだろうなあ。
さっき一度くっついただけで、まだ今日はキスだってしてくれてないし。

波みたいにうねりながら流れる水が手に触れる。
白い2つの皿がきれいになっていく。水道をキュっとしめる。
こんなふうに、自分の気持ちもシンプルに素直になっていけばいい。


テーブルを拭きにリビングに戻ると、のっちがソファの上でもじもじしてる。
私に触りたくて躊躇してるかんじが伝わってくる。いつもそうなんだよね。

でもそのかんじがいとしくって、
わざと気づかないふりする私も、たいがいいじわるだ。
もじもじがシリアスに変わるとき。真剣な目。
それを待ちわびている時間と満たされた瞬間が、たまらなく好きだから。

いつもどおり気にしないふりをしてると、不意に背後から手首をつかまれた。

「きゃっ、何するん」
「つーかまえた!」

さっき抱き合ったときはなんか夢中だったけど。
こうやって素のときにされるとなんだかどきどきしてくる。

「テーブル、拭かんといけんよ」
「じゃあ一緒に拭けばいいよ」


はしゃいだ高い声とは違った、少し低めの声が耳の後ろあたりに響く。
首のうしろとか耳のあたりでこの声を出されると、背中がぞくぞくしてしまう。

そしてたぶん、私がそれに弱いことを、のっちはもうよく知ってるんだ。


のっちは黙ったまま、後ろから私の右手に自分の右手を重ねて、テーブルを拭き始める。
左手で私を抱きしめるようにして。

立ったままだから拭きにくい…ていうか腰がつらいんじゃけど。
と思ったら、そのままそっと床に膝をつかされる。
のっちはソファに浅く腰かけて、私の手をつかんだままテーブルを器用に拭いていく。

なんていうか、砕けて笑う隙さえ与えてもらえない。
いつもヘタレなのっちに主導権をとられて頭ではくやしいのに、
王子様モードに入ったのっちの両手に動かされる自分の体は、
もう自分のものじゃないみたいに、素直にのっちのいうことをきいてしまう。

からだの、触れ合った部分がなんか熱くなってくのがわかる。
その面積がだんだん大きくなっていって、そのぶん胸も高鳴っていく。


「ほーら、きれいに拭けたー」
そう笑いながら言って、私を自分の方に振り向かせる。
ソファに座ってるのっちと向かい合う姿勢になる。

二人きりになったら真っ赤になっておろおろしたりはしゃいだりするくせに。
こんなふうにいきなり王子様になってしまう。
不思議な人だ。そのスイッチはどこにあるんだろう。


にこにこ笑いながら私を見つめる。やさしい目だなあ。
「今日はありがとね」

待ちわびてた瞬間だった。ぐっと引き寄せられて、抱きしめられる。
おさまるべきところにおさまって、すべてが満たされていくような気分になる。
のっちの肩に顔を置いて。いつまでもこうしていたくなる。


−N-side

抱きしめたあ〜ちゃんは少し熱かった。
テーブルを拭いてる間中、抱きしめてほしいって声が聞こえた気がした。
ふざけて憎まれ口たたいてきても、それは一人でさみしかったって、言われてるような気がした。

勝手な妄想かな。
背中に回された手に、それは間違いじゃないってことを知らされてる気もする。
なんか驚くくらい、もう、抱き合う体はしっくりとくる。


「今日は最高!」
「カレーもおいしかったし、ライブもよかったし」
「あ〜ちゃんも来ればよかったのに、ゆかちゃんも言うとったよ」
無言の間にさすがに照れて、どうでもいいことを言ってしまうよ。

「…」
「あ〜ちゃん?」

あ〜ちゃんが急に何も言わなくなった。いや、さっきからずっと無言なんだけど。
あ〜ちゃんの体から、何か違うものを感じた。ん?なんか変なこと言ったかな。
体を離して顔をのぞきこんでみると、あ〜ちゃんは下を向いてる。


「…のっち、あのね」
その顔が上がったとき、突然あ〜ちゃんの携帯が鳴った。
この着うた、聞き覚えがある。

「あ、お母さんからだ」
そっか。もうそんな時間なのか。。

あ〜ちゃんは電話には出なかったけど、いきなり笑顔で爆弾発言を放った。
「もうこんな時間じゃ!帰らにゃいけん」


「ええー!だってまだちゅーもしとらんのに」
「ちゅーは明日までおあずけじゃ」

にやりと笑って、あ〜ちゃんは私の頭をぽんぽん叩いた。


−A-side

途端にのっちの王子様顔が崩れてくのがおかしい。
私だって帰りたくないよ、のっち。
でもさすがに連泊はまずいし、今日はもうここまでかなあ。

「ほんまに帰りよるん」
「ほんまに帰りよるよ、だって、明日学校じゃよ?」
「うーん、ほうじゃけど…」

そそくさと着替えて玄関に向かう私を、のっちはソファの上でじっと見てる。
うらめしそうな顔して甘えた子供みたいにだだをこね続けてる。

こういうときはさっぱりするのが一番いい。
だって明日もあさっても会えるんだから。


「じゃあね!」
そう言って、私は膨れっ面ののっちの頬にキスをした。
今日初めてのキスがばいばいのキスになってしまうのは残念だけど。

いつもなら駅まで送ってくれるのにな。そんなにすねんでもいいのに。
そう思いながら玄関に向かう。


…あれ?
当然そこにあるはずの物が、そこにはなかった。

驚いて振り向くと、のっちがにやにやしてこっちを見てる。
ソファの上であぐらをかいて、背もたれに両手を投げ出して。

「のっち!!」
「へ?」

そのとぼけた顔を見た瞬間に、私は全てを理解した。
気持ちはわかったけど…それはずるくない?


「…もしかして、これのこと?」
へへーって笑いながら、のっちが右手を高く上げた。
どこまでも伸びていきそうに奔放なその指には、
私が今日ここへ履いてきた靴が、所在なさげにぶらさがっている。

こんなときだけ、悪知恵がよく働くもんだ。。
はあっと大きく息をついて、無邪気に笑うその顔を見る。
こうやって、たまにホームラン打っちゃうんだよなあ。


…私だって帰りたくなかったんだよ。
さっき抱きしめられたとき、あの匂いはしなかった。
それを知って、どれだけ安心したか。気づいてないでしょ?

怒られるんじゃないかって肩をすくめてるのっちに、そう心の中で言いながら。
カバンを床に置いて、私はゆっくりとのっちの方へ近づいていった。


ねぇ、のっち。
私ずっと待ってたよ。
この部屋で、のっちのこと、ずっと一人で待ってたんだよ。


(つづく)






最終更新:2008年10月12日 20:17