「のっち、お誕生日おめでとう!」
18歳。のっちは18歳になった。
あれから3ヶ月が過ぎた。のっちは、18歳の誕生日をあ〜ちゃんと迎えることが出来た。
一時は、あ〜ちゃんともう一緒に誕生日を過ごすことはないのかもしれない、と思ったのっちだったが、こうやって今年も、あ〜ちゃんの手作りケーキと共に迎える誕生日は、最高の誕生日だった。
1年が過ぎて、思い返せば山あり谷ありだった、のっちの17歳。今となれば、夢のようだったと、のっちは思う。
3年生の夏を過ぎた今日は、あ〜ちゃんの大学入試の合格発表だ。1年生のときから委員会に積極的に参加し、堅実な3年間を送ってきたあ〜ちゃんは、関西の有名大学の学校推薦枠を貰うことが出来た。実力があるのだから、東京まで出たらいい、と何度ものっちが進めたのにも関わらず、関西の大学を選んだのは、「あんまり遠く行くと、広島帰れん。」と、あ〜ちゃんらしい理由だった。そして、先日、試験を終え、本日、結果が出る。誕生日が恋人の人生を左右する大事な日と重なり、のっちは朝から胃が痛くなる思いでいた。
そんなのっちの心配をよそに、あ〜ちゃんはへらへらしていた。のっちが昼休み、正座して、あ〜ちゃんがやってくるのを待っていると、なんしよん、と冷めた目で見られた上に、何も言わずあ〜ちゃんは座った。恐る恐るのっちが、「どうだった…?」と聞くと、「あ、受かったけえ。」と返事をするものだから、のっちは拍子抜けする。
いつだってそうだった。あ〜ちゃんは、のっちの一歩も二歩も先を行く。
「…で、のっちは? 進路決まったん?」
「うん。」
「え、どこにしたん?」
あ〜ちゃんは、以前、何度ものっちに進路の話をした。なのに、のっちは「まだだいじょーぶだって!」と、どこからか湧き出てくる余裕を見せ付けて、興味を示さなかった。あ〜ちゃんひとり、焦りを感じていたのに、あっさり答えられて、あ〜ちゃんは拍子抜けする。ケーキを食べていた手を止めて、嬉しげにのっちが、ごそごそと鞄の中からパンフレットを取り出した。そのパンフレットをあ〜ちゃんが受け取る。
「これって?」
「やっぱあたしは、何が好きなんだろー、って考えた結果、音楽だったんよ。ライブとか行くんも好きだし、音楽に関わる仕事したいなあーって。それに、」
「それに?」
「住所を見てごらんなさーい。」
へへん、と胸の前で腕組みをしたのっちが、得意げに言う。あ〜ちゃんはパンフレットの住所の書いてある欄を探す。見つけると、そこに書いてある住所に驚いて、のっちを見た。
「あ〜ちゃんの大学と近所なんよ!」
「でも、ほんとにここでいいん? もっと他にいいとこあるんじゃないん?」
「ちゃんと自分で探したよ。でもやっぱりここがいいなあーって思った! 春からもあ〜ちゃんと一緒だよ!」
「まあ、受かればの話じゃけえー。」
「ひどいよあ〜ちゃん! ちゃんと応援してよ!」
ケーキを囲んで、いつものように賑やかな時間を過ごしていると、時間が止まったかのようにのっちが笑うのを止めた。不思議に思ったあ〜ちゃんが、首を傾げる。
「あ〜ちゃん、好きだよ。」
突然の愛の告白に、あ〜ちゃんの胸はどきりとする。ふざけての好きだは、毎日のように聞いていたあ〜ちゃんだが、改めて言われると照れくさい。
「のっちのこと、好きになってくれてありがとう。」
「…でも、ゆかちゃんのおかげじゃけえ。」
「ゆかちゃんの?」
「のっちがゆかちゃんと付き合ってなかったら、ほんとーに大事なものに気付けんかった。最低っちゃ最低よね。そうじゃないとのっちのこと、好きじゃって気付けんのじゃけん…。」
「あ〜ちゃん…。」
「じゃけえー、ゆかちゃんには感謝しとるんよ。」
あ〜ちゃんは、お得意の太陽のような笑顔を見せる。今度はのっちが、胸を躍らす番だ。のっちは、そっとあ〜ちゃんの元へ近づいていく。
「のっち…。」
「ずっと一緒にいようね。」
静かにあ〜ちゃんは、目を閉じた。それが合図とでもいうように、のっちの顔はあ〜ちゃんに近づいていく。軽く触れるだけのキス。あ〜ちゃんの右手が、のっちのTシャツの裾を掴んだ。
「もう1回…。」
「ん。」
啄ばむようなキス。時折洩れる、笑い声。この瞬間、のっちは大げさながらに、生きていてよかったと思う。
突然、ふたりの時間を遮るかのように、鳴った携帯電話。
「のっち、出んと。」
「…いーよ、後で。」
「でも、」
「今は、あ〜ちゃんとキスしたい。」
絡み合った指先が、すべて忘れさせてくれる。
「じゃあ、また明日ね。」
「うん、おやすみ。」
あ〜ちゃんの家を後にし、自転車を漕いで我家へと急ぐ。ふと、先ほどの携帯電話のことを思い出した。留守番電話が残されている。留守番電話を残すような知人が、のっちにはいなかった。心当たりは全く無かったが、自転車をゆらゆら漕ぎながら、携帯電話を耳に当てる。
『……のっち…?』
携帯電話から聞こえてきたのは、聞き覚えのある、あの特徴的な声。
『びっくりしたよね。ゆか、だよ…。』
自転車を漕ぐことさえも、億劫になり、その場に立ち止まる。体中の神経が、耳に、集中した。
『本当は、何度も電話しようと思ったんよ。会いに行こうとも思ったんよ。でも出来んかった…。のっちには、あ〜ちゃんとしあわせになってほしかったから。』
『ごめんね、松本くんとのこと…。でも、ゆかは、松本くんとグルだったわけじゃないんよ。ゆかは…ゆかは……、』
『のっちが、好きだった。』
思いがけない言葉に、のっちの目は大きく開く。背後から迫ってきた車のライトに気付いて、急いで自転車を退かせる。意識は、また、電話から伝わる声へと向かう。暗闇の中、ジリリと街灯が音を鳴らし、のっちの影をほんのり作る。
『バカだよね…、ゆか、のっちが好きで、ずっと目で追ってた…。帰りとか、わざわざ、のっちと同じ方向に帰ったり、して。のっちは、気付いてなかったけど…。』
『でも、気付かれちゃった、松本くんに。バレちゃった、のっちのこと好きなの。でも、松本くんも、あ〜ちゃんが好きだから…同じように目で追ってて。』
『ゆかが、のっちを好きなこと…バラされたくなかったら、のっちとあ〜ちゃん引き離すの手伝えって、お前だって、その方が都合いいだろ、って…ぇ。』
電話から聞こえるゆかの声が、次第に、震えていくのがわかる。のっちは、すすり泣くゆかの声を聞いているだけで胸が痛んだ。自分が、とんだ勘違いを、3ヶ月もの間、していたことに気付いた。
『でも、ゆか、協力しちゃった…。のっちのこと、ずっと見てたから、のっちがあ〜ちゃんのこと、好きなん、すぐにわかったのに…。自分勝手だよね…。』
『ごめんね、のっち…。でも、嘘じゃ、ないよ。一目惚れしたのも、ほんとだし、のっちのこと、好きだし、のっちにしあわせになっても、ほしかった…。どれも本当の、ゆかの、気持ち。』
「ゆかちゃんっ…。」
いつからこんなにも涙脆くなったのだろうか。のっちは、自分の視界が歪んでいることに気付いた。ごしごしと不器用に腕で涙を拭っても、すぐに視界は歪んでいく。
『のっち、好きだよ。』
『ゆか、の、初恋だよ、のっち。なにもかも、のっちが…っ、初めてだった…。』
『ありがとね、のっち。…ばいばい。』
録音されたメッセージの再生が終わった。のっちの耳は、無音になる。勘違いをしていた。取り返しのつかないことをしてしまった。後悔だけが、のっちの心に刻み込まれる。突き刺されたような感覚に陥った。
暫く、のっちはその場から動くことが出来なかった。スカートから伸びた2本の細い足は、錘を纏ったかのように重かった。
結局は、だれも。本当の愛など知らないまま、大人になろうとしていた。
愛に飢えていた。愛が足りなかった。
最終更新:2010年11月06日 04:46