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『あたしが、報ってあげなきゃ、って思う。』




有香が差し出す右手を、綾香は躊躇うことなく取った。ふたりは、付き合う、ことになった。有香が、あまりにも自信満々に、綾香のことをしあわせに出来る、と宣言するものだから、綾香は、ほんの少し有香に甘えることにした。
縋りたかった。誰でもいいわけではない。有香だから、綾香は、手を取った。


大学の門を潜っても、綾香は未だに一昨日のライブが名残惜しくて、いかついヘッドフォンでカプセルの曲を聴いていた。ショッキングピンクのミュージックプレイヤーを手に持って、大学内の緑地を歩いていくと、肩をぽんぽんと叩かれた。驚いて、叩かれた肩側を見ると、有香がにこりと笑顔を見せて、口をぱくぱく動かしている。綾香は、慌ててヘッドフォンを外した。


「ゆかちゃん、びっくりしたけえー。」
「あ〜ちゃん、何回呼んでも振り向いてくれんけえ、急いで走ってきたんよ。音楽聴いてたんじゃね。…カプセル?」
「うんー。ライブでやってた曲聴いてたー。」
「…ゆかも今度カプセルのライブ行こうかな。」


先日とは正反対の有香の反応に、綾香は驚いた。綾香が目を真ん丸くして、有香を見るものだから、有香は可笑しくなって、笑った。


「どしたん? 急に。あんなにいいわあーって言うてたのに。」


綾香は、思わず理由を尋ねた。すると、有香は青々しい木々を見上げて、その隙間から輝く日光に目を細めた。


「あ〜ちゃんのことが知りたいから。」
「え?」
「ゆかは、あ〜ちゃんのいちばんになりたいだけなんよ。」


有香は、それだけ告げると、「じゃあ、またあとでね!」と言って綾香を残して、足早に駆けていった。綾香は、そんな有香の背中に何も返すことは出来なかった。


その日、綾香は、有香を自宅に呼んだ。大学に入学して3年目を迎えようとしていたが、有香は、綾香の自宅に一度も来たことがなかった。綾香が、昼休みに、「今日、うち来る?」と、話を持ちかけると、有香は一瞬制止したのちに、目を輝かせて「行く!」と嬉しそうに返事をした。






「お邪魔しまぁーす…。」


綾香の後ろに続けて入る有香は、緊張していた。そんな有香の姿を見て、綾香が笑うと、有香は恥ずかしそうに、頬を少しだけ朱に染める。実家暮らしの綾香だが、両親は共働きで、妹は、まだ学校へ行っている時間。誰もいなかった。


「そんなに緊張せんでも、今は、家に誰もおらんけえ。」
「ホント? それ、早く言ってよ! 妙に緊張しちゃったじゃん!」


綾香が誰も家にいないことを、有香に告げると、有香はホッと胸を撫で下ろした。少しばかり緊張の解けた有香を、綾香は自室へと案内する。
綾香の部屋は、綾香の好きな桃色でまとめられたすっきりとした部屋だ。有香は、部屋に入るなり、一通り室内を見渡してから、綾香に促されるままにベッドに腰掛けた。


「可愛い部屋だね。」
「今、ジュース入れるから待っててー。」


綾香は有香を部屋へ残して、階段を駆け下りてキッチンへと向かう。冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出して、2つのグラスに均等に注ぐと、それを持って有香の待つ部屋へ。


「お待たせ。」
「これ、あ〜ちゃん?」


綾香が部屋に戻るなり、有香が尋ねてきた。綾香は、有香の指差す方へ視線を動かす。有香の指の先には、コルクボードに飾られた思い出の写真達。


「あ、それちょっとやめてよー、恥ずかしいけえ。」
「えー、全然変わってないよ? これなんかほんとかわいー!」


有香は、コルクボードに飾ってある綾香の写真を眺めながら、楽しそうにしている。綾香は、持ってきた2つのグラスをテーブルの上に置いた。すると、有香が「この写真…。」と、言った。


「どれー?」


綾香が有香の隣に並んで、写真を確認すると、


「この写真、ライブハウスの前で撮ったやつ? あ〜ちゃんの通ってるライブハウスってこんなとこなんじゃねー。あ〜ちゃん若いなあ、高校生?」
「それ…。」
「あ、名前書いてある…ミナミ、みい、あっちゃん、あ〜ちゃん、のっち…。」


書かれてある通りに名前を読み上げた有香は、ハッとして思わず黙り込んでしまう。
写真に写る、綾香の隣で情けなく笑う、“のっち”は、黒髪ショートボブが似合う、大きな瞳が印象的な綺麗な顔立ちの女の子だった。有香は、初めてのっちの顔を見た。


「…この、情けない顔してんのが、のっち。」
「……。」
「これしかないけど、大事な思い出じゃけえ、飾っとるんよ。」


綾香が、何事もない、ように笑うものだから、有香は、安心した。有香は、隣にいる、綾香を咄嗟に抱きしめた。


「ゆかちゃ…。」
「あやちゃん、ゆかのこと、いっぱい好きになって。」
「…うん。」
「ゆかは、あやちゃんが好きだよ。」


写真の、のっちは、今でも情けなく笑っている。時を止めて。






最終更新:2010年11月06日 15:28