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のっちに呼び出されたのは、保育園の近くの公園だった。

約束は夕方。時間は指定されてなかった。夕日が見えたら来て、そう言われて。
入口に着いた時、遠くの方からトロイメライが流れてきて、家に帰るたくさんの子供達とすれ違った。
小さく手を振ると、みんな恥ずかしそうに手を振り返してくれて、…かわいかった。

誰もいなくなった公園で、夕日に照らされたジャングルジムが、お城みたいな影を作っている。
置き忘れられたバケツとスコップが、砂場で埋もれていた。

静かに揺れるブランコに近寄る。思い切って立ち乗りしてみると、キィキィと鎖がきしんだ。

…ひとりぼっちの公園は、さみしい。
かくれんぼでみつけてもらえなかった子供のように、泣きたい気持ちになる。
今日はこんなに綺麗な夕暮れなのに、悲しくなって、…色々、思い出してしまうから。
…のっち、早く来て。あ〜ちゃんをひとりにしないで、って、そう言ったのに…。

俯いてブランコを漕いでいると、遠くからパタパタと足音が聞こえてきた。

(…のっち?)

ブランコから降りようとしていた足が、その人影を見て…、固まった。

乱れた呼吸を抑えるように胸に手をあてて、ゆっくりとあたしの前まで歩いてくる。
ブランコに立つあたしを見上げてる。…長い髪が、風になびいている。

「ゆかちゃん…。」
「…となり、いいかな。」

ゆかちゃんはあたしの返事を待たずに、隣のブランコに腰かけると無言のまま漕ぎだした。

…頭の中が混乱する。…何しに来たの?どうして来たの?…
なぜか上手く言葉が選べなくて、…ぶっきらぼうに話しかけた。

「なんか、用?」
「…ぅ、うん。」

返事したものの、ゆかちゃんはなかなか話し出さない。…沈黙が、重苦しい…。


「…何?」
「……。」
「用があるなら、早ぅして。…あ〜ちゃん、約束があるの。」
「…。んと、その…、ぁ、謝らんといけないかなって、思って。」
「謝る?…何を?」
「怒っとるでしょ?…こないだの、こと。」
「…こないだ?」
「……えっと、…タクシーの中で、、。」

「そんなん、別に…。それを、わざわざ言いに来たん?」
「…ぅうん、…、んと、その、、、」
「ゆかちゃん。…あ〜ちゃん、約束があるっていったじゃろ。」
「……。」
「待ってる人がいるの。…だから、早ぅしてくれんと困る。」

ゆかちゃんが唇を噛んで俯いた。いつもと違うあたしの様子に、戸惑ってる…。
だって、…あ〜ちゃんはね、ゆかちゃん。…ゆかちゃんが本当は別の話をしに来たの、気がついとるの…。
…だから、どうしてもいじわるな言葉ばかり選んでしまう。

会話が続かないまま、…ゆかちゃんが、困惑をごまかすように足元の砂を蹴りはじめた。

「……。」

ゆかちゃん。…自分からは言えんのじゃね。…いいよ、じゃ、あ〜ちゃんが言ってあげるね。

「…———ゆかちゃん、さ、」
「…うん。」

「ゆかちゃん、ほんまは…」
「…ん?」
「……あたし、じゃなくて、誰か別に大切な人がおるんじゃろ。…正直に言っていいよ。」
「えっ?ゆか、そんなん違う……!」
「違うの?———じゃ、あ〜ちゃんのこと、どう思っとるん?」
「…。ゆかは…、、そ、の……、…。」
「……仲間、じゃろ。それ以上でもそれ以下でもない、昔からの仲間。…そうじゃろ。」
「あ〜ちゃん、…ゆか、は…、」

「ゆかちゃんはさ、あたしが好きって言ったから、ちょっと相手してくれただけじゃろ。
 …ありがとう。少しの間だったけど、…あたし、…———すごく、嬉しかった……。
 でもね、同情ならして欲しくなかったんよ。あたしたち、つきあっとったとかそういうんじゃないし、
 だから、…もう、タクシーの中みたいな、ああいうことはせんで、…普通の仲間に戻ろう。」
「えっ…、、」
「そうしよって、言いにきたんじゃろ?…ゆかちゃんは。」
「…ちがっ、…違…う、、、、、」
「…違わないじゃろ。…あ〜ちゃん、もう気が済んだの。だから、そうしたいの。」
「………っ。」

「すっきりした!…ということで、この話、おしまい!……ね?」

……。ね……?

…ちゃんと言えたよ、ゆかちゃん。
…ゆかちゃんの、代わりに…。あ〜ちゃん、えらいでしょ…。


ゆかちゃん、……なんで、何も言わんの…?
…あたしの言っとること、そんなに当たっとった…?ひとことくらいは、言い訳してもいいじゃろ…。

…そう。…何も言ってくれんのじゃね。
…———うん、わかっとったから、……いいけどね…。


ゆかちゃんがようやく呟いたのは、全く見当違いの言葉だった。

「…あ〜ちゃんは、…のっちのことが、好きなの…?」
「えっ…?」
「…ゆかのことは、…もう、…好きじゃないの…?」

…怒りがこみ上げる。ゆかちゃんは、あたしの気持ちなんて全然分かってない!

「のっちと約束しとるの。二人でおるとこ見られたくないのっ!わかるじゃろ!!」

あたし、今、ひどいこと言ってる。でも、もう止められない。
真っ赤な顔をしたゆかちゃんが、ブランコから立ち上がった。「あ〜ちゃん、ゆかはねっ…、」
勢いで言おうとした言葉が、尻つぼみに消えていく。

「…ゆか、ゆかはっ…、あのっ、…あのね、…。」

ゆかちゃんがまた俯いた。か細い声で何か言ってるけど、上手く聞き取れない。

「…あ〜ちゃん、……あ、のね、…ゆ か、…、」
「何?」
「…ゆ か 、……………。」
「なに?全然聞こえない。」

ゆかちゃんがもがいてる。思うように言葉が出てこなくて、苦しんでる。
でも、…もう何にも聞きたくない。ゆかちゃんの言葉なんか、いらない。…言いたいなら、
早く言って欲しい。そばにいると苦しくなるから。会話をもう終わらせたいの。
早く行って欲しい。あたし以外の人のところへ。一緒にはもういられないから。
いじわるな言葉を滅茶苦茶に投げつけて、傷つけてしまいたい。…いっそ、嫌ってくれればいい。

「何?わかんない。はっきり言ってよ。」
「…ゆか、…あ〜 ちゃん……の……と、…  …。」
「聞こえない、ゆかちゃん。」
「……あ〜ちゃん… こと、…が、———…   …。……。」

その声を絞り出すようなつぶやきは、小さくて…、ちゃんと聞こえなくて。…よくわからない。

「…か、…ど…して…いいか、…から…なく、て…、…まく…言え…く…て、…けど、…つも、…ゆかは、」
「ねぇ、ゆかちゃん!ほんまに聞こえんって。…何言っとるの?」

顔をあげたゆかちゃんが、あたしの冷えた眼差しに表情を歪ませる。
何か伝えようとして口を開いて、…結局言わずに俯いた。でも、次の言葉はちゃんと聞こえた。
「ごめん。…もう、いいの。…——なんでも、ないの。」
「…え?」
「もういいの。気に、しないで。」

深呼吸して、それから、はっきりと言った。

「今のは、全部忘れて。」


ゆかちゃんが俯いたままちょっと笑った。さみしそうな瞳をして。
…一瞬、ドキッとする。そんな目をしたゆかちゃんは…、知らない。

「ごめん、邪魔した。…ゆか、行くね。」

ゆかちゃんはバックを手に取ると、俯いたまま公園の出口に向かう。

「…ゆかちゃん?」

気がついたらブランコから降りていた。ブランコの柵を通り過ぎようとしたゆかちゃんの手を握る。
ゆかちゅんがビクッとした。だけど、顔をそむけてこっちを見ない。

…手が、冷たい。いつもあんなにあたしを熱くさせた手が、凍えてる。…震えてる。
今日は温かいのに、…ゆかちゃん、どうして…。

「……離し、て。」

引きとめた自分に戸惑って、…ふと、思い出したのは…、なぜかさっきの、ゆかちゃんの言葉。

(…ゆかは…、あ〜ちゃんのこと、…いつも…、、)

……え?…いつも…?…何、…なんて、言ってたっけ。
…———待って…あたし…何、か…違って、た…?…さっきの、…って、……ひょっとして、…。
ううん、…そんなはずが、ない。そんなはずはない!

……けど、…もしか、して、…もしかして、…ゆかちゃん、は。。

「…ゆかちゃんの気持ち、……誤解してた、ら……———ごめん、ね。」

ゆかちゃんは両手で瞼を覆うと、堪え切れずに泣き出した。
「…うぅぅ…っ!」

頭が真っ白になって、心臓がわし掴みされたように痛みだす。
「ご、ごめんっ!ひどいこと言ってごめん、ゆかちゃん、ごめんなさいっ。」
「……ゆ、か、…いつも、…あ〜ちゃんの、こと、…いつ、も……っ、ぅう…っ…」
「ゆかちゃん、わかったから、ごめん、もうわかったから、……泣かないで。」
「……っっ、、、」

ゆかちゃんの両手から、大粒の涙が溢れている。
頬を伝う滴に夕日が反射して、キラキラの流れ星みたいに、光ってこぼれて消えていく。
凍える手をそっと包み込むと、暖かい涙の粒が伝ってきた。
綺麗で、悲しくて、…あたしの胸をもっと締めつける。苦しくて、息が止まってしまいそう…。

「…ごめんね。お願いだから、もう泣かないで…。…ゆかちゃん、大好き…。」

その言葉を聞いたゆかちゃんが、俯いたまま両手を解いた。
真っ赤に潤んだ瞳から、星のカケラが零れおちてくる。唇が震えてる。
止まらない涙に戸惑って、顔をそらそうとしたゆかちゃんの頬を、両手で挟みこむ。

ゆかちゃんが泣き止みますようにって、願いを込めて、その唇に自分のを近づける。

二人の影が重なろうとした時、…なぜか、唇に冷たい感触。
ゆかちゃんが涙目のまま、あたしの唇を指先で押さえつけて、頬をぷくっと膨らませた。
…あ、怒っとる。…そりゃ怒って当然じゃろ。
慌ててゆかちゃんの頬から手を離すと、予想もしない言葉が降ってきた。


「…これは、ゆかの。」
「むぐ?」
「…ゆかのだから、……他の人と、チューとかしちゃダメッ!」

他の、人?…あ、のっちのことか…。…えっ…ゆかちゃん、まさかヤキモチ焼いてる?

「…わかったら、ちゃんと返事する。」

指で唇を押さえられたまま頷くと、ぎゅっと抱きしめられて、頭をくしゃくしゃとなでられた。
…耳元に伝わるのは、震える吐息と甘くて小さな囁き…。

「…ゆかの。…あ〜ちゃんは全部、ゆかのなの…。」

首筋に唇が当たって、こないだのシルシにもう一度キスが重なる。…消えない体温が、また刻まれる。

「…ゆかの、かわいいあ〜ちゃん、…あ〜ちゃん、あ〜ちゃん…っ」

ぎゅっと強く抱きしめて。名前を呼んで、頭をなでて。
…あたしが一番欲しかったもの。あたしがずっと望んでいたもの…。

それは、…ゆかちゃん…。

ゆかちゃんに、ゆかちゃんから、…こうされること。…———嬉しくて、もうどうなってもいい。

「…あ〜ちゃん、ゆかのこと、どう思っとるん?」

ゆかちゃんは、その質問が大好きじゃね…。一体何度言わせたら、満足するの?

「好き。」
「……ゆかも…すき…。」
「ぇっ!?」

…破裂しそうなほどドキドキして、肌が熱くなりすぎて…どっちがどっちのだか、わからなくなる。
泣き出しそうな声で囁いたのは、…ゆかちゃん…。

「…あ〜ちゃん、…ゆかに……チューして……。」

両手を繋いで、…真っ赤に染まったゆかちゃんを下から覗きこんで、唇を合わせる。
…熱くてやわらかい、ゆかちゃんの唇。…ゆかちゃんの体温…。
…他の誰かのじゃなくて、他の誰でもなくて、…ゆかちゃんも全部、あ〜ちゃんの。…約束ね…。

満ち足りて唇を離すと、ゆかちゃんが両手を握り返してきた。上目使いで見つめてくる。

「…ねぇ、あ〜ちゃん。ゆかと、する?」

絶句した。———ゆかちゃん、タクシーの中のこと、ほんまに反省しとる?
ゆかちゃんって、そういうことはすぐ言う(むしろ言わんでいいし…恥ずかしい!)のに、
なんで、別の言葉になると全然言えんくなるの?…すっごい、不思議。


「しない。」
「嫌?……あ、外だから?」
「ち、違う、そういうことじゃなくて!…えっと、その前にね、」
「前?」

「こないだの約束。———ネイル、してくれるんじゃろ?」
「あっ…」
「まさか、忘れとった?ひどいなぁ。」
「忘れとらん、忘れとらんよ!じゃ、ゆかのとおそろいのネイルをして、…あっ、あと、」
「あと?」

ゆかちゃんが何か呟いている。口元に耳を近づけると首筋に熱い息がかかった。
聞こえてきたのは、…とびきり可愛い囁き声。
「…———後で、いっぱい可愛いがってあげるね?」
途端に、耳がチクっとして背筋がゾクっとした。
「…ひゃっ!!」

慌てて顔を離すと、ゆかちゃんがちょっぴり舌を出して笑ってた。

「な〜んてね。…あ〜ちゃん、びっくりした??」

…まだ赤い目しとるくせに、ほっぺに涙の跡たくさん残しとるくせに、超ドキドキしとるくせに、
得意げな顔してこんなことしよるなんて、…まったく、どうかしとるじゃろ!
油断してたカラダが一気に熱くなって、噛まれた耳まで真っ赤に染まっていく…。

「あ、赤くなっとる。…かーわいい!」

瞬く間に抱き寄せられて、強引なキスを重ねられた。

…ほんまにもぅ、ゆかちゃんは…。
意地っ張りで、不器用で、泣き虫で、いたずらっこで、…どうしようもないほど…かわいい…。

こんなにあ〜ちゃんを夢中にさせた責任、ちゃんととってくれるなら、
…涙の味がする、このちょっぴりしょっぱいキスも…、
特別にあ〜ちゃんが、たっぷり甘〜く、……してもいいよ。

…それでいい、ゆかちゃん…?


ゆかちゃん。
…ゆかちゃん、あのね…、

———……ゆかちゃんが、大〜好きっ!!



星に願いを 編  おしまい







最終更新:2008年10月12日 20:39