教室に戻って自分の席に座った。
なんと後ろの席が樫野さんだった。
背中にものすごい圧迫感を感じるのはなぜだろう。
あたしはお昼休みまでその圧迫感を感じながら授業を受けた。
お昼休みを知らせるチャイムが鳴るとあたしはバックを手に取って教室を飛び出した。
やっと意味のわからない圧迫感から逃れられる。
今日はお日様が出てポカポカしてて気持ちいい。
人気のいないテニスコートのそばのベンチに寝そべる。
そのままお昼寝に突入しそうな感じ。
「こら!!」
ウトウトしかけた頃、頭上から声が聞こえた。
「あ・・・・」
声を掛けてくれたのはあ〜ちゃん。
「もー・・・。すぐ、ひとりになろうとするんじゃからw」
あ〜ちゃんは苦笑いしてあたしのとなりに座った。
「お昼ごはん食べたん?」
「まだっす・・・」
「お弁当持ってきたん?」
「忘れちゃった・・・」
「もー、しっかりしんさい。もう高校三年生じゃろw」
「すんません、、、」
これ食べんさいって渡されたのは手作りのお弁当。
「えっ。いいんですか?これって先生の分じゃ?」
「んー?ええよ。先生ね、今ダイエット中じゃけんw」
「ダイエットなんて必要ないじゃないですか、、、」
「ふふ。ウエディングドレスのためじゃけぇww」
「あぁ!そっか」
そういえば、あ〜ちゃん結婚するんだっけ。
婚約指輪嬉しそうに見せてくれたっけ。
たしか9月に挙式って言ってたっけ。
「ゆかちゃんたちと一緒に食べればええのに」
「ふぇ?」
「ほら。あっちでみんなで楽しそうに食べてるけぇ」
「あぁ・・・」
あ〜ちゃんの指差した先に樫野さんたちが輪になって座ってるのが見えた。
「なんか嫌われちゃったみたいです」
「ん?誰が?」
「あたしが。樫野さんに」
「え!?どしてぇ?」
「さぁ?わかんないっすw」
「大丈夫。大丈夫。のっちのこと嫌いって言ってる子、先生見たことないけん」
なんか適当な感じで言われてる気がするんだけどな・・・。
「ほんま、大丈夫よ。ゆかちゃんは良い子じゃけぇ。少しずつ仲良くなったらええ」
「そう言えば先生って、樫野さんとよく一緒にいますよね、、、」
「あぁ・・・ねw実は先生の結婚相手の人がゆかちゃんのお兄ちゃんなんよ。それでかな?」
「へー。そうなんすか!知らんかった・・・」
そっか。だからか。
だから、樫野さんはあ〜ちゃんと親しくしてんだ。
てことはふたりは義理の姉妹ってことになるの?なんか、変なの。ははは。
あ〜ちゃんの手作りお弁当はどれもおいしかった。
こんなお弁当を毎日食べれる樫野さんのお兄ちゃんは幸せ者だなって、ちょっと羨ましく思った。
そしておなかが満腹になったあたしは眠くなって、午後の授業にずっと寝てたらパコンと頭を軽く叩かれた。
ハッとして起き上がると周りには誰もいなかった。
でも目の前には樫野さんがいた。
「あ、れ?」
「あれ?じゃないよ。あんた、いつまで寝とるん?」
「えっと・・・。みんなは?」
「今、体育。校庭じゃない?」
「マジ!?ヤバイ!!・・・え?てか、樫野さん出なくていいの?」
「うん。風邪気味って嘘ついたから」
「あっそうなんだ・・・」
「だって、マラソンなんだもん。ゆか、走るの嫌い。しかも今生理だし」
「そうなんだ・・・」
「あんたさっきから『そうなんだ』しか言っとらんじゃん」
「あはは・・・」
あれ?ちょっと怖いけど樫野さんと会話してんじゃん。
てか、なんで樫野さんはあたしに対してトゲがあるのだろう。
「はい。これ」
そう言って樫野さんはA4のプリントの束をくれた。
「なにこれ?」
「あんたが1週間休んでた分の全教科のノートのコピー」
「え!?」
「別にあんたのためじゃないからね」
「え?」
「あやちゃんに頼まれたから仕方なくコピーしてやっただけだから。勘違いしないで」
「あ・・・でも。あ、ありがとう」
ほんとだ。
あ〜ちゃんの言うとおり樫野さんって良い人だ。
「樫野さんって、お兄ちゃんいるんだね」
「・・・なんで知っとるん?」
「あ。さっきあ〜ちゃんが言ってた。先生の婚約者なんでしょ?」
「・・・あぁ」
樫野さんの顔が急に暗くなった。
あれ?あたしなんか変なこと言っちゃった?
「あたし、一人っ子だからさ、兄弟いる人が羨ましいんだよねw」
「ふーん。じゃあ別にいらないからあげるよ」
「え?あ、、で、でも・・・」
「ばーか。冗談でしょ。あげれるわけないじゃん。なにオドオドしてんのよ」
「ご、ごめん」
「てか、あんたさーあやちゃんにチクったでしょ!」
「え?えっ、な、なにを?」
「ゆかに嫌われたとかどうとか言ったんでしょ!」
「あっ・・・あぁ、、、」
「最っ低!あんたさー普通言う?てかさ、ゆか別に嫌いって言ってないじゃん!友達にならないって言っただけですけど!」
「えっ・・・そ、そうだっけ?」
「そうだよ!ホンマ信じられんわ。なんでチクるんかな〜」
「あの、さ。あたし・・・樫野さんに、、、なにかしたかな?」
あたしはオドオドと、今朝から思ってることを本人に直接訊いてみた。
「はぁ!?」
わっ、怖い。ごめんなさい。ごめんなさい。
「あっ、や・・・。ごめん、ね。・・・でも、もしさ?、、、なにかしてたら、謝らなくちゃ・・・って思った、から」
「なんか心当たりあんの?」
「やっ・・・。ないです。・・・これといって」
「じゃあ、別にいいじゃん」
「はぁ・・・」
えー、なんか気持ち悪いな。
じゃあ、なんでそんなに冷たいてゆーか、怖い態度取るんだろう。
それから会話が途切れて沈黙が続いた。
樫野さんは頬杖をついてずっと窓の外を眺めてる。
あたしはボーっとただ彼女の横顔を見てるだけ。
いつもは他人といての沈黙って苦痛でしかないと思ってたのに、樫野さんだとそう感じなかった。
それがなんでかはわからないけど。
たまに春風が教室に入ってきて、カーテンと彼女の長い綺麗な黒髪を揺らす。
樫野さんの頭に風にのってきた桜の花びらがとまった。
あたしは取ってあげようとして手を伸ばした。
あたしの手に驚いて樫野さんは一瞬身体がビクっと反応した。
怪訝な顔であたしを見る樫野さん。
「あっ・・・これ、頭についてたから、、、」
あたしは花びらを見せて言い訳をする。
「さくらだ」
樫野さんは可愛い声で呟く。
「ありがと」
あ・・・初めて笑ってくれた。
「はは。のっちの頭にものっとるよ」
今度は樫野さんが桜の花びらを取ってくれた。
あれ・・・。いま、「のっち」って呼んでくれた?
「ほれ」
樫野さんの手のひらにはかわいい花びら。
「なんか・・・樫野さんみたいだね、それ。小さくて可愛い」
「ふふ。なんそれ?バカにしてんの?」
「あっ、いや。そういうわけじゃなくて・・・」
「はは。わかっとるよ。バーカ」
樫野さんは手のひらの花びらをあたしに向けてフゥっと息で飛ばした。
花びらはヒラヒラと、あたしと樫野さんの間にある机の上に綺麗に落ちた。
この時あたしは身体中の血液が沸騰したような感覚に陥った。
この感覚は生まれて初めて。
なんだこれ。
最終更新:2010年11月06日 15:43