図書資料室のドアを開けると、窓際にふわりとしたシルエットが見えた。
「あ~ちゃん」
あたしが呼びかけると、逆光の中出窓に頬杖をついたあ~ちゃんの目がこっちを向いた。
「あ~ちゃんどうやって入ったん?鍵は?」
図書資料室の鍵は教員管理で、生徒会書記をしてて先生の絶大な信頼を得てるあたししか自由に持ち出せない。
「こっそり合い鍵作っとったんよ。ゆかちゃんと二人になりたい時に使おうと思って」
そう言ってあ~ちゃんは頬杖をついたまま小首をかしげて笑った。
のっちが見たら、めろめろになりそうな殺人的な笑顔。
全く、この子は。
あたしは苦笑しながらあ~ちゃんの横で同じように頬杖をつく。
あ~ちゃんは窓の外に目を向けて黙った。図書資料室は冷えていて、あ~ちゃんの唇は小さく震えている。
雪の中に落ちる、小さな赤い椿みたい。
「…のっち、あ~ちゃん探してたよ」
「眉、八の字になっとった?」
「うん、すっごく」
あ~ちゃんはふふって笑って、
「のっちなんか、困ればいいんよ。のっちは、あたしに困ってればいいんよ」
そんな子供みたいなことを、あ~ちゃんは歌うように言う。でもあたしは。その歌の底辺に、淋しげな旋律が響いてるのを聞き取れる。
きっとのっちには聞こえない。少年みたいに単純なのっちだから。
「あたしは、特別じゃなきゃ、いや」
あ~ちゃんの細いけど、澄んだ声が冬の窓ガラスを揺らす。
「みんなと分け合うくらいなら、いらん。みんなの中の一個になるくらいじゃったら、あげん」
あ~ちゃんはぽつん、と放り投げるように言って上目使いでこっちを見た。
「…可愛くないじゃろ」
あたしはのっちと違って、子ネコの扱いには慣れてる。スネた子ネコの、どこを撫でてあげればいいか。
「あ~ちゃん、かわいい」
あたしがフワフワの髪を撫でると、あ~ちゃんは「ゆかちゃん…」と小さく甘え声を出して、あたしの肩に頭をのっける。
あ~ちゃんの、柔らかい重さ。あたしはあ~ちゃんの髪の匂いが好き。
…ほんと。
あたしっておいしいポジションだなあ。困り顔ののっちも堪能出来て、今はこうしてあ~ちゃんの柔らかさを楽しんでる。
そんな黒い考えを楽しんでたけど、今頃駆けずり回ってあ~ちゃんを探してるだろう少年のっちがさすがにかわいそうで、
「あ~ちゃん、のっちから伝言。チョコ、全部返すって」
あ~ちゃんの耳がぴょこって立つ。
「…ほんまに?」
「うん。今頃あ~ちゃんのご褒美待っとるよ」
あ~ちゃんは嬉しそうに、頬をあたしの肩にすりすりした。
「…あ~ちゃん、行かんの?」
「…もう少し、困らせておく」
全く、この子は。
あたしはあ~ちゃんをこづいて笑った。
最終更新:2008年10月10日 01:03