ミナミ達と出会ってから、綾香のライブハウス通いが始まった。勉強そっちのけで通った。親には、「友達と勉強して帰る。」と嘘を吐いて、ライブハウスに通っていた。
綾香には、何もかも新しかった。身体の芯から込み上げてくる熱い鼓動。自分自身が最も生きていることが実感出来る。綾香は、この場所が好きだった。
今日もライブを終えて、会場から外に出ると、ミナミ達が綾香を待っていた。その中には彩乃もいた。
「あ〜ちゃん、こっちだよー。」
手招きするミナミの元へ駆け寄ると、「おつかれー。」と温かい声が綾香を迎える。
「うちらさ、これからマック行くけど、あ〜ちゃんは?」
「え? あっ…。」
綾香は腕時計を見た。短針は、11を指していた。綾香は、困った顔をして言った。
「ごめん、あ〜ちゃん、もう帰らんと。お母さんが心配するけえ…。」
「そっかー、残念! じゃあまた今度ね。のっちは? 行くよね?」
そっぽを向いていた彩乃が、名前を呼ばれたことで漸く意識をこちらへ向けるも、「ん? なに?」と話の流れを全く掴めていない返事をした。
「だーかーらー、マック行くんだけど、行くでしょ? って言ってんの!」
ミナミが、呆れ口調でもう一度告げると、彩乃は、「あー、今日は遠慮しとくー。」と言った。ミナミが驚いた様子で、
「どしたん! 珍しいじゃん、真っ直ぐ家帰るなんて。」
「たまにはね。」
そんな彩乃とミナミのやり取りを綾香は、不思議に思いながら眺めていると、彩乃の視線は綾香へと向けられた。急に彩乃と眼が合ったため、驚いた綾香は、少しだけ肩を揺らす。
「あ〜ちゃん、帰るんだっけ?」
「うん。」
「送ってく。」
突然の出来事に綾香が何も反応出来ずにいると、代わりにミナミとみぃが騒ぎ出した。
「のっちが送ってく、だってぇー! 珍しい!」
「まさかのっち、あ〜ちゃんのこと好きなのー?」
「うるさいな、黙って。」
彩乃の言い方を真似てあしらうミナミとみぃをよそに、彩乃はぷいっと消え、戻ってくるときには、自転車を押していた。「乗って。」言われるままに自転車のうしろに乗ると、何も言わずに彩乃は漕ぎ出した。彩乃の分も合わせて、綾香は、二人分のバイバイとミナミ達に送った。
「ありがとう、のっち。」
「…あ〜ちゃんって、超純粋だよね?」
「なんよ、急に。」
ありがとうとは、全く別の種類の言葉が返ってきて、綾香は驚いた。けれど、そのおかげで綾香の緊張は解れる。
「いやあ、何か、純粋じゃなあー、って思った。」
「そんなことないけえ。」
「でも、そこが可愛いんだけどさあー。」
綾香は、先ほどまで全く喋らなかった彩乃が二人きりになった途端に、口数が増えたことに驚いた。先ほどから綾香は、彩乃に驚かされてばかりだ。その上、可愛いと言われ、戸惑う。ぐいぐい綾香の中に彩乃が入り込んでくる。
春の夜道は、未だ肌寒さが残った。綾香が「ちょっと寒いね。」と小さく言ったら、彩乃は「じゃああたしの背中にくっつく? なんちゃって。」と、冗談めかして言った。それなのに、綾香は彩乃の背中に抱きついた。安心した。何故だか分からないけれど、綾香は安心した。
「送ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
「じゃあね。」
綾香は別れの挨拶をして、彩乃に背を向ける。
「あ〜ちゃん!」
名前を呼ばれて、振り向く。そこには、先ほどの逞しい彩乃はいなかった。眉を垂らして、だらしなく笑う彩乃が、いた。
「また、ライブいこーね!」
嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
綾香は、くしゃりと笑った。目を細めて、彩乃の目を見て、「うんっ。」と答えた。
最終更新:2010年11月06日 15:53