有香が綾香の家に初めて来たあの日以来、有香は度々綾香の家に立ち寄るようになった。本来、有香は一人暮らし。実家住まいの綾香と比べれば、有香の家の方が自由きままに過ごせるはずなのだが、有香は、綾香の家を好む。遊びに来ては、「あ〜ちゃん家、ゆか、好き。」と、言う。恋人が、自分の住んでいる家や、家族のことを好いてくれるのは、綾香だって悪い気はしない。素直に嬉しい。
桃色の部屋の中に響くのは、カプセルの曲。こう毎回流されると、興味がない、と言っていた有香も、口ずさむ程度になった。
「カプセル、いいかも。」
「ほらほらほらー。ゆかちゃんも聴いたらハマるって言ったじゃろ?」
二人でテーブルを囲んで、仲良く苺をつまむ。こうしていると、有香と恋人同士になったと言っても何も変わらないな、と綾香は思う。
キスだってしていない。恋人らしいこと、と、言えば、好きだと言われて抱きしめられた程度だった。
綾香は特に有香に対して何を求めているわけでない。ただ、こうして有香と二人で仲良く過ごせていたら幸せだと思っていた。
「ねえ、あ〜ちゃん?」
「なに?」
「ゆか、あやちゃんのことが好きだよ。」
ドキリとした。
心臓が、急に早まった。綾香は目をぱちくりさせて有香を見た。
「ゆかちゃん、」
「手に入れたかった。」
「…なにが?」
「あやちゃんのこと、欲しかったんよ。」
すっと伸びた有香の長い腕は、綾香の髪を撫でる。今度はその指先が、頬を伝う。綾香は、有香から逸らすことが出来ない。有香は、ゆっくり微笑む。
「可愛いね、あ〜ちゃんは。」
「ゆかちゃんの方が、可愛いよ!」
綾香は首を左右に振り、否定したが、有香はただただ、優しく微笑むだけだ。
「何かね、あ〜ちゃんと付き合うの怖いなー。」
「え?」
微笑んでいた顔が急に天井を向いた。触れていた指先はスッと離れる。綾香は、有香を見つめた。
「だって、ゆか、あ〜ちゃんに意地悪しそう。」
「どういうこと?」
「ゆかで、埋めたい、んだ。」
有香の腕は、再び綾香の頬を捉える。今度は両手でしっかりと顔を挟み込んだ有香の掌。近づいてきたものは、有香の手だけではなかった。どんどん視界がぼやけていく。綾香が行動を起こす間もないまま、有香の唇は、綾香の唇に触れた。
軽く数秒触れた唇と唇。柔らかかった。綾香は、初めて女の子とキスをした。柔らかすぎて、蕩けてしまいそうになる感覚。ぼんやりしていた有香の顔が、離れていくにつれてはっきりと映る。綾香の目に映った有香の表情は、伏し目がちで美しく妖艶だった。綾香の心臓は、鳴る。こんなにもドキドキしたのは、いつ振りだろうか、綾香は、恥ずかしくなり、思わず有香から目を逸らした。
「…しちゃった。」
有香は、先ほどの色っぽい表情から一転し、照れ笑いを浮かべた。にゃは、と、目を細めて甘えるように笑う有香を、綾香は可愛いと思った。
「あやちゃんの唇、柔らかくて好きかも。」
「あ〜ちゃんだって、好き、じゃけえ…!」
「嬉しい、ありがとう。」
有香は優しい。綾香は、有香と幸せになりたいと、思った。
最終更新:2010年11月06日 16:00