じりじり、と。
そんな例えが面白いほどよく似合う。そのくらい身体は汗をかいていて、心は悩めるほど焦がれていた。
のっちは太陽に照らされたアスファルトを見つめ、ひとつ、ため息をついた。心が、焼けていくような感覚は、久しぶりだった。
二年間、忘れられなかった彼女に再会したのは、つい数週間前。忘れた、と、思っていたのが甘かった。ひとつ、声を聞くだけで、思い出は、走馬灯のように。感情は、色をつけはじめた。
忘れられなかった。なんて、うそ。忘れたくなかった。
そんな彼女といえば、相変わらず身のこなしが軽くて。掴めたと思った瞬間消えた二年前と変わらず、忘れたと思った瞬間、フラッと現れては、あっさり奪っていった。



「まじ、あっつすぎ、、」



ひとつ、呟いて、空を仰ぐ。
のっちの手の平には汗が滲んでいた。
不意に鳴る携帯。手の平の汗を必死に拭って出た先は、



「まだー?もうゆか待ちくたびれてるんだけどー」



きっと、唇を尖らしてるんだろうな。その姿は簡単に想像がついた。ごめん、もう着くから。とだけ言って電話を切ろうとした。
けれど。



けれど、できなかったのは。



「ん?のっち?どーしたん?」
「…」
「のっち?」



のっちは空を仰いだ。
さっきまで照り付けていた太陽が、どこからか流れてきた雲に隠れていた。
どーりで。
のっちは納得した。どーりで、感情が。無意識のうちに不安になってしまうのは、この雲のせいだ、と。
だから、夏は、嫌いだ。空が、不安定に色を変える。
自分の弱さを見せつけられているようで、のっちは吐き出すはずの呼吸を、無理矢理飲み込んだ。



「かしゆかぁ」



呼んだ名前は二年前から変わらないのに、
呼ぶ声は、こんなにも震えている。
呼んだ名前は二年前から変わらないのに、
呼ぶ声は、こんなにも。
こんなにも、届かない想いが、この世に存在していいのだろうか。
何度も呼んだ、その名前は、変わらないのに。変わらないから、余計に。
それでも、



「早く、会いたいよ」



声を聞けば、会いたくなる。会わずには、いられなくなる。会ってしまえば、その先は?



ふふ、と。小さな笑い声が、電話越し、聞こえてくる。目眩がするようだ。くらくら、と。翻弄されて、いつまでたっても覚めない夢、のようだ。



「なら早く会いにきて?」
「のっちが、会いにきて」



くらくら、と。
そんな言葉が、よく似合う。何度も思い出しては、また、始まる。繰り返して、舞い戻って、季節は、夏。




だから、夏は、嫌いだ。
これから、会って、触って、抱きしめたあとに見る空は、
目眩がするほど、青いと、いい。




End






最終更新:2010年11月06日 16:13