チャカチャカ、カチャカチャ乾いた音が微かに玄関まで聞こえてきた。
タイミングを完全に間違えたことに気づいたけど、仕方ない。
「来たよー上がるよー」
一応形だけことわって、音のする方へとつられるかのように足を踏み入れる。
無遠慮にドアを開けると、カチャカチャやってた張本人はその大きな目をパチクリさせて頭にハテナマークとビックリマークを散らばらせた。
「あれ?ゆかちゃんどうやって…」
「鍵開いてたんじゃけど」
「あれ、閉め忘れてた?」
「物騒な世の中なんだから気をつけんと。誰が入って来るか分からんよ?」
「今のこの状況みたいに?」
「何?」
「嘘ですすいません」
スーパーの袋をどすっと置くと、
お!今日はカレー?と。
「何言ってんの。漫画だよ漫画!こないだのっちが貸してって言ってたやつ」
「あー、ありがとう。」
ゆかが来てから…ううん、来る前から部屋いっぱいに響いていた綺麗な乾いたメロディーが名残惜しむことなく消えた。
音を消したのっちは、ドタバタ、ガサゴソとさっきまでとは正反対なガサツな音をたてながら、ゆかが持ってきた漫画を漁りだした。
「いっぱいだ!ありがとう!重かったでしょ?」
綺麗な顔が崩れた瞬間、ベッドに立てかけたのっちの宝物が傾いた。
あ、倒れる、
と思ったけど声には出さず、ゆかはその光景をただ見つめた。
すると案の定、ガン!と嫌な音をたてて、そいつはヒョウ柄のカーペットに倒れこんだ。
「あー!ガン!って言った!ガン!って!」
大慌てでそいつを抱きかかえて、キズはないか、へこんでないかと見回すのっちの姿を余所に、ゆかは自分が持ってきた漫画を一冊手に取りベッドに腰かけた。
「大丈夫だったん?」
「…う、ん。うん!大丈夫だわ。よかったー」
そんなに大事なもんなんだったらテキトーに立てかけたりするなよ。
スタンド目の前にあるのにそっちに置けよ。
と、無駄に嫌味な言葉をぐっと飲み込んで手元に落としていた視線をのっちに向けた。
ベッドを背もたれにあぐらをかいたのっちはまた、かさついたメロディーを流し始める。
斜め上からじゃ分からない表情、でも、大体想像はつく。
左手の指が、優しいんだか優しくないんだか、ただ器用に動く。
「なんて曲?」
「No name」
「ノーネーム?」
「名前はまだない」
必要最低限の単語しか発しなくなったのっちに愛想を尽かせて、ゆかは手元の漫画へと意識を戻す。
そうしてから、のっちが奏でるBGMはあいにく、ゆかには合わないことに気づいた。
そんなマイナーコードでできてますみたいなの風早くんには合わないんだけど。
もっとこう、爽やかできゅんとくるようなサマーソングみたいなんは弾けんのん。
それと気づいてないみたいだけど、ゆか今日、のっちがこないだかわいいって言ってたスカートはいてるんだけど。
「音出さんの?」
「んー?あー、夜だしね」
「ヘッドホン繋げばいいじゃん」
「あー、あれうるさすぎて耳ガンガンするから」
「繋いでよ、ゆか聴きたい」
「やだ」
「なんでよ」
「やなの」
「イジワル…」
「うん」
「…スカートかわいい?」
「うん」
あ、こいつ、すでに上の空だ。
なんなんよ、もういいよ、のっちの作った曲なんてもう一生聴いてやんないんだから。
会話を諦めてまた漫画に意識を戻す。
「ゆかちゃーん」
ふいに呼ばれた自分の名前に体が浮く。
何?何?なんなんのっち。
「てか、今日会う約束してたっけ?」
…なんだそれ。
してないけど何。
てゆーか
「約束しないと来たらダメなん?」
「いや別にそう言う訳じゃ」
「帰ってほしい?」
「いや別にそう言う訳じゃ」
なんよ、その煮え切らない態度。
そうならそうってはっきり言えよ。
なんだかイラついて、形のいいその頭をパシっとはたいてみた。
「いて」
ゆかはのっちの反応を待つ。
乱れた髪を整えるように頭を振って…おしまい。
なんだそれ。そんだけ?むかつく。
あぐらをかくのっちの前にしゃがみ込んでじっと観察してやる。
「…何?」
「別にー」
「…そう」
ほら、気が散るでしょこれ。
しかも今のゆか、のっちから見たらベストポジションだよ。
ほら、のっち。
…無視かい。
相も変わらずのっちはひたすら手元を確認してる。
てゆーか見すぎでしょそれ。
前向かないと歌えないでしょ。
見ろよ前、てゆーか、ゆかを。
憎たらしいおでこにキスしてやった。
得意げに動かしていた手が止まり、視線がやっとゆかを捕らえる。
「びっくりした?」
「…うんびっくりした」
そうだけ言うと、のっちは視線をまた手元に落とした。
…おいおいおい。
「手元見ない方がいいんじゃないの?」
「んー、そうなんだけどね。」
「前向きんさい」
「んー」
「ほら、」
顔をあげたと同時に距離を縮めた。
さっきまでのっちの視線を独り占めしていた左手をふさいだら、あっさりとゆかに奪われたのっちの唇。
ちょろいな。
「ふふ」
「…」
「もう一回?」
「もういいよ」
「…うそ」
有無を言わさずまた口づけてやる。
雑に繰り返していたそれのやり方を変えると、ゆかがふさいでいたはずの左手で、ゆかの右手がふさがれた。
「ちょっと、待って」
「やだ…」
「練習中…だから」
「…ゆかがいるのに?」
「…そうなんだけど」
「ギター置いてよ」
情けなく眉を垂らしてあからさまに困ってますって顔を作るから、
余計に、余計に困らせてやりたくなる。
そんな顔したって、引いてやんない。
「ギター触る暇あるんならゆかのこと触って…?」
距離を限りなくゼロにすると何かを諦めたかのようにのっちの瞼が下がる。
ゆかの髪に手を埋めてくしゃっと握りしめるその癖が、ゆかの心をやっと満たしてくれる。
体を引き寄せようとしたら邪魔する奴がいたことを思い出す。
ゆかのこと触るんなら、そいつは自分で置いてきて。
「勝手だよねほんと…」
「嫌い?」
「…好き」
End
最終更新:2010年11月06日 17:00