雑誌を参考にワックスで髪の毛をセットする。
しっかしさらしって初めてやったけど胸が思ったより苦しい。あとでもうちょっと緩めよ。
…て、何やってんだろ。
目の前の姿見に映るのは学ランに身を包んだ細身の…どこからどうみても、男の子。
大本彩乃、17才…これでも華の女子高生です。
おかしなふたり その1 男装
「あ〜ちゃーん、これでいい?」
「のっち?! あは、すっごい似合っとる! たかしげのぴったりじゃね」
「そう〜?」
これって誉められてんだよね? あんまり嬉しくないなぁ。
予想以上の出来に上機嫌なあ〜ちゃんはにこやかだったと思えばキリリと鋭い目をして急に声を潜めた。
「じゃ、のっちこれが最終の打ち合わせじゃけえ…しっかり聞いてよ」
「う、うん」
鋭い目のあ〜ちゃんに見つめられてちょっとドキドキしながら話に耳を傾ける。
わたしが今日こんな情けない姿になっているのはやりたいからとか
ましてやこういう趣味があるからとかそういうわけではない
今目の前にいる幼なじみこと天使もといあ〜ちゃん直々のお願いがあってのこと。
あ〜ちゃんはバイトでカフェ店員をやっているんだけど、この前同じバイトの子から告白されたらしい。
「もともとお客さんでそん頃からよく話しかけられとったんよ」
「それがいつからかバイトさんになって」
「店長さんのセクハラから守ってくれたりいい子なんじゃけど」
曖昧な気持ちで相手と向き合うなんてできないあ〜ちゃんは
しっかりお断りしたらしいのだけどどうにも食い下がってくるらしい。
「それで実は彼氏おるけん言うちゃったんよ」
「そしたらそんな話今まで一回も聞いたことない、会わせてほしいって」
「こんなんのっちにしか頼めんの…だめ?」
『…だめ?』のときのあ〜ちゃんの顔はもちろん彩乃特製脳内メモリに保存済み…
と、そんなこんなで断るわけもなくわたしはこんな姿になってあ〜ちゃんの隣にいるわけなのだ。
「で、のっちは喋ったらダメよ」
「一言も?」
「一言も! 声は誤魔化すの限界あるしのっち口下手じゃけぇボロが出たら困るんよ」
「…分かった」
「まぁ挨拶くらいならしていいけど」
…挨拶なんてキャラじゃないなぁ。
昨晩出来た虫刺されを無意識に擦ろうとした右手が何かに固定されるのを感じて見るとあ〜ちゃんの左腕ががっちりと絡んでいた。
「ちょちょちょ、あ、あ〜ちゃん!?」
「うちら恋人を演じるんよ? これくらい慣れとかんといけんの。顔、だらしない!」
「しゅいません…」
「行くよ」
㊖
腕を引っ張られて着いた先は閑散とした公園。時計をみるとちょっと遅刻だ。
「ねぇどこにいんの? もう時間だよね」
「うん…。あ、おった!」
ぐいと腕を引っ張られてあ〜ちゃんに引きずられるかたちで小走りになる。
「遅れてごめん。ゆかちゃん」
ん?
「ゆかも今来たとこじゃけ…あの、その人が?」
あれ?
「えっと、彼氏の彩斗くん…大木彩斗くん」
「ふーん」
あ〜ちゃんが話しかけているのはどこからどうみても、女の子。
それもとびきりかわいくて笑顔の眩しい、女の子。
つづく
最終更新:2010年11月06日 17:44