「ねえ、ゆかちゃん。」
「なに?」
「のっちのことすき?」
「…さあ。」
「のっちはゆかちゃんがすきだよ。」


現実味のない言葉は、聞き飽きた。かしゆかには、恋人がいた。ふらっと現れて、かしゆかの心を見事に奪っていた恋人は、女の子だった。素っ気無いくせに、かしゆかにとことん甘い彼女のことを、かしゆかも好きだった。だいすきだった。


「ゆかちゃんは?」


何回も好きかと尋ねられるのも、飽きた。かしゆかは、思った。何でこのひと、ゆかのことが好きなんだろう、と。
モテた経験だって全くないし、何で、今なのかと。何で、恋人がいる、今なのかと。


「のっち、そんなにゆかのことが好きなんだ?」
「なんだよー、ゆかちゃん、よゆーじゃん、なんか、嫌だー。」


かしゆかは、思った。実際そうでしょ? と。言っとくけど、のっち、ゆかはのっちのモノになるつもりはないよ。彼女のこと愛しているよ。それに、


「…のっちには、お姫様がいるじゃん。」


すると、のっちは黙った。黙った後に、こう言った。


「いじわる。」


かしゆかは、のっちに対しては、意地悪だった。意地悪するつもりなんて、これっぽっちもなかったけれど、自然と出るのは、あしらう態度。いや、最初から意地悪するつもりだったのかもしれない。のっちの、そういうところが、気に入らなかった。


「意地悪じゃないよ、のっちは、セコい。」
「なんで? のっち、セコくないよ。」
「あ〜ちゃんがいるくせに、ゆかに好きとか言っちゃダメだよ。」


すると、のっちはまた黙った。のっちのことを、こんなにも責めたいわけではない。
愛されるのは、とても心地がいい。好きだと言われて、悪い気はしない。飛び交うのは、危険信号。かしゆかの脳内を、無数に飛び交うレーダーが、かしゆかに告げている。


「……だめ、なんかな。」
「何言ってんの。ダメでしょ。」
「だめ、じゃなくない? だめだとしても好きだし。抑えるつもりもないよ。」


のっちとかしゆかが、出会うことは運命だったのかな、かしゆかは、ぼんやりと思った。だとしたら、どうして、今、なんだろう。
かしゆかの心の真ん中に、何かが宿る。まだ、確実ではない、何かが、かしゆかの心の真ん中に。


「ゆかちゃん、好きだよ。ゆかちゃんは? のっちのこと、好き?」
「……ちょっとだけ、ね。」


それは、夏が、始まったばかりの話。






最終更新:2010年11月06日 17:54