「ども」
「こんにちは、樫野有香っていいます」
無愛想な会釈をすると簡単な言葉に笑顔を添えて頭を下げる。
滑らかな動きは育ちのよさを感じさせた。
喋るなと釘を刺されているしこのまま流れに身を任せてもいいのだけど
持った疑問をあ〜ちゃんに小声でぶつけてみる。
「ね、あ〜ちゃん」
「なん?」
「なんか話違うくない?」
「?」
「女の子じゃん!」
「男の子なんて一言も言っとらんけん」
「そーだけどさ…」
「と・に・か・く話はあとで聞くから今はぶつくさいわんの!」
「ね、ふたりはいつから付き合ってんの?」
おかしなふたり その2 困惑
樫野さんはあ〜ちゃんにそんな恋ばなとして当たり障りのない質問をいくつかすると満足したようににっこりした。
「ごめんねあ〜ちゃん。今までしつこくしちゃって」
「んーん、ゆかちゃんのことは友達として好きじゃけぇ…だからこれからも仲良くしてね」
「それはゆかのセリフだよ」
いやー美しい友情だね!
男だと思っていたししつこいと聞いてたもんだから
万が一に備えて隣に住んでる康貴くんにメリケンサック借りてきたのに…いらなかったね!
おもむろにズボンのポケットに手を当てると硬さと重みが指先にずしりときた。
それと一緒に指先に震動を感じる。横目で会話に夢中な二人を確認して携帯を手にとった。
「てか、もうこんな時間だね。暗くなってきたしそろそろ帰る?」
「ほんまじゃ、ゆかちゃん今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ…てか、ゆかが頼んだことだもん。じゃまたね」
「うん、ばいば…」
「あああ、あ、…あ〜ちゃん、わ…オレCDショップ寄りたいんだけど」
電話を終えてやや興奮しながらも樫野さんの姿を確認して声を低めに口調を正す。
「駅前の?」
「うん、予約してたCDが入ったって。いま行ったら余った販促ポスターもくれるって!!」
「彩斗くん、常連じゃもんね」
「彩斗くん、もしかして…?」
「え、あ、そだけど!?」
びっくりした。
樫野さんが続けて口にしたグループの名前はまだ世間には全然知られていない、のっちも最近知りたてほやほやのグループ。
アイドルらしいけど今まで聴いたことないサウンドとSFチックな歌詞に初めて聴いたその一瞬でとりこになったんだ。
「知ってるの?」
「ゆかも好きなんよ。最近知ったんじゃけどね」
「お、オレも!」
「ほんと? 奇遇じゃね!」
「え、三人の中で誰が好き?」
「全員!」
したり顔でそう答えて口角をにゅっとあげた、やっぱりかわいい。
「わかってるね」
「当たり前じゃ」
そっから打ち解けるのは早かった。
お世辞にも社交的とは言えない自分が初対面の人と話していてこんなに楽しいなんて、本当にびっくりした。
今までお互い知ってる人に会ったことないから話が弾むってのももちろんあるんだろうけど
こんなに楽しいのはそれだけじゃないような気もした。
黙ってにこにこニヤニヤしながら見てくるあ〜ちゃんの視線がくすぐったかった。
「え、彩斗くんライブ行ったの?」
「ライブっていうかインストアイベントだけど」
「い〜な! どうだった?」
隣を歩く樫野さんとの距離が縮まる。
キラキラした笑顔が近づいてなんだかやたらと早く胸がドキドキした。
「すごく楽しかった、思ってたより何倍も。
ずっとダンス動画ばっかり見てたけどトークがすっごい面白くて、メンバーの事にも興味がわいたな」
「あーわかる! ゆかも最初はあんまりメンバーとか興味無くて曲ばっかり聞いてたんよ」
へぇーって相づちを打つとゆかちゃんは更に近づいてきて、ちょっと近すぎない?って思ったりして。
ふわりと手に柔らかい感触を覚えて視線を見やると樫野さんの手が、指の一本一本がわたしのそれに複雑に絡んでいて…
脳内にさーって『恋人繋ぎ』って単語がよぎった。
わたしは目を丸くするだけで、一方ゆかちゃんは妖しく微笑んで絡んでないほうの人指し指を口元にやる。
微かにしーって息を吐く半開きの唇がグロスでたっぷり濡れているもんだから
別に何もやましくなんてないのに何か大きな罪を犯してしまった気になったり
…いや、今はあ〜ちゃんと恋人関係なんだからやましいことなのか。
とりあえずすっごい心臓がうるさい!
…お救いください、天使様!
ヘルプを求めてあ〜ちゃんを見ると熱いトークも社交的のっちも既に飽きてたらしく
反対側の歩道を通る小学校低学年の子達にらんらんと目を光らせていた。
あ、あ、あ〜ひゃーーーーん!
わたしの絶叫は心中で虚しく響いた。
つづく
最終更新:2010年11月06日 18:02