「ゆかちゃん! チケットもっとる!?」
「もー、あやちゃん、さっきから何回聞くん? もう5回は聞いたけえ。」
「ごめんごめんー! だって、嬉しくって!」


有香の前で、綾香は嬉しそうにひらりと回ってみせた。先日購入したばかりで、真新しい白いワンピースの裾が、風に揺られてひらひらと舞った。捲れた裾の存在に気付いた有香が、綾香の元へ駆け寄る。


「あやちゃん、スカート、捲れとるよ。」
「えっ? ありがとう。」


一瞬、有香と綾香の距離が数センチにまで縮まった。互いの視線が交差し、思わず綾香は目を伏せた。それをチャンスと捉えた有香が、一瞬の隙を狙って綾香に軽く口付ける。微かに触れた唇に、綾香は一層頬を赤らめた。


「行こう、あやちゃん。」


有香は、恥ずかしがる綾香に向けて、手を差し出した。その手をしっかりと受け取った綾香は、有香と共に、太陽の下、駆け出した。




いざ、会場に着くと、有香の心臓はバクバクと音を鳴らした。初めてのライブハウス。いくら隣りに綾香がいるとはいえ、それでも有香は心細かった。不安の表情を隠しきれない有香に気付いた綾香が、そっと有香の手を取ると、有香は、嬉しそうに円らな瞳を弧にして微笑んだ。


いつも通り、会場はひとで埋まることはない。ライブハウス内に入ると、ミナミがいた。


「あれ? あ〜ちゃん! 久しぶりじゃん!」


綾香を見つけると、一目散に駆け寄ってくるミナミは、とても可愛らしかった。自分より小さくて若いミナミの頭を綾香は撫でた。ミナミは、ふと、綾香の隣にいる有香の存在に気付く。ぺこっと小さく頭を下げると、ミナミは綾香に尋ねた。


「だれ?」
「あ、えっとね…。」


綾香が、さまざまな音の飛び交うライブハウスの中、ミナミの耳元に唇を寄せたときだった。


「ミナミー! 大変!」
「ん? どーしたの? みぃちゃん。」






ミナミの友達であるミィがミナミの元に慌てて駆け寄ってきたため、綾香は話すのを止めた。有香は、待ちわびていたかのように、綾香の手をギュッ、と握った。


「えっ…?」


綾香には、ミナミの顔色が変わったかのように思えた。視線が泳いでいた。「ミナミ?」そう綾香が名を呼ぶと、ミナミは、なんでもない、とぶっきら棒に答えた。


「で、だれなんっすかー?」


有香と綾香の手が握られているのを見つけたミナミは、にやける顔を抑えることが出来ずに聞いた。
綾香は、答えた。


「恋人の、ゆかちゃん。」


それは、初めて綾香がひとに有香を恋人として紹介した瞬間だった。




ライブが始まると、綾香は、何故だが気分が悪くなった。この次のバンドがカプセルだというのに、どうしても体調が優れなくて、会場の外に出ることにした。有香をちらりと見れば、楽しそうに笑っていた。せっかく来たのだから、と有香に、「ちょっと外の空気吸ってくるけえ。」と言うと、綾香は人混みを抜け出た。


トイレ付近の出入り口にも、また人だかりがあった。そして、何かにぶつかった。
綾香は、苦しそうに顔を歪めていた。それさえも吹き飛ばすような、現実が目の前に現れた。


「…のっち!!!!」


咄嗟に綾香は、その腕を掴んだ。声を張り上げて呼んだ名前も、このライブハウスでは、目の前にいる彩乃に届いているかどうかもわからない。変わらぬその姿を忘れたことは、ひと時もなかった。


「…あ〜、ちゃん…。」


彩乃は、驚きを隠せずに、綾香を見つけた。眉を垂らして。信じられない、と言った顔で。


「………ごめん。」


綾香と彩乃は、3年前、出会った場所で、再会した。






最終更新:2010年11月06日 18:03