綾香は、気分が悪いことも忘れ、来た道を帰る。一点だけを見つめて、ずんずん人混みを掻き分けて行く。綾香は、綾香の存在に気付いたミナミの腕を取った。ライブを楽しんでいたミナミは、血相を変えてやってきた綾香に驚いた。腕を引かれるまま、ふたりは人混みを抜けた。途中、有香の横を通り抜けて。
会場から外に出て、綾香は、声を荒げて言った。
「のっちが今日来るん、しっとったんじゃろ!?」
「……のっちに、会ったの…?」
目の色を変えて、ミナミを怒鳴る綾香の精神状態は、普通じゃなかった。ミナミは、自分だけでもと、冷静を保ち、静かに尋ねた。
「さっき会ったんよ! そこでっ!」
「のっち、何か言ってた?」
「言ったけえ! ごめんって! そしたら! 腕払って消えたんよぉ…!」
もう、綾香にミナミは、微かにしか見えない。涙で遮られた視界にぼんやりと映るミナミ。ミナミはそっと、綾香を抱きしめた。
「なんで、言ってくれんかったん…!」
「だって。」
「だってじゃないけえ!」
「だって!!」
今度はミナミが声を大にした。身体を離して、綾香の両肩を強く掴んで揺らし、綾香に訴えた。
「そうしたら、あ〜ちゃん、のっちのこと忘れれないでしょ!」
綾香は、泣くのを止めた。
「なにいっとるん、もう、忘れたんよ!?」
「忘れてないよ、ずっと待ってるよ!見てたらわかる!そんなん、ゆかちゃんに失礼だよ!」
綾香は、自分の気持ちを見透かされていたようで、恥ずかしくなった。恥ずかしくてこの場から消えてしまいたいと願った。
スッと伸びてきたミナミの小さい掌が、綾香の頭を優しく撫でた。
「ゆかちゃんが待ってるよ。」
綾香が誰を想っていようが、今現在の綾香の恋人は、有香。綾香は、有香に申し訳なく思った。
カプセルが2曲歌い終わったところで、綾香は、赤く充血した目を隠しながら有香の隣へ戻った。有香は、「大丈夫じゃった?」と優しい声で綾香を労わってくれた。綾香は、頷いて、煌くステージ上に立つ、バンド、カプセルをただただ見つめていた。
その日、ライブが終了しても、見渡す限り、どこにものっちの姿は見当たらなかった。ふう、と綾香は誰にも気付かれぬようため息を洩らす。逸れないように、有香は綾香の手を取った。細くて綺麗な指が、自分の指に絡まると、綾香はまた、泣きそうになった。
最終更新:2010年11月06日 18:11