きっと最初から、ここにはいなかったんだって。
きっと最後まで、ここにはこなかったんだって。
そう思うことにした、四度目の、秋。
[足跡]
一雨毎に涼しくなる今の季節に、なぜだか追い詰められてる気分になった。
薄手のシャツを羽織って、アスファルトの上を歩く。
ついこの間までは、照り付けた太陽の熱で焼かれるようだったのに。その感覚は、今は、もう、ない。
少し歩けば見えてくる、小さな公園のガードレール脇のベンチも。今は、もう、ない。
背中をつたう汗の通り道も、日焼け止めのべたっとした肌も、ない。
指先が火照る感覚も、素肌に纏わり付くような線の細い感傷も、今は、もう、ない。
これでよかったんだと思う。のっちはひとつ深呼吸をした。
アスファルトの上は乾いていた。
『こころが・・見えないよ・・・』
あぁ、そっか。これで、よかったんだ。
最初から終わりを望んで抱きしめたわけじゃないのに。それでも不安や葛藤を、吹き飛ばすような愛は、持ち合わせてなかった。
うまく甘えることが出来ないあなたのせいか。すべてを許すことが出来ない自分のせいか。
強くなれないかしゆかのせいか。弱さを見せる強さを持たないのっちのせいか。
あぁ、そっか。これが、よかったんだ。
いつまでたっても、心は見えなかった。
曇り空を見上げる。
じわっとした暑さが、まだ、ある。それでも、不快感はずいぶんと減った。
のっちはゆっくりと歩いて、ガードレールに腰かけた。
見渡す景色は変わらない。
違うのは、渇いている、こと。
アスファルトが、乾いている、こと。
長い年月をかけて温めたそれは、いつしか自分の中で、脅威となった。
感覚が、研ぎ澄まされてく感じ。
その証拠に、繋いだ形跡もないのに、指先が火照る。
のっちは両手をぶるぶる振って、脅威を、熱を、解放した。
視線は足元に落ちて、さっき振り払ったばかりの熱のかけらを探しはじめた。
それでも、アスファルトは乾いていた。
そうだ。あの時は前日、雨が降っていたから。
一雨毎に涼しくなる季節。のっちが生まれた季節。
あの時も、少しだけ涼しくなった風に合わせて、薄手の長袖を着ていた。
空は青くて。雲は流されて消えた。
待ち合わせの場所に、かしゆかは、いなかった。
心が、見えないと泣いた彼女は、もう、なかった。
最初から別れを望む馬鹿はいないのに、それでも。それでも別れる事実があるのなら、出会わなくてもよかったんじゃないだろうか。
始まらなければ、幸せも快感も、知ることはなかったけれど、後悔も焦燥もなかった。ならば、どっちが本当の望みなのだろう。
それでも、のっちはアスファルトの上を探し続けた。
ガードレール脇の道路はいつまでも変わらずに歪んでいた。
のっちの視線は、その一点に集中する。
あの日みたいに。
のっちが来た時、かしゆかは、いなかった。
最初から、ここにはいなかった。
最初から、ここにはこなかった。
そう、思った。
仕方ない。心が、見えないんだから。のっちは、見せ方すら知らない。ならば、仕方ない。と、落とした視線に写った景色は。
あの時みたいに、前日、雨が降ったわけでもないし。
あの時みたいに、歪んだ道路に水溜まりができたわけでもない。
あの日残っていた、かしゆかの足跡は、今はもう、見つからなかった。
あの日、本当は、ここにきたんでしょ?聞く術もない。
あの日、本当は、すぐそばにいたんでしょ?聞きたい彼女は、もう、いない。
だから、
あの日、本当は、ここにいたんだろう。
あの日、本当は、ここにきたんだろう。
のっちの思考回路は仕上がった。完璧だ。それで、いい。それが、いい。
アスファルトの上は乾いていた。
それでも、のっちは探すのだろう。
あの日のかしゆかの足跡を、いつまでも探し続ける。
のっちの目から涙が零れた。
それは、アスファルトの上で、弾けて、消えた。
End
最終更新:2010年11月07日 01:54