「これ、何なん?」
ムスッとした声がして振り返ると、うまい棒が恐ろしいほど詰まったビニール袋を小脇に抱えたのっちが突っ立っていた。
多分ゲームセンターか何かの戦利品だろう。
とってきた獲物を喜びいさんで見せびらかしに来るのは、動物の習性にはよく見られることだ。
動物好きなあたしはそういうの理解してるけど、問題は、のっちは犬じゃなくて女子高生(しかもなかなか見目麗しい)ってこと。
しかもここは昼休憩の教室で、あたしとのっちとあ〜ちゃんの3人で食べるにしても、おやつとしてはいささか常軌を逸した量だった。
あたしの、うまい棒とのっちをめぐる考察をよそに、のっちはむくれた表情で、
「この写真、何なん?」
と、あたしの机の上に散乱した写真を指差した。
「何って…、この間の遠足の、あ〜ちゃんの写真。見せてもらっとったんよ」
「うちのクラス、フルーツ狩りに行ったんよ」
「ゆかも今度写真持って来るけえ。動物園でいっぱい撮ったんよ」
「見たい見たい♪」
あたしとあ〜ちゃんの話なんて聞いちゃいない感じで、のっちはますますムスッとしていく。
眉の角度が最高水準まで下がってて、思わず分度器で計りたくなるくらい。
のっちは曇った表情で、散らばった写真の中から一枚の写真をすうっと引き抜いた。
「…これ、誰なん?」
…はあん、なるほど。
さすがにのっちのあ〜ちゃんセンサーは無駄に感度が高い。
あたしは思わず苦笑いした。
まるで写ってはいけないものが写ってしまったかのように、忌々しげにつまみ上げられた写真。
そこには。
愛くるしい笑顔で無邪気にダブルピースをするあ〜ちゃんと。
そのあ〜ちゃんを、かわいくてたまんない、って感じで後ろからぎゅっとする女の子とのツーショットが写っていた。
「あ、これ青山さん。最近仲良くなったけえ、のっちは知らんよね?」
あ〜ちゃんはのっちの不機嫌の原因にさっぱり気付かない様子で、
「青山さん、めっちゃ歌上手いんよ」
「…ふうーん、一緒にカラオケとか行ったんじゃ…」
「うち、今までのっちが一番だと思っとったけど、ありゃのっちより上手いかもしれん」
「…ふうーん、へえ…」
「うちん家に遊びに来た時もね…」
「行ったの!?あ、あ〜ちゃん家にぃ!?」
のっちはこっちがびびるくらい裏返った声を上げた。
そのままへなへなと力尽きたみたいにがっくしと椅子に座って、暗い目で例の写真をガン見している。
もそもそと手探りにうまい棒を探って、うつろな表情でばりばりとほうばり始めた姿は、さすがに哀れだった。
放心状態で、2本、3本と立て続けにむさぼっている。
あたしとあ〜ちゃんに分けてくれる気配は無い。
のっちの傷心なんて知るよしもないあ〜ちゃんは、ジャンクフードの摂取量がむしろ心配なようで、
「のっち、食べ過ぎはいけんよ」
とナチュラルに鈍感なお小言をついた。
…あーあ、ダメだこりゃ。
のっちのスーパーストレートなへなちょこ球を、豪快に空振り出来るあ〜ちゃんは、ある意味天才的かもしれん。
あたしはいつもの風景に苦笑しながら、
「のっち、お菓子の食べかすを写真に落としちゃいけんよ」
と、のっちの手から写真を取り上げた。
のっちはじとーんと写真を目で追って(こういうの目力の無駄使いだよね)、いじけた声で呟いた。
「…あ〜ちゃんの、浮気者…」
「…はああ!?何でよ!?」
「ゆ、ゆかちゃんという者がありながら…」
「何でそこでゆかを引き合いに出すんよ」
のっちめ…。
自分一人の独占欲じゃ主張として弱いと思って、あたしを自陣に組み入れようとしとる。
「別にこんなん普通じゃろ」
「…のっちとはこんなイチャイチャ写真撮ってくれんじゃん…」
「よう言うわ、いっつも肩をがっつり抱いてくるのは誰なんよ?」
「う、」
「青山さんはほんまに大事な友達なんじゃけえ、変なこと言わんといて」
「の、のっちはゆかちゃんの気持ちを心配して…」
「じゃけえ何でそこでゆかを引き合いに出すんよ!?」
あたしはのっちから強引にチーズ味のうまい棒を奪って、かじりながらのっちを睨んだ。
「ゆかじゃなくてのっちでしょ、あ〜ちゃんがとられるんじゃないか気が気じゃないのは」
「う、」
「心配せんどっても、あ〜ちゃんが友達多いの前からじゃろ」
「ほうよ、むしろ心配なんはゆかちゃんの方なんじゃけえ」
…へ、あたし?
いきなり向かってきた飛び道具のようなあ〜ちゃんの発言に、あたしはびっくりして固まった。
あ〜ちゃんは腕組みをして、ペコちゃんみたいないたづらっぽい表情をして、
「浮気の心配があるのは、ゆかちゃんの方。」
「何でぇ!?ゆか、何かしたぁ!?」
「うちのは単なる友達つき合いじゃけど、ゆかちゃんはガチだもん」
「ガ、ガチって…」
「この間何か知らん子に告白されとったじゃろ」
あ〜ちゃんはしれっとした顔で、すましてみせた。
あ…、あれ、見られとったんじゃ…。
でも2週間も前だし、あ〜ちゃんは何も言わなかったし、態度も何も変わらんかったし。
全然、平静だったし。
今も、ちょっと強気なドヤ顔してるとこからして、「浮気」なんて不穏な言葉使いながら、全然心配しとらんじゃろ。
…まあ、確かに心配するようなこと一つも無いんだし、いいんだけど。
もうちょい、顔色に出してくれたらやりやすいんだけどなあ。
「…あ〜ちゃんにはかないません」
うまい棒をかじりながら降参すると、あ〜ちゃんはへへっ♪って笑った。
「…おかしい」
あたしとあ〜ちゃんの会話にカヤの外状態で押し黙っていたのっちが、急にうめくような声を出した。
「…おかしい、おかしいよ、あ〜ちゃんとゆかちゃん!」
のっちは机をばん、と叩いた。
ど、どうしたんだ、急に熱くなって。
「2人ともドライ過ぎるんよ」
のっちは議題を掲げる議長みたく、真剣な面持ちで、
「あ〜ちゃんとゆかちゃんの間に、愛が足りない」
と重々しく言った。
#2へつづく
最終更新:2010年11月07日 02:11