「あ、愛ぃぃ…??」
「そう、もっとこう、もやもやきゅんきゅん、雨の中なのに傘を閉じてしまうようなさあ」
「いや、閉じんけえ」
「そういう不自然になっちゃうような、切羽詰まった感じがしないんだもん」
あたしとあ〜ちゃんは顔を見合わせた。
「熟年夫婦じゃないんだからさあ、もっとこう、あたしのこと一番好きぃ?ねえどうなの?みたいなさあ…」
「のっちって、外見に反して意外と乙女だよねえ」
「ちょっと怖い、ってゆうか重いとこあるけえね」
ぼそぼそとツッコミを入れてると、のっちはキリっとそれを聞き流して、
「第一、あ〜ちゃんとゆかちゃん、ネクタイのジンクス実践しとらんよね」
と、ちょっと得意気に言った。
あたしはあ〜ちゃんの赤いネクタイを、あ〜ちゃんはあたしのブルーのネクタイを思わず見てしまった。
ネクタイのジンクス、か。
うちの学園では、恋人同士がお互いのネクタイを交換すると、ずっと一緒にいれる、ってジンクスがある。
ネクタイを交換してるしるしとして、規定ではブレザーの襟につける校章のピンバッジを、ネクタイの上につけるというルールもあって、まあ、要するに浮気防止だよね。
あたしにはちゃんとした恋人がいます宣言というか、こいつにはツバつけとんじゃアピールというか。
うちじゃ知らない人はいないくらい、有名なジンクスだ。
この意外と乙女脳なのっちは、ロマンチックな一大イベントとして、あ〜ちゃん相手の妄想を繰り広げてたに違いない。




「何で2人はネクタイ交換しとらんの?」
「…あー、えっとぉ…」
「何となく、だよねえ…」
「うん、何となく、きっかけをなくした、ってゆうか…」
あたしはごにょごにょと言葉を探しながら、
「何てゆうか、今さら、てゆうか…。うん、今さらな感じなんよね」
歯切れの悪いあたしの言葉に、のっちは八の字眉で不可解全開だったが、
「…じゃあさ、あ〜ちゃん、のっちとネクタイ交換しよっ♪」
のっちは自分のネクタイを緩めながら、片手をあ〜ちゃんのネクタイにかけて緩めようとした。
乙女脳のくせに行動がオヤジ過ぎる…。
あたしは渾身の力をこめて、鉄壁のディフェンスよろしくのっちの頭をはたいた。
「ほら、もう予鈴じゃけえ、のっちもあ〜ちゃんも早よ教室帰りんさい!」
あたしはのっちに食べ散らかしたうまい棒の袋を押し付け、机の上に散乱した写真を急いでたばねて、
「あ〜ちゃん、はい写真!」
「あ、うん、じゃあとでね、ゆかちゃん!」
後頭部をさすりながら大量のうまい棒を抱えて出ていくのっちを、あ〜ちゃんがきゃんきゃん小言をつきながら追いかけていった。
あたしは、くすくす小さく笑って見送ってたけど。
あ〜ちゃんとのっちの姿が見えなくなると、何だか妙に冷えたような、しゅんとした気分におそわれた。




机の上に盛大に散らばったお菓子の食べかすを払って、ため息をつく。
そして、そろそろと。
机の上に置かれた教科書の下から、一枚の写真を引き出す。
あ〜ちゃんと、青山さんの写真。
こっそりと、どさくさにまぎれて、ゆかが抜き取った写真。
あたしは指先で写真をつまんで、しばらくじっと眺めた。
そして、何となく、そんな自分が嫌になって、嫌な気分にふたをするように写真を教科書に挟んだ。
…何しとんじゃろ。
のっちのこと、笑えんわ。
子供っぽいにもほどがある。
…でも、だって。
あ〜ちゃんに返したくなかったんだもん。
あ〜ちゃんの手元に置いてほしくなかったんだもん。
だって、あ〜ちゃんがすんごく可愛く写ってる。ゆかと一緒の写真より、すっごく可愛く笑ってる。
…そういうの、やだもん。
渡したく、ない。
たった一枚の写真にうつった笑顔でも。
あたしは、あ〜ちゃんのほんの一部でも、誰かに渡したくない。
…あーあ。
情けないなあ。
自分でも嫌になるのは、そんな子供っぽい独占欲じゃなくて、それを大人ぶって隠そうとするところ。
クールで、物分かりのいいふりをしてる。




何てゆうか、昔から、しっかりしてるくせにどっか危なっかしくて放っておけないあ〜ちゃんにふさわしいのは、包容力のある大人だと思ってて。
あ〜ちゃんの無茶ぶりも、自由奔放さも全部ひっくるめてどーんと受けとめる大人じゃなきゃ、あ〜ちゃんを任せれないって思ってて。
その、勝手な理想が、ゆかを追いつめてる。
身動きがとれないくらい。
元々自信なんか無いのに、無理しちゃってるから。
…ほんと、かっこ悪。
のっちみたく、なれたらなあ。
素直に、情けないくらい、しっぽふりながらクンクンあ〜ちゃんにすり寄っていけたら。
あ〜ちゃんはくしゃくしゃの笑顔で、ぎゅーっと抱きしめて、それで万事OKで。
そっちんが、理想的にハッピーなかたちかも。


…のっちの方が、あ〜ちゃんには合ってたのかも。


…なんて。
また、余裕ぶってるなあ。
そんなことになってたら。
それこそ、自分がどうなってたか、分かんないのに。
あたしは頬づえをついて、窓の外を眺めた。
授業はもう始まっていたけど、そこにはあたしの求めてる解答は出てこない。
閉じたままの教科書の中の。
はさまれた写真の存在が、因数分解出来ないまま、あたしを悩ませていた。

#3につづく





最終更新:2010年11月07日 02:15