ふっとかしゆかの脳裏に浮かんだ、遠い記憶。
その記憶を鮮明に思い出すのには、時間がかかったし、本当かどうかもわからなかった。それを思い出させたのは、勿論、のっち。


だらだらだらだら。
季節は過ぎて、それでものっちとかしゆかは一緒にいる。
秋になった。人肌恋しくなる秋になった。かしゆかの肌は、のっちを欲しがった。


のっちが、放った糸に、かしゆかはまんまと引っかかった。それは、見事に。故意に放った糸なのか、偶然、指先から伸びた糸なのか、かしゆかは未だに判断は出来ないけれど、それでものっちがかしゆかのことを、好きだ、離さないというのなら、いつまでもその糸に絡まってあげよう、そう思った。
いいよ、のっち、好きにして。ゆかのこと、好きにしてもいいんよ。


「のっちってさぁー、ライオンみたい。」


遠い記憶を口に出してみる。すると、案の定、のっちは、「意味がわからん。」と言った。かしゆかは、
笑う。出来ることなら、のっちに真意は知られたくない。知られたくなかったはずだった。


「わかった!」
「ほんとにわかったんー?」
「ヨルは、猛獣だから?」
「…バッカじゃないん。殴るよ?」
「ごめんごめん、冗談だってば!」


閃いた、と言わんばかりののっちの得意げな顔も、一気に崩れる。そんなふざけた理由で、かしゆかは言わない。
そうじゃろ? ゆかのライオン。あ、間違えた、


「のっち、あ〜ちゃんのこと、ほんっと好きじゃよねえ。」
「え? なに? そんなこと今から話すん?」
「いや、確認?」
「なんの?」


なんじゃろねえー、と誤魔化すかしゆかに、のっちはブーブー不満の声を洩らした。


遠い記憶。
ライオンの話。幼稚園のときにもらった図鑑には、出てこなかった話。


かしゆかは、言った。


「だって、あ〜ちゃんのこと、だいすきじゃん。だからライオン。」


「はっ? ゆかちゃんなんなん、急に。」
「オスのライオンの話。」
「オスのライオンがどうしたん。」
「のっち、似てるもん。」


それは、かしゆかのシットだった。シットの話。
のっちのことが、好きだ。最低な人間だろうが、好きになってしまったのは、過ちでもなんでもない。のっちのライオンの部分が見えてしまったから。そして、そのライオンの部分を少しだけかもしれない。少しだけかもしれないけれど、かしゆかに、見せて、分けてくれたから。優しいから。優しくないくせに、ずるいくせに、優しいから。のっちは、かしゆかに、とことん甘くて優しい。
のっちといると、落ち着く。守られているような、ふわふわするような、甘い感覚。


「オスのライオンってさあー、ふらふらして、子育てとか、狩りとか、何もしないらしいんじゃけどね?メスのライオン、つまり、正妻だけは、何があっても守るらしいよ。」


それは、かしゆかが感じた、のっちの愛情。


End.





最終更新:2010年11月07日 02:20