いつも通りに学校帰りにライブハウスに立ち寄った。カプセルの出番も終わり、会場にあとにするとき、のっちの表情がいつもと違っていた。綾香は、それを見逃さなかった。
時間は、遅かった。このまま真っ直ぐ帰れば、ギリギリ親に怒られることなく済む。それでも真っ直ぐ帰ろうとしなかったのは、のっちのことが心配だったから、だ。
綾香は、のっちをいつものファミリーレストランへと誘った。よほど気分が落ちているのか、のっちはどこか上の空だった。返事は、うん、と言ったが、どこか乗り気ではなかった。それでも綾香は、のっちに元気になってほしかった。綾香の中で、のっちの存在が日に日に大きくなっていくように、のっちの中でも、同じように綾香の存在が大きくなれればいいと思っていた。
ファミリーレストランについて、向かい合わせに座る。綾香は、何故だか自身に満ち溢れていた。
注文した、苺パフェとチョコレートパフェがテーブルに届けられたとき、綾香が言った。
「何か悩みでもあるん?」
「えっ?」
彩乃は、思わぬことを聞かれ、チョコレートパフェを見つめていた視線をパッと上げて、綾香を見た。
「……ううん。」
それでも彩乃は、言葉を濁した。
綾香は確信があった。彩乃は、何かに、悩んでいると思った。だから、もう一度、聞いた。
「ほんまに?」
「うん。」
「じゃあ、何でそんなに上の空なん?」
「んー…。」
「のっち。あ〜ちゃんは、のっちの力になりたいんよ。のっちが、あ〜ちゃんの力になってくれているように、あ〜ちゃんものっちの力になりたい。」
綾香は、はっきりとのっちに告げた。その瞳は力強くて、思わずのっちは視線を逸らした。そして、彩乃は、静かに、「あ〜ちゃん。」と言った。
「ごめん。」
綾香は、何故、謝られたのか分からず、「えっ?」と彩乃に聞き返した。
「あ〜ちゃんが悪いんじゃないんよ。」
「なんていうか、その、トラウマ? っていうか、のっち、ひとに、悩みとか言えないんだわ。」
彩乃は、綺麗に整ったボブ頭を片手で撫でて、照れ笑いを浮かべながら綾香に言った。綾香には、何故彩乃がへらへらと笑いながらそのようなことを告げるのか、全くと言っていいほどわからなかった。
「だから、あ〜ちゃんがダメとか、そういうんじゃないからさ。」
綾香は、静かに、苺をスプーンで掬った。口に入れると、もう初夏のせいか、少し酸味の効いた苺だった。
それは、綾香が、彩乃との距離を感じた出来事だった。
家に帰ると、案の定、母親に叱られるハメになった。しかし、母親が何を言おうが綾香の表情は上の空だった。
「あやちゃん! 聞いてるの!」
母親の声を背に、階段を登り、自分の部屋へ入るなり、ベッドへ倒れこんだ。綾香にとって、親友とは、何でも言い合えるものだと思っていた。彩乃にとって綾香は、そのレベルには達していないのだろうか。彩乃の抱えているトラウマが、除去出来るものなら、その手伝いをしてあげたいと思っているのに。
ぐるぐるぐるぐる駆け巡る、綾香の彩乃への思いは、かたちを定めないまま、存在する。親友になりたい、その思いだけが駆け巡る。そんなことを考えている間に、綾香は眠りについた。
最終更新:2010年11月07日 02:34