そんなに喜ばないでよ
そんな声出さないでよ
全部、全部
嘘なのに
−あなたが全部−
空の色が戻りはじめた。
時刻は4時54分。
携帯の光がつくる影。
照らしてやると恥ずかしそうに目をつむるゆかちゃん。
「まぶしいよのっち…」
「もう朝だよ。寝る?」
そう言いつつも私の手はまたゆかちゃんへと延びる。
パタン、と携帯を閉じる音を合図に、私の首へと回される腕。
嬉しそうに口角をあげて、ゆかちゃんはキスをせがむ。
仕方ないからしてあげる。
そんな気持ちで落としたこと、ゆかちゃんには気づかれていませんように。
触れた唇から伝わる熱は、ゆかちゃん以外の誰のものでもない。
手のひらに感じる肌も、ゆかちゃんそのものだ。
私は目を閉じて感触を楽しむ。
ゆかちゃんにとっても私にとっても気持ちいいとこは全部知ってるつもり。
不意に耳元で声がする。
気持ちいい声に混ざって、やっかいな。
「のっち、好き」
「うん」
「うん、じゃなくて…ん」
「…うん?」
「のっ、ち…」
「なに?」
「すき?」
「…嫌いならこんなことしないよ」
「そう、じゃなくて、」
「もう黙って」
手の動作を速めるとゆかちゃんはかわいい声をあげながら私の背中に爪を立てた。
お願いだから黙って、目を閉じて。
私も同じようにするから。
目を閉じて想像するから。
大好きなあの子のこと。
口を開けば呼んでしまいそうになる。
大好きなあの子の名前。
触れる体は、本当はもっと…柔らかくて。
揺れる体は本当は、本当はもっと、きっと…。
「や、あっの…、ち」
「…ゆかちゃん、ゆか、ゆか」
本当は違う。
ゆかじゃない。
ゆかじゃないのに。
私のものにならないあの子ならいらない。
だからやめた。
あの子の全部が私のものにならないなら全部いらない。
だからやめたんだ。
ゆかちゃんの額ににじんだ汗を舐めた。
ゆかちゃんは全部、全部私のものなんだ。
だからやめない。
やめない。
やめられない。
嘘だなんて言ってごめんね。
違うだなんて言ってごめんなさい。
でもやめてあげない。
だって
「好き…?」
あなたの全部は私でしょ?
それで満たされてるんでしょ?
なら、いいじゃん。
「うん」
End.
最終更新:2010年11月07日 02:49