「で、なんなんよ、こんな時間にいきなり」
「あ、ごめんね。あのさ、ドラマ見てたんだけど、なんかゆかちゃんに似てる子が出てきてさ。そしたらなんか急に会いたくなっちゃって…」
「はぁ?」
「いや、似てたって言ってもなんかちょっとした仕草とか雰囲気とか…あ、でもゆかちゃんの方が断然かわいいし魅力的で…」
「別になんでもいいけどさ。ゆか、もう寝ようと思ってたんだけど」
「あ、大丈夫。のっちもお風呂入ってたし、明日の用意もしてきたから…あの、さ。一緒に寝て、いい?」
「べつにいーけど」


待て。から、よし。って言われた犬みたいな顔して、のっちは私の後をついて狭いベッドにもぐりこんできた
「東京もだんだん寒くなってきたけど、二人で寝るとあったかいねー」
なんて呑気なことを言ってるもんだから、
「熱くなったら落とすわ」と言ってみてもニコニコへらへらしてる


「ねぇ」
「うん?」


合わせた唇は、とても自然にフィットする
甘いという味、心臓をつかまれそうな感覚
他の人のじゃこんなによくなかった

あの日、友達から「何か」に変わった私たちの関係
お互いの寂しさに付け入って始まった、名前のない関係
それがこのキスの隠し味なのかな
じゃあこの舌の甘さは何?
混ざり合った唾液が喉を落ちるときの痺れは何?
キスの合間に漏れる熱いため息が心音を早くするのはなぜ?
のっちのせいで、他の誰とのキスもおいしくないのはなぜ?
答えなんて知りたくもないよ
世の中にはね、知らないままのほうがいいことってあるんだよ


キスをよし。と解釈したのか、のっちの伸びてくる腕を抑えて代わりに肌に触れるのは私の腕
私より少し大きい胸のふくらみのラインをなぞる
のっちがもっと違うところを欲しがってるのはわかってるよ
でも絶対あげない
だって、あげちゃったら、欲しがってたのは私だってばれちゃうじゃん
今日はのっちが会いに来たんだから、シたかったのはのっちでしょ
だから今日はあげないよ

何度も胸から腰のラインを往復して、唇を食む
こうやって、ギリギリが一番イイんだよ、のっち





♪♪、♪♪

軋むベッドは全音符
吸い付く唇の水音は四分音符
譫言のようにのっちが繰り返す私の名前は三連符
湿った吐息は八分休符、時にはゴーストノートになって、喘ぐ八分音符を彩り
詰まる息がスタッカートをちりばめる
私がイイ弾き方をすると、ほんの少し#になるのっちの歌声
のっちの甘い掠れた鳴き声で、踊る私の指先

♪♪、♪、♪♪ 

壁掛け時計が♪=60を正確に刻んでいくこの部屋に、私はのっちで音楽を奏でる
タイトな16ビートも、どっしりした8ビートも
音楽理論なんてさっぱりな私でも、のっちという弦があれば極上のアリアを生み出せる
こんな素敵な音楽なのに他の人に聞かせられないのが残念で仕方がないな。ま、聞かせるつもりなんてないんだけど

♪…♪、♪♪……♪♪♪…、、♪

のっちの嬌声がクレッシェンドされていく
だけど、フォルテッシモは絶対あげない
のぼりきっちゃったら、あとは下がるしかないじゃん??
ギリギリが一番イイんだよ、のっち??
だからここで、Cut out



唇を離すと、浸るのっちの上気した顔
さっきまでの濃密な和音のフェルマータに浸るようにだらし無く垂れた舌
私の一番好きな表情

少し物足りないけど、それは次への欲求に繋がるってことを私たちは知っている
知らない方が。曖昧なほうが。わからないほうがいいことがあるんだよ。のっち




「ねぇ」
「なんよ?」

「すき」

♪ 

心臓の大きさを知らせたこの音は、私の知らない音だった



END





最終更新:2010年11月07日 03:07