少し古びた校舎。
きちんと閉まらないロッカー。
落書きだらけのトイレの壁。
汗臭いボロボロの部室。
教室の窓から見える真っ赤な夕焼け。

桜が満開になる正門。
制服のまま入ったプール。
橙の落ち葉が舞う中庭のベンチ。
雪で一面になった校庭。

怪我した球技大会。
あいつの黄色い声援が恥ずかしかった体育祭。
焼きそばを作った初めての文化祭。
あいつに負けて悔しかった学年末テスト。

どこまでも続く緑の田んぼ道をふたりで歩いた。
藍色の海にひとりでいたあいつ。

よくふたりで買った紙パックの自販機。
下駄箱であの子がいつも待ってた。
あいつの髪を切った非常階段。

青い空の下で虹をつくってたあいつの姿。
だだっ広い図書室であの子に問い詰められた。

かわいいワンピース。
お返しのストール。
食堂のカレー。
ポッケに入ってたキスミント。
小銭がいつも散かってるカバン。

あの子と一緒に行ったマック。
泣いてるあたしをあいつのバイクに乗せてくれた。
あいつに連れてってもらった知らない紫色の街。

あたしの部屋でお泊り。
夏休み、ラブホテルで動揺。

あいつの好きな人を知った日。

決して届かない気持ち。
決して報われない想い。

卒業式前日の教室での曖昧な会話。
気付かないフリ。

あいつが選んだ道。
駅のホームで果たされることのなかった口約束。

あいつを想って泣いてるあの子の顔。
あたしの名前を呼ぶあいつの声。

今でも目に耳に心に残ってる。

24年間生きてきた中で一番濃かった高校三年の一年間。


思い出にするには早すぎて、受け入れるには遅すぎた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




七年前。

「いってきまーす」
お弁当が入ったスクールバックと、Tシャツとジャージの入ったアシックスのエナメルバッグを持って家を出る。
家から歩いて10分ちょっとで駅前のバスターミナルに着く。
そこから南山高校行きのバスに乗って約15分で学校に到着する。

これがあたしの通学ルート。
もう三年目。

学校の周りには田んぼと遊泳禁止の寂れた海しかない。
田舎と言われれば田舎だ。
まわりの子たちはここは田舎で嫌だって言ってる。
みんな都会で暮らしたいって言ってるけど、あたしは別にこのままでもいい。
だってのんびりして落ち着くんだもん。
街に行くにも電車で30分で着くんだし。

毎朝、田んぼの中を走るこのバスも好き。
顔なじみになったバスの運転手さんも好き。

7時15分。
まだ人の気配が感じなれない少しモヤのかかった学校。
普通の生徒の登校時間はだいたい7時45分頃。

なぜあたしがこんなに早く学校に行く理由はひとつ。
部活の自主練の為。

小さい頃から運動が出来る方だったし、毎年の運動会では決まってリレーの選手に選ばれてた。
一位になって親や先生に褒められるのが嬉しかった。友達にすごいねって言われるのが嬉しかった。
みんなにすごいねって褒めて欲しくて、陸上を始めた。高校に入ってからも続けた。
別に全国大会出場とか県代表とかに一度も引っかかったことないけど、そこは気にしなかった。
最近は褒められるよりも、ただ単に走るのが好きになったから。
それにうちの部は強豪校じゃないから、責められることはないし。

基本真面目な性格だから練習は今まで一度もサボったことはない。
そのせいか部長を任せられた。
元々小さい頃からよく先生に「西脇さん、あとお願いねw」って言われて、班長とか、なんとか委員長を経験済みだし。

その部活も今年の五月の県大会で引退。
引退試合くらいは表彰台に上りたいなって思って、今日から朝練を始めることにした。

部室で着替えて誰も居ない校庭を走る。
ザッ、ザッ、ザッと地面を蹴るスパイク音が響き渡る。
誰にも邪魔されないで走るのってすごく気持ちいい。
朝走るのちょっとクセになりそう。

キーンコーン、カンコーン、、。

8時を知らせるチャイムが鳴った。
走るのに夢中になってて時間を気にしてなかった。
あたしは急いで部室に戻って制服に着替える。

下駄箱の前の掲示板に人だかり。
今日から新しい学年だからみんな張り出されてるクラス割を見てる。
あたしも人だかりに飛び込んで自分がどこのクラスに入ってるのか確認する。




うちの学校は一学年10クラスある。
10クラスもあれば顔も名前も知らない人は結構いる。
なのでクラス替えの季節は結構ドキドキもんなのだ。

『西脇綾香』発見!

五組だ。
あっ!やった。
エリちゃんと一緒だ。
よかった〜。
友達がひとりでも一緒だとすごく安心する。

「チッ」

左隣から舌打ちが聞こえた。
振り向くと知らない子。目が合ったからニコって笑った。
向こうもニコって返してくれるかと思ったのに、超無表情。
そして人ごみを抜けて消えてしまった。

知らない子だったけど、顔ちっちゃくて可愛かったな。
長い黒髪もめっちゃキューティクルだったし。
なんで舌打ちなんてしたんだろ?
友達と同じクラスになれなかったのかな?
そうだったら舌打ちするのわかる気がする。

「あ〜ちゃーん!!」
あっ、エリちゃんだ。
「クラス割見た?」
「見た見た!今年も一緒のクラスじゃけぇwちょー嬉しい」
「ねー。三年間一緒だもんね。あっ、大島っちとしずちゃんも一緒だよ」
「ほんまに?ヤッター!」
「しかも担任はミキコちゃんだって!うちのクラス当りだよねw」
「ほんまじゃ。なんかすごく楽しいクラスになりそうじゃねw」

「あ・・・。でもうちのクラス留年した人がいるみたいだよ」
「え?留年、、、てことは、いっこ上の人?」
「そうなるねw」
「えー!?なんかそれってやりずらくない?」

「しかもその人、結構ヤバ目の人らしい」
「えっ!?ヤバいってなにが?」
「わかんないwでもめっちゃキレイな人らしいよ?」
「そうなんじゃ・・・。て、その人なんて名前なん?」

「えっとね。フルネームは知らないwけど、あだ名があるみたい」
「あだ名?ヤバい人なのにあだ名なんてあるんじゃ。なんて言うん?」
「たしか・・・”もっち”とか言ったかな?」

お餅みたいなあだ名。
もっちって言うから名前は持田さん?
そんな名前クラス割に載ってたっけ?
まー、留年するほどヤバい人らしいからあまり関わらないようにしよ。
そんな人よりも、話の合う普通の子たちと仲良くなろっと。

高校生活最後の一年間なんだ。
思いっきり楽しんでキラキラでカラフルなそんな思い出たくさん作るんだもん。






最終更新:2010年11月07日 03:27