始業式から十日経っても、窓側の前から三番目の席の人は一度も登校してきてない。

それはエリちゃんが言ってたヤバい人。
どうやら”もっち”じゃなくて”のっち”らしい。

その席の持ち主は大本彩乃。
本当は今年の三月に卒業するはずだった人。

留年の理由は誰も知らない。
知らないからみんな噂する。

数学の高橋先生と不倫したから。
隣の男子校の生徒の子を堕したから。
暴走族のレディースに入ってるから。
テストで赤点取りまくったから。
ただ単に出席日数が足りなかったから。

ほとんど学校に来ない人だから彼女の顔を知ってる子はあまりいない。
でもエリちゃんも言ってたけど、キレイな人らしい。

うちの学校は女子高だから、カッコイイ人やキレイな人がいるとみんなキャーキャーいう。
芸能人とかモデルとかを見てミーハー心を出すあんな感じ。

大体みんな冗談半分やノリで言うけど、中には本気でその人たちを好きになっちゃう子もいるみたい。
二年の時隣のクラスの子が先輩と付き合ってるって噂あったくらい。

女の子同士で付き合う。

一応偏見はないつもりだけど。
あたし自身がそういう立場になることはないだろうな。

そもそも今は恋愛よりも友達といたり部活やってた方が楽しいんだもん。

「あ〜ちゃん。ご飯食べよう」
「うん。大島っち、今日はお弁当?」
「ううん。学食だから食堂でいい?」
「ええよ。エリちゃんとしずちゃんは?」
「先に行って席取っといてくれてるw」
「そうなんw気付かなかったわ」

大島っちと教室を出ようとすると、後ろの出入り口にうちのクラスじゃない子がいた。
遠慮がちに教室の中を覗いてる。

その子をよく見ると、舌打ちした子だった。可愛かったから覚えてる。
あたしの中の親切心が働いてその子に近付き声をかけた。

「誰か探してるんですか?」
「あ・・・」
その子とまた目が合った。今度は香水のいい匂いがする。
この前は無表情だったけど今日はすこし照れてる感じ。
少し頬を赤らめてるその子は小動物みたいで可愛かった。

「大本彩乃・・・来てます?」

その子の口から留年した人の名前が出てきて少しビックリした。

「いや・・・。今日はまだ来てないよ」
「そう、ですか、、」
あたしが答えるとその子はすごく残念そうに肩を落とした。

「てか、まだ一度も来てないですよ。ね?」
あたしはとなりにいる大島っちに同意を求める。大島っちは何を言わず首を縦に振った。

「そっか。ありがとう」
そう言ってその子は廊下をパタパタと走っていった。
短すぎるスカートがヒラヒラして中に履いてる短パンが丸見えだよ。




「西脇さん!」
帰りのホームルームが終わって部活に行こうとしたら担任のミキコ先生に呼び止められた。
「はい?」
「呼び止めてごめんね〜。これから部活?」
「はい。そうです」
「部活終わったらでいいから、ひとつ頼まれてくれない?」
「はい?」

先生がこれと言って見せてくれたものは、A4のプリントが入ってるクリアファイルだった。

「これを大本さんの自宅まで届けてほしいんだけど・・・」
「え・・・」って言ったあたしの顔はきっと引きつっていたにちがいない。
だってヤバいって言われてる人んちに自分から行くなんて。自殺行為でしょ。

「大本さんの住所調べたら、西脇さんが一番近かったのよ。それに西脇さんクラス委員じゃん?w」
「はぁ・・・」
「本当は先生が行かなきゃいけないんだけど。今日は会議がふたつ入ってて行けそうにもないのよ」
クラス委員にしたのは先生が半強制的に決めたからじゃないですか。とも言えず。渋々了解した。

先生に貰った地図を頼りに大本彩乃の家を探す。
地図を見るとここら辺じゃ珍しい、高級分譲マンション!
周りに高い建物がないから、それはすごく目立っていてすぐわかった。
いかにもフワフワのトイプードル買ってますけど?みたいなお金持ちが住んでるオッシャレーな外観。
小さな一軒家に住んでるあたしはそこに住んでる大本彩乃が少し羨ましく思った。

えっと920号室、920号室、920号室、、、。

郵便受けの表札はちゃんと『大本』になってる。
よし!ここに間違いない。
あたしはエレベーターに乗って9階まで上がった。

920号室の前に立ち止まりチャイムを押す。

あ。

押してから気付いた。
本人が出てきたらどうしよう!思わず慌てる。

どうしよ!?どうしよ!?

あっそうだ!

ファイルを新聞受けに入れればいいんだ!
入れようとした時、中から鍵が開けられる音がした。

「どちら様ですか?」
扉を少しだけ開けて出てきたのは若い女の人だった。
若いけどこの人は大本彩乃ではないとすぐわかった。
だって高校生にしては大人っぽすぎる。

お姉さんなのかな?




「あ、あの。あたし・・・おお、、、じゃなかった。あ、彩乃さんと同じクラスの西脇って言います」
「あぁ!彩乃ちゃんのお友達?」
友達じゃーないんだけどな・・・。
でもいちいち否定すんのは、めんどくさいからそういうことにしとこ。

「ええぇ、、はい。そうです。えっと、、、これ。先生に頼まれて届けにきました。休んでた間のプリントです」
「プリント?」
あたしはその人にファイルを手渡した。

「あの子・・・また学校行ってないの?」
「はい・・・一度もまだ来てません」
え?家族の人なのに知らなかったの?変なの。
えっと、あのー、そんな悲しそうな顔されても困るんですけど・・・。

「じゃあ・・・あの。それ、届けたんで。あたしは帰ります」
微妙に気まずい雰囲気だったから早く帰りたい。
回れ右して帰ろうと足を踏み出したら呼び止められた。

「あ!待って」
「え?」
「さっきね?ご近所さんにケーキを頂いたの」
「はぁ・・・」
「よかったら、食べてかない?届けてくれたお礼させて?」
「え・・・そんな。だ、大丈夫です、、、」

グゥゥゥゥ〜、、、。

あたしのおなかの虫が鳴いた。
なんて空気の読めない奴だ。
そりゃ、部活終わりだからおなか空いてたけど、ここで鳴く!?

「ふふふ」
ほら、お姉さんに笑われてる。恥ずい!!

「いっぱい頂いたから、食べていって?」
「・・・はい」
お姉さんの優しい笑顔とおなかの虫に負けてお邪魔することにした。




出されたケーキはどれも高そうで可愛いくておいしそうだった。
「好きなだけ食べてねw」
「ありがとうございます」
マンゴーのケーキを取ろうとしたらお姉さんが気まずそうな顔になった。

「ごめんね。マンゴーは彩乃ちゃんが好きなのw」
「あ、そうなんですかw」
へー、大本彩乃はマンゴー好きなんだ。どうでもいい情報だけど。
あたしは一番スタンダードな苺のケーキにした。
ケーキも美味しかったけど、お姉さんがいれてくれた紅茶も美味しかった。
今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しいかもしれない。

大本彩乃の自宅は、トイプードルがいてもおかしくないくらい広くてキレイだった。
こんなキレイなお家に住んでるのに留年しちゃうの?
お姉さんも色白で栗色のショートカットが似合ってて、可愛くて優しい人だし。

ますます謎の女、大本彩乃。

翌日、またあの黒髪キューティクル少女(名前を知らないからこう呼ぶことにした)がうちの教室の前にいた。
あたしに気付いてあっちから声をかけてきた。

「あの、、、」
「やっほーw」
フレンドリーに手を振るとキューティクル少女も少し照れくさそうに手を振ってくれた。それがすごく可愛かった。

「大本彩乃・・・来てます?」

また同じ質問。

「・・・いや。まだ来てないよ。来る気配も感じないw」
「そっか・・・」
キューティクル少女はまた残念そうな顔して帰っていった。

てかさ、大本彩乃とキューティクル少女の関係ってなに?

あ!
もしかして、噂になったクラスの子と先輩って、その二人!?
なわけないか〜て、どうでもいいけど。

でもますます謎が深まる女、大本彩乃。

何者?






最終更新:2010年11月07日 03:31