(side.N)
「肉じゃが食べたい…」
きっかけは、あたしが楽屋で呟いたこの一言だった。
………
「…作ってあげようか?」
あたしの目を見つめ、はにかみながら言うあ〜ちゃんと。
「いいな〜…。…ゆかも、食べたい…」
椅子に座ったまま、あ〜ちゃんの服の袖を掴みながら上目遣いで言うゆかちゃん。
「だったら、今日は三人で晩ご飯食べようよ!」
久しぶりに、さ。と付け加えて。
…うんうん、我ながらナイスアイディア!
「そうじゃね!そうしよっか!」
「賛成〜!」
同意してくれる二人。
誰の家で食べるか話し合った結果、あたしの家に決まった。
三人で帰り際スーパーに寄る。
必要な材料、ジュースにお菓子を買って。
「のっちが持つよ!」
二人が持っている袋を受け取る。
「ありがとう、のっち」
「優しいね」
二人のあたしを見る目がキラキラしてる…っ!
二本の2リットルボトルが若干重さを感じさせるけど、頑張って家に帰ったらご褒美が待ってるからね!
(あ〜ちゃんの作る肉じゃが…すごく楽しみだよ…!)
早く家に着かないかなっ。
………
二人と話をしながらだったから、家までの道のりはすごく短かった気がする。
靴を脱いで、うがい手洗いをして。
今すぐに使わない食材は冷蔵庫にしまう。
「それじゃあ、あ〜ちゃん肉じゃが作るけぇ、部屋でのんびりしとって」
後ろ手でエプロンの紐を縛りながら、あたしにそう言ってくれたあ〜ちゃん。
「手伝わんくていいの?」
「う〜ん…手伝って欲しい事があったら呼ぶ」
まぁ、のっちが居ても邪魔になっちゃうかもだし。
「わかった。何かあったらすぐに呼んでね」
「うん、ありがとうのっち」
…可愛い笑顔だなぁ…。
「じゃあ、ゆかちゃん。部屋に行こう」
「うん。あ〜ちゃん、怪我しないように気をつけてね」
「わかっとるよ〜」
あ〜ちゃんはもう料理の準備を始めていた。
邪魔にならないよう、そそくさと部屋に向かう。
とりあえず、テレビを付ける。
映ったのは音楽番組だった。
他に面白そうな番組もなかったので、チャンネルは変えない。
ゆかちゃんと二人でソファに座って、テレビを見ていた。
「あっ」
「うちらじゃん!」
司会と楽しそうに話しているPerfume。
自分の姿をテレビで見るって言うのは、いつ見ても慣れないな…。
「ゆか、この時少しフリ間違っちゃったんだよね」
「うん、知ってる。ずっとゆかちゃん見てたから。…あっ!」
何をバカ正直に話してるんだあたしはっ!
「…っ、ばか…」
あたしの言葉を聞いて、少し俯き気味にそう呟くゆかちゃん。
その姿がすごく可愛くて…あたしの心臓がキュッ、と愛しさで締め付けられる。
………
ゆかちゃんと付き合い始めてそろそろ一月になる。
イコール…あ〜ちゃんとも付き合い始めて一月って事だ。
二人と過ごす時間は前よりもっと充実した時間となって、あたしを幸せで満たしてくれている。
ゆかちゃんも、あ〜ちゃんも、とても大事な…かけがえのない大切な恋人。
つい、この前。
本当についこの前。
あたしは…初めて人と体を重ねた。
相手は、ゆかちゃん。
初めてだったから、技術もへったくれもなかった。
ただゆかちゃんを感じて、ただ体温を、香りを、ゆかちゃんの全てを体に刻み込む…それしか考えられなかった。
初めて触れたゆかちゃんの体は、すごく柔らかくてすごく温かくて…。
綺麗な髪もあたしを見つめる潤んだ瞳も、マシュマロのように柔らかい唇もきめ細やかな白い肌も、
全てあたしのものなんだと、あたしだけが触れられるんだと…。
すごく、嬉しかった。
愛している人と体を重ねる事が、こんなにも自分を満たして幸せにしてくれるなんて。
ゆかちゃんは全てをあたしに任せてくれた。
拙い指先でも、暴走しそうに未熟な心でも…ゆかちゃんはあたしを愛して、求めてくれた。
お互いに想いを伝え合って、愛を言葉や行動に変えて。
誰にも邪魔することは許されない…そんな幸福な時間だった…。
………
手を少し伸ばせば、抱きしめられる距離。
視線を合わせて、顔を傾ければキス出来る…そんな距離だ。
愛する人と体を重ねる事の喜びを知ってしまったあたしの体は、気を抜くとすぐにゆかちゃんに触れそうになる。
柔らかくていい香りのするゆかちゃんの肌に。
触れたい…触れたくてたまらない。
でも触れすぎて嫌われるのは嫌だ…。
臆病な心があたしを足止めしてしまう。
愛しているからこそ触れたい。
愛しているからこそ嫌われたくない。
そんなジレンマがあたしを縛り付けて…あたしは一体、どうしたらいいのだろうか…。
「のっち?」
「な、に?」
「どうしたの?難しい顔しとる…」
「……っ」
考えてることがすぐに顔に出てしまう自分が、少し情けなくて嫌いだ…。
「悩み事があるんなら…ゆかに話してみて…?」
あたしを本気で心配してくれている。
「…言えん…」
「何で?ゆかには話せないようなことなの?」
話せない訳じゃない…けど、話すのは…少し恥ずかしい。
「…恥ずかしい、から…」
「?」
皆目、見当が付かないって顔。
「話してみて?…のっち」
「…っ」
そんな瞳で見つめられたら…言わないわけ、ない。
話すの恥ずかしいけど、ゆかちゃんが聞きたいって言うなら。
「のっちは…」
「うん」
「ゆかちゃんが好き、だから…ゆかちゃんに触れたい」
「うん…」
「でも、触れすぎて…嫌われるのは、すごく…やだ」
…素直に言っちゃったけど…ゆかちゃん、何て思ったかな…。
『のっちはやっぱりヘタレのダメダメ王子様じゃ』
って、呆れられちゃったかな…?
「…ふふ」
ゆか、ちゃん?
「のっち、すごく可愛い」
手を伸ばして、あたしの頭を優しく撫でながらそう言うゆかちゃん。
「ゆかはね…」
「う、うん」
「のっちが、大好き」
頬を赤らめてはにかんで照れたような笑顔で、あたしに伝えてくれる。
「だからね、のっちがゆかに触れたいって思うなら…触れても、いいんだよ?」
…いい、の…?
「のっちにだったら…ゆか、何されても、いい…」
「っ…ゆか、ちゃ」
名前を呼び終わる前にギュッ、とゆかちゃんに抱きつかれる。
「キス、したいって思うのも…触れて欲しいって思うのも…のっち、だから」
抱きつかれたことで、綺麗な髪に隠れていた耳が見えた。
すごく真っ赤で…顔も真っ赤になってるんだろうな…そう、思った。
自分も負けず劣らず真っ赤になってるだろうけど。
「のっちじゃなきゃ、いや…」
ダメだ…心臓爆発しそう。
愛しい人に甘い声でそんなこと言われたら…我慢なんて出来っこないよ…。
震える手で、ゆかちゃんを抱きしめる。
不思議な事に、ゆかちゃんを抱きしめると手の震えが止まって。
もっとゆかちゃんを強く感じたくて、回した腕に力を込める。
「んっ…痛いよ、のっち…」
「あっ…ご、ごめん…」
力を込めすぎたみたい…少し力を緩める。
「のっち…あったかい…」
「ゆかちゃんもすごくあったかいよ。…それに、すごく良い香りがする」
シャンプーとかの香りじゃなくて…ゆかちゃん自身の香り。
すごく、安心する…。
「…のっち」
「え…?」
密着していた体を少し離されて、少し残念な気持ちになったけど。
顔を上げると、ゆかちゃんは潤んだ瞳であたしを見つめていて…。
あたしが見つめ返すと、静かに…瞳を閉じた…。
最終更新:2008年10月12日 22:11