今日の四時間目は視聴覚室でビデオ鑑賞。別名睡眠学習の時間。
絶対、先生手抜きでしょって突っ込み入れたい。こっちはきちんと授業料払ってんだよって感じよ。
一応筆記用具くらいは持っていくか。
三年使ってるピンクのペンケースを手にして立ち上がると、前の扉がスパーンと勢いよく開いた。
あまりにも大きな音だったから、教室内にいた人は皆そっちに向いた。
そこに立ってるのは見たことのない人。
左耳に校則違反のみっつのピアスと制服以外の着用は禁止なのにヨレヨレの黒いパーカーを羽織ってる。
短すぎるスカートから見える細くて白い長い脚。
ひとりだけ違う学年色のネクタイと上履き。
黒髪のボブにそして鋭い目力。
見たことのない知らない人だけど、この人の名前はきっと・・・いや、100%。
大本彩乃だ。
なんだろ・・・めちゃくちゃ怒ってるオーラ、バリバリなんですけど。ジャックナイフみたいよ?
「ねぇ!西脇って誰?」
大本彩乃は自分の一番近くにいた子に話しかけてるけど、その声は教室の奥にいたあたしにも聞こえた。
「はい・・・。あたし、です」
だから、自己申告したけど、挙げた右手が少し震えてる。だって、怖いんだもん。ジャックナイフだし。
ズカズカと大本彩乃はあたしに近付く。
「なんでうちに来たの?」
「へ?」
「勝手なことすんなよ!!!」
目の前にきたと思ったらいきなり怒鳴られた。
本当にいきなりだったから一瞬身体が固まっちゃった。
初対面の人に怒られたのは生まれた初めての出来事。
大本彩乃の怒鳴り声で空気が凍りついた。
あたしも急に怒られたからなんだか泣きそうになってしまった。
キーンコーン、、、。
そんな空気を予鈴が溶かしてくれた。
「あ〜ちゃん・・・授業遅れるから行こう」
「・・・うん」
エリちゃんに連れられてあたしは視聴覚室に向かった。
教室から出るまで、大本彩乃はずっとあたしを睨んだままだった。
えっと・・・。
なんであの人あんなに怒ってんのよ。
だってあれは先生が強制的にあたしに頼んだことなんですけど。あたしのせいじゃないもん。
親に学校行ってないのがバレて怒ってんの?
そんなん自分のせいじゃろ。ちゃんと学校来ればよかったじゃろ?
人のせいにしないでよ。そんでみんながいる前であんなに怒鳴らなくてもいいじゃろ。
あー、なんだろ。
今更だけど、すごく、すごく、すんごーく、ムカついてきた!!
怒鳴られて泣きそうになったのも恥ずかしかったしさ!
ヤッバイ!最高にイライラしてきた!
そんでさ、せっかく学校に来たのに授業サボったら来た意味ないじゃん。
もう別に大本彩乃なんて、どうでもいいけど!
ビデオ鑑賞が終わって教室に戻ると、ひとりで席に座ってる大本彩乃の姿が見えた。
なんだ。帰ったかと思った。教室にいるなら授業受ければよかったのに。てか、会いたくないかも・・・。
「あ」
あたしに気付いた大本彩乃はまたズカズカと近寄ってきた。
また怒鳴られるのかな。反射的に身体が萎縮する。
「ごめんなさい!!」って、目の前で両手をパンっと合わせて大本彩乃は頭を下げた。
「へ?」
謝られるとは思わなかったからマヌケな声が出てしまった。
「あ・・・西脇さんが出て行った直ぐ担任と会ってさ。クラス委員長だから頼まれてやっただけって聞いたから」
「あぁ・・・」
てか、あたし委員長じゃないんだけどな。
「・・・怒鳴ってごめんね」
「ええよ。ええよ」
「許してくれる?」
「えっ!?あ・・・う、うん。もう平気じゃけぇw」
「そっか〜。よかったぁぁ」
大本彩乃は本当に安堵した感じで、さっきまですごい目力だったけど、途端にフニャっとユルユルな顔つきになった。
ここまで眉毛は下がる人は初めてみた。おもしろい。
ヤバい人って噂は本当なんだろうか?
そりゃー、顔はキレイだけど、この人、別に普通じゃない?
ちゃんと謝ってもられると思わなかったもん。実は良い人なんじゃない?
「えっ?帰るんですか?」
大きな仕事を終えたようなスッキリした顔で大本彩乃は身支度を始めた。
「うん。帰るw」
「午後の授業は?」
「出ないw」
「出ないと出席日数ヤバくないですか?」
「・・・さすが、いいんちょーだね。さっそくクラスの問題児の心配?」
すごくめんどくさそうに意地悪く言われてイラっとした。
さっきの良い人は撤回。
「普通、ずっと来てない子がいたら心配するんじゃないですか?それにあたし、委員長じゃないし!」
「・・・そーんなに怒んなくてもw」
なにその小ばかにした半笑い。ムっとする。
「んじゃ、センセーに早退したって言っといてね。いいんちょーw」
「はぁ!?」
「バイバイキーンw」
ニコニコ手なんて振っちゃってさ。
誰が振り返してやるもんか。
大本彩乃は良い人じゃなくて嫌な奴に訂正だよ。
大本彩乃が出て行って少しした後、いつものようにキューティクル少女が来た。
「大本彩乃・・・来てます?」
「来たけど、ちょっと前に帰っていったよ」
「来たんですか!?」
キューティクル少女の笑顔を初めて見た。黒目をキラキラさせて小動物みたいで可愛い。
「今、追いかければ捕まるんじゃない?」
「・・・それはいいです」
変なの。大本彩乃に会いたいんじゃなかったの?
「そう言えば、名前なんて言うの?あたしはね、西脇綾香。あ〜ちゃんでーすw」
いい加減キューティクル少女って呼ぶのもなんだから訊いてみた。
「あたし・・・樫野有香」
遠慮がちに自分の名前を言う樫野有香はやっぱり小動物みたいで可愛い。
「ゆかちゃんは大本さんの友達?」
馴れ馴れしくゆかちゃんって呼んじゃったけど平気だったかな?
「・・・友達、ではないかな」
平気だったみたい。
「そっか。・・・あの人、なんかちょっと嫌な感じしない?」
「先輩のこと、何も知らないのに・・・そんなこと言わないでよ!」
ヤバイ。
ゆかちゃんの地雷を踏んづけてしまったみたい。
「ご、ごめん。言い過ぎた・・・。そうだよね、知り合いを悪く言われるのってイヤだよね。ごめんね」
「・・・ううん。こっちこそ、怒鳴っちゃってごめん」
「先輩なの?」
「うん。中学ん時からの先輩なんよ」
「そっか!大本さん、留年したから、うちらよりイッコ上だもんねw」
「ゆかも同じクラスがよかったぁ、、、」
「え?」
ゆかちゃんはあたしにバイバイも言わず、自分の教室に戻っていってしまった。
後輩に好かれてるってことは、やっぱり大本彩乃は良い人なん?
ま、あたしには関係ないけど。
最終更新:2010年11月07日 03:37