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爽やかな風が、あたしの髪をふんわりと揺らす。
気持ちいい。
あたしはゆっくりと伸びをして、空を見上げた。衣替えをすませたばかりだけど、空の色はすっかり夏の鮮やかなブルーだった。
夏だなあ。なんか、どきどきするような放課後。今年の夏は、何だか特別な予感。だって。…のっちとの関係が、変わった。
のっちと二人、放課後の帰り道。
のっちは小さな商店の「ラムネ始めました」の貼り紙に目をとめて、
「あ〜ちゃん、ラムネだって!なんか可愛いね!」
とはしゃいで、
「のっちがあ〜ちゃんの分も買うから、待ってて」
とお店に飛びこんで行った。
あ〜ちゃんの分も買うから、か。たかがラムネ1本じゃろ。すーぐ彼氏ぶるんじゃけえ。
そんな憎まれ口をたたいても。ついついあたしの口元は緩む。
お店の外でのっちが出てくるのを待ってたら、向こうから1台のスクーターがゆっくりと近づいて来て。
え、と思う間も無く。
「…っぎゃあああっ…!」
「…あ〜ちゃん、どしたん!?」
悲鳴を上げてうずくまったあたしに、店から飛び出して来たのっちが、ラムネ両手に駆け寄って来る。
「あ、あのスクーターの人に…」
「何かされたん!?」
「…む、胸触られた…」
やだやだ最悪。腹が立つし、気持ち悪い。
あたしはしゃがみこんだまま、胸をぎゅっと抱えた。


その時。のっちのスニーカーが、走り出すのが見えた。
…え!?あたしははっと顔を上げた。
のっちは遠ざかってゆくスクーターを全力で追いかけてる。そんなの、絶対追いつくわけないのに、全力で。
やけをおこしたのか、のっちは右手に持ってたラムネのビンを、スクーターめがけて思いっきり投げつけた。
ラムネのビンは、夏の日差しを反射しながら、きらきらと綺麗な放物線を描いて。あたしは一瞬、そのきらめきにただただ見とれた。
でももちろん当たるわけなくて。がしゃん、と音を立てて落下し、砕け散った。
のっちは。
荒い息に肩を上下させながら、立ち尽くしていた。空いた右手をぎゅっと握り締めて。
夏の青空を背景に、のっちの制服の白さが眩しくて。あたしは少年のような背中を呆然と見つめてた。


怒りがおさまらないという感じで突っ立ってるのっちを、近くの公園になだめすかすように引っ張って、ベンチに並んで座る。
のっちは明らかにめちゃくちゃ不機嫌で。


「…のっち、まだ怒っとん?」
「…当たり前じゃろ」
「まあ、えっと、済んだことじゃし」
「…済んだこと、ってあ〜ちゃん、他人事みたいに…!」
いやそれを言うなら他人事にそんな怒っとるそっちはどうなんよ。
のっちが、普段温厚で基本的に人がいいのっちがそんな怒っとるけえ、あ〜ちゃんの怒りの出番が無いんよ。
あたしは何となく困った空気に、1本しか残ってないラムネを開けて、口をつけた。
しゅわ、と冷えた炭酸の甘い味。
「の〜っち、ほらラムネ美味しいよ〜」
あたしはのっちの腕に甘えるように寄りかかって、上目使いの必殺スマイルで覗き込んだ。たいていこれでのっちはたやすく機嫌を直すのに。
何だかムスっとした真面目な顔で、
「…あ〜ちゃんは、平気なん?」
…平気じゃないけど。気持ち悪かったし、腹が立ったけど。
それよりのっちに機嫌直してほしくて。笑ってほしくて。
「…別に減るもんじゃないし」
「…減る!」
「減ったとしても、あ〜ちゃんのじゃけえ、のっちの怒ることじゃ…」
「のっちの、だよ」
のっちの、射抜くような真っ直ぐな視線。怒ってるような口調なのに、どこか切ない響きで。
「…のっちの、あ〜ちゃんだよ」


強く断言しながら、のっちの目は懇願するようで。あたしの体中をのっちに抱きしめられてるみたいで。
あたしは潤んできた目を隠そうと、そっぽを向いて、
「…うちはモノじゃないけえ」
なんて子供みたいなことでごまかして、ラムネに口をつけた。
カラン、とラムネの中のビー玉が音を立てる。キラリと日差しに輝いて、宝石みたい。
閉じ込められたビー玉。しゅわしゅわと、甘い泡に包まれて。どんなにジタバタしても。
…もう、逃げられない。
「…!」
強引にのっちに腕を引き寄せられて、ラムネがあたしの制服にこぼれた。
でもそんなのお構いなしで。のっちは唇を重ねてくる。
のっちの腕が、あたしの髪をまさぐるように背中にまわされて。肩を強く抱き寄せられて。逃げられないように首を支えられて。
あたしはもうのっちの腕の中。閉じ込められて。あたしはもう、のっちのもの、だ。
のっちの舌には、あたしがさっき飲んだラムネの味がしてるはず。しゅわしゅわと湧き上がる、甘くはじける愛しさを。深く浅く、あたし達は味わう。
はあ、とのっちは息をついて、あたしの肩に額を落とす。


「…もう、のっちのせいでラムネこぼれたんじゃけど」
あたしがそう言うと、
「えっ、ごめん」
「制服が濡れとんよ」
「あ、…うん」のっちはゆっくりと唇を寄せながら「あ〜ちゃんから、甘い匂いがする」
そう言うのっちの唇からも。ラムネの甘い匂い。
あたしは目を閉じてのっちの唇を受ける。
透明に光る夏の日差しの中。あたしはのっちの腕から逃げ出せず。
果ての無いようなキスをくり返しながら。
もう否定しようがなく。
あたしは、のっちの、もの。


終わり






最終更新:2008年10月12日 22:20