不穏な予感の、早い風が吹いて、暗い雲が徐々に空を覆い出していた。
…何だか、あたしの気分を反映してるみたい。
「あ〜ちゃん、雷来そうじゃけえ、早よ帰ろ」
あたしは足早に歩きながら、自分の中の暗い感情を隠すように、出来るだけ明るい口調で言った。
「うん、ごめんね、ゆかちゃん、うちにつき合わせて」
「…何言っとるん。いつものことじゃろ」
あたしは笑った。あ〜ちゃんを安心させる為に。
あ〜ちゃんはワガママ天然娘に見せて、実は鋭い。あたしの声音で、あたしの感情の揺らぎをすぐに察する。
そしてもっとすごいのは、あたしの気分を読み取ったうえで、決して立ち入って来ないことだ。
あたしが自分の感情に触れてほしくないと望んでるとこまで、正確に読み取る…こわいくらいに。
だからあたしは、今ちょっとイライラしてるのは夕立が近いからだ、とあ〜ちゃんに思わせる為に、からかうような口調で、
「こんだけつき合ってあげとんじゃけえ、いい加減のっちへのプレゼントは決まったじゃろ」
「…うん、だいたい」
「でもまだ2ヶ月も先じゃけどね…気の早いことで」
「だ〜って、のっちのセンスってうちにはよう分からんけえ、あたりをつけとらんと…」
あ〜ちゃんはごにょごにょとそっぽを向いた。…可愛いなあ、あ〜ちゃん。
ここ最近、放課後はあ〜ちゃんに付き合って、のっちの誕生日プレゼントの下見…下見だよ!?2ヶ月も前なんよ!?ありえんじゃろ。
のっちとちゃんとつき合い出してから初めてのプレゼントだから、気合いを入れたいんだそうな。
あ〜ちゃんからのプレゼントだったら、のっちは何でも喜ぶのに。
それこそ使い古しのパジャマでも、涙を流してありがたく受け取ると思う…ってゆかがそんなことさせんけど。
「…でものっち、怒っとらんの?」
「へ!?何を!?」
「ここんとこ、ゆかがあ〜ちゃんの放課後独占しとるけえ…」
「あ〜、大丈夫じゃろ。うちとゆかちゃんのただならぬ関係を、のっちは知っとるけえ」
あ〜ちゃんは笑って、じゃれるように腕をからませてきた。
あたしの胸が騒ぎ出す。
なだめていた感情が、静かな嵐のようにわきおこる。
あ〜ちゃんは無邪気で。その無邪気さは、ゆかが何にかえても守りきると決めた、一等大事なもので。だからゆかはとうの昔に覚悟を決めた…のに。
ここんとこ、あ〜ちゃんを独り占め出来たから、ゆかは欲張りになってる。
あ〜ちゃんの幸せが、何より自分の望んだもので、あたし自身の幸せよりも尊くて、愛おしいもの。その考えに変わりは無くても。
時々、思うんよ。
何であ〜ちゃんは、あたしの下らない感情の動きは読めるのに、たった一つの想いには気づかないのかな。
そんなの、ゆかが全力で、全身全霊で隠しとんじゃけえ当たり前なんじゃけど。
分かっとるけど、どうしようもなく、身を切られるように感情が波立つことがある。
あ〜ちゃんの晴れやかな笑顔を見ると、愛おしさが暴力的に吹き荒れることがたまにあって。
…でもそんな通り雨のような感情で、あ〜ちゃんの頬を濡らすことを思うと、また身を切られるような痛みを感じて…結局、身動きがとれない。
いっそのこと何もかもなぎ倒してしまえたら。あたしの想いに心中させてしまえたら。…なんて、嫌な考え。
夏のうだるような暑さの中、不快指数は増すばかりで。不穏な嵐を自分の中に抱えてる。
ぽつんと、大粒の雨が降り出した。空はいつの間にか、すっかりと暗い雲に覆われて。
痛いような雨が、鋭く落ちてくる。遠くから迫ってくる雷の音。
「…あ〜ちゃん!」
「…ゆかちゃん!」
あたし達は同時に悲鳴のような声を上げて、お互いの手をぎゅっと握って、雨の中走り出した。
追いかけてくるような、雷の音。雨足が早くなる。
「と、とりあえずバス停に逃げ込もう…!」
あたし達がバス停に転がるように飛び込んだと同時に。
空を割く稲光と、とどろき渡る雷の音。近い!
「やだ〜!!」
「こ、こわい!!」
あたしとあ〜ちゃんはぎゅっと、抱き合った。また大きな雷鳴が響いて、悲鳴を上げてお互いにしがみついた。
バス停の頼りない屋根を激しく打つように雨は降る。空が割れて落ちてくるような、雷の音。
あ〜ちゃんの髪も制服も濡れてて。恐怖と興奮で汗ばんで、熱を帯びてる。
あたしはしがみついてくるあ〜ちゃんに、自分もしがみつきながら。
泣きそうに心の中で叫んだ。
雷が落ちるなら、ゆかに落ちて下さい。あ〜ちゃんには落ちないで下さい。
あたしが嵐を呼んだ気がして、怖くてたまらなかった。
ゆかが、あ〜ちゃんの不幸を望んだから。ゆかが、あ〜ちゃんを独り占めしたくなったから。
のっちのプレゼントを真剣に選んでるあ〜ちゃんが、けなげで可愛くて、そんな幸せそうなあ〜ちゃんに、あたしは…ひどいことを思ったんだ。自分勝手な愛しさが暴れてたんだ。
雷が、あたしの抑えきれなかった嵐のような感情への天罰に思えて。
稲光にあたしはビクっと体を震わせた。
そんなあたしをあ〜ちゃんは強く抱きしめた。
「大丈夫じゃけえ、ゆかちゃん」
少し震えるような声で続いたあ〜ちゃんの言葉に、あたしは泣きそうになった。
「大丈夫、あ〜ちゃんがおるけえ、ゆかちゃんには絶対に雷は落ちん」
あ〜ちゃんの手が、ゆかの背中にしがみつく。
あたしを罪に駆り立てるのもあ〜ちゃんなら、あたしを許し、救うのもあ〜ちゃんだ。
激しい雨にけぶる視界。雷が遠ざかる気配を感じながら。
あたしは、決して伝えるつもりはない想いをこめて、あ〜ちゃんを抱きしめた。
終わり
最終更新:2008年10月13日 08:02