この足はどこにでも行けるけれど、どこにも行けないことに気付いたのはいつだったかな。
大人になれば、何でも出来ると思ってたのに、それは大きな間違いだった。
年を重ねれば重ねるほど、しがらみが増えていって自由に動けなくなってゆく。
好きな人に好きということが、こんなに恐ろしいなんて思いもしなかった。
けれどずるい自分は、無邪気なふりを装いながら今日も彼女に近付くんだ。
ちょっと前からあーちゃんの様子が変だった。
いや、変っていうか。一見特にかわったとこはないんだけど、とにかく妙で。
でも、なんとなく自分なんかが聞いても笑ってそんなことないよ、って言われる気がして何もいえなかった。
—今日はオフだからあーちゃんに会えないね。つまらん。
久しぶりのオフ。
会えないときのメールは欠かさない。
大したことはいえんけど、自分が出来る精一杯のことはこれくらい。
—あ〜ちゃんだってたまには息抜きしたいんよ。いつもあほのっちの顔ばっかみてられんけぇ。
—ひどーい。のっちこんなにあーちゃんのこと好きなのに。
冗談の中に、ホントウを混ぜる。
これくらい、許されるだろう。
なのに。
—あ〜ちゃんは嘘吐きは嫌いじゃ。のっちは誰にでもそういうこといっとるんじゃろ。
返ってきたメールは意外な内容で、返事をするべきかどうか少しの間迷った。
そして自分は結局返事をしなかった。
これだからヘタレって言われるんだ、なんて自嘲しながら。
でも、あーちゃんのメールからは適当なことを言わせない雰囲気みたいなものが伝わってきて。
いや、それも思い込みかな。
だって、あくまで軽いノリでいかんといけんの。
のっちの気持ちなんて、のっち以外誰も知らんでええ。
あの、返事をしなかった日から何日かたったけれど、あーちゃんは何も代わらない。
いつも通り。
多分、気のせいだったんだと思う。
いろいろ期待しすぎて、自分の都合がいいように解釈しただけで、きっとあーちゃんお得意のツンデレーションだったに違いない。
だったらいい。
あーちゃんがいつもみたいに笑ってるんだったら、それでいい。
—今日も疲れたねー、でも明日もあさいちで授業じゃ。ありえん。
距離は近すぎず、遠すぎず。
そのせいか必然的に自分から送るメールの回数が増えていた。
これはおやすみメール。
でも、あくまであほなのっちは崩さないように。
ゆかちゃんは伝わらないっていってたけど、伝える気も何もないんだから別に構わない。
—のっちまだおきとるん?あ〜ちゃんは明日は3限だけじゃ。ゆっくり寝れるわ。
でも、のっちの側の方がもっとゆっくり寝れるかも。
なんてね。
どきっとした。
やっぱり、おかしい。
—本当〜?じゃあ今すぐあーちゃん家にいくけぇ!
変に間をあけてもいけないと思って、直ぐに返事をする。
あーちゃん、わからんよ。
のっちんことからかってんの?
けれど、待てども待てども、その日あーちゃんからメールが返ってくることはなかった。
目覚めは最悪だった。
あーちゃんのメールを待っていたせいか、二時間おきくらいに目が覚めた挙げ句、あーちゃんとゆかちゃんと三人で乗った船が沈む夢をみた。
単純すぎ、自分の頭。
枕元のケータイを確認すると、メールを受信していた。
—昨日来てくれるかと思って連絡待ってたのに。
のっちのうそつき。
受信時刻は四時。
ねえ、あーちゃん。のっちのことからかってる?
のっちはあーちゃんをつれていきたいけれど、その場所も方法もわからないときはどうすればいい?
翌日あったあーちゃんは、驚くほど普段とかわらないあーちゃんだった。
今は目の前でゆかちゃんと話をしてる。
またキラキラのシャンシャンとか、お得意のあれ。
結局昨日は、のっちもあーちゃんからの連絡をまっとったよ、と一言だけ返事をしておいた。
それに対する返事はまだ来ていない。
自分もどうしていいかわからなくて、そのあとは一通もメールを送らなかった。
「…ーっち、のっち。」
「ふぇ?」
「どうしたの、難しい顔して。」
さっきまで二人で話していたはずなのに、いつの間にかあーちゃんはいなくて、目の前にはゆかちゃんが心配そうな顔で私を覗き込んでいた。
「そんな難しい顔しとった?」
「うん。」
「そっか。」
ゆかちゃんは当然純粋に心配してくれてるんだっていうのはわかったけど、何故だか素直に理由を言うことが出来なくて。
「今日の晩ごはんのこと、考えとった。」
「なにそれ?」
「晩ごはんは晩ごはんじゃ。」
我ながら酷い理由だと思ったけれど、これ以上何を言ったらいいかわからなくて、適当に言葉を濁すと部屋をでた。
ゆかちゃん、きっと変だと思っただろうな。
でも、もう、嫌なんよ。
一生懸命、自分の気持ち隠してきたのに、あーちゃんは勝手ばっかりしよる。
あーちゃんだって大事じゃろ、今のこの三人の関係が。
だから、余計なことせんでよ。
のっちのことかき乱すようなこと、しないで。
気が付くと、ふらふらと屋上まできていた。
ここから見える空はこんなに広くて、この足はどこにでもいけるくらいにたくましくて。
けれどやっぱりどこにも行けない。
一言、本当のことを伝えたら、楽になれるの?
でもそんな度胸が自分にはないのも、よく知っているけれど。
㈪(side N) END
最終更新:2008年10月13日 12:09