久しぶりにオフだから、家族と出掛けようかと思っていた。
けど、久しぶりのオフだからこそ二人で居たくなるわけで。
いつも引き込もってるあの子、本当は呼ばれるのを待ってるのかもね。
「おはよ。」
まだ涼しい午前中の待ち合わせ。
いつもはルーズなくせに珍しく先にいて、君のワクワクが伝わってくる。
「早いじゃん。」
「待たせたら怒るっしょー。」
つんと逃げる様に言い放つ。
ツンがきたということは、あたしの予想は的中だね。
にやにやとするあたしに、君は咎めるようにヒールをゴツゴツと鳴らした。
「で、どこ行くの?」
「江ノ島のさー…」
「遠いよ。」
無理無理と言うように眉をひそめるその顔、気にくわない。
「…あ、あやちゃんだ。」
あたしはそう言って虚空を指したのに…。
「ウソ!?」
君は思いっきり振り向いた。
「嘘。」
「うっわ、ヒド。」
「どっちが。ゆかがいるのに反応するん?」
嘘ついた理由を察せないんじゃろ?
恨めしそうに見てくる君に、あたしはまだ優しくできそうにない。
それにあたしは、その困った顔がすごく好き。
とーってもキュートだよって、言ってあげたいけどデレないなら意味はない。
「でもホントにいたら…」
「あやちゃんがいい?」
「いや、違うん…違…」
ぷっ。
「…ない、のっちないわ。」
「は…なんで笑ってんの?!」
吹き出したあたしに、少し遅れて食いかかってくる。
迷惑そうな顔、いい画だね。
「だって必死なんじゃもん、笑うわ。」
「…もーええよ、行こ。」
参ったと両手を上げて、君はゆらゆら歩き出す。
同時に君の周りの空気は、パキッとしたものに変わる。
いじればいじるほど、柔らかくなるその空気。
あたしは君のそれが好き。
あたしなんて気にも止めずずかずかと歩いて行く背中。
ご機嫌ななめみたい。
でも、焦ってるのがバレバレなんよね。
「のっちぃ。」
「ん?」
「そっち違う。」
「え?」
「駅あっちじゃけぇ戻って。」
「ん。」
反対方向を指したあたしの手を見て、無言でこちらへ戻ってくる。
それはそれは悔しそうに。
「もーほんと…」
「ほんと…何?」
「いいじゃん!何でも!」
君はむきになって、ビュンと鳴るくらいに勢い良くそっぽ向いた。
わかっとる。
恥ずかしいの隠したいって、知っとるよ。
頑張った君にご褒美あげるけぇ、ご機嫌直そうよ。
「のっち。」
最高の甘い笑顔で。
君のあったかい右手を取る。
そっと握ると、かちかちに固まった。
あたしといる時は緊張しいなんじゃね。
「なん、なーによ。」
「手かちかち。深呼吸する?」
「っす、るわけないじゃん!」
少しからかえば子供みたく真っ赤になって否定する。
それから恐る恐る手を握り返してきた。
あたしよりほんの少し大きなその手は、やっぱりまだぎこちない。
「で、どこ行くん?」
駅に向かって歩き出すと、少しして君は問う。
…2度は許されないけんね。
「江ノ島の水族館!」
「しょーがないなあ。」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑ってる。
君もあたしがどんな子なのかわかっとるんじゃね。
ちゃんと…じゃあないけどOKできたから、もっといいご褒美あげてもいいかな。
あたしが立ち止まると繋がれた腕は伸びきり、君も止まった。
「あゃのちゃん。」
目を丸くし不思議そうにトコトコと戻ってくる、その手を引いて顎に手をかけた。
「だ、だめだめだめ!」
君はあたしの手を押し戻して、恥ずかしそうにキョロキョロした。
こうゆう時だけ、普段の鈍感のっちではないんじゃね。
それなら、なんもあげんわ。
「いだ!」
あたしは君の斜め上をいかなきゃ意味がないんよ。
だから可愛らしい顎にでこぴんをした。
「…自分からやったくせにおあずけ?」
軽い歩調で先行くあたしの背に、ふてぶてしい声が飛んでくる。
その声だけで脳裏にあの八が浮かんだ。
今日、最後の最後まで付き合ってくれたらあげてもええよ。
頑張ってね、ゆかだけの可愛い王子サマ。
最終更新:2008年10月10日 02:00