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あたしは窓際の席から、秋の澄んだ高い空を眺めた。
放課後の教室には誰もいなくて。ただ、風があたしの髪を揺らす。秋の初めの風はまだ冷たくなくて、乾いていて気持ちいい。
イヤホンから流れる曲と秋の風に身をまかして、ぼうっとしていたら。
誰かの指先が、ふわっ、とあたしの髪に触れた。
「…あ~ちゃん」
「ゆかちゃんの髪、風のかたちを作っとるね」
あ~ちゃんはそう言って、あたしの前の席に腰かけた。
「何聴いとん?」
あたしは片方のイヤホンを抜いて、あ~ちゃんに差し出す。あ~ちゃんとあたしは顔を寄せて、同じ曲に耳を傾ける。片耳には、風が吹き抜ける音。
「…ピアノ?シンセ?…あ、綺麗な旋律…何て曲?」
「teardrop…涙の、しずく」
「ふうん」

あ~ちゃんは女性ボーカルの歌声に合わせて、ラの音で小さく歌った。
甘い、あ~ちゃんの声。小さく動く唇。
あたしは顔を傾けて、素早く唇を重ねた。軽いキス。
唇を離すと、あ~ちゃんは上目遣いで、顔が崩れるのを一生懸命ガマンしながら(こういうとこ、ほんと負けず嫌い)ふざけた口調で、
「ゆかちゃん、ヤバいわ。うち、クラっとしたわ」
「ほんま?」
「ほんまほんま。めっちゃ、どきどきしとる」

…なんて無邪気な笑顔で言うから。あたしは努めて何気ない感じで、
「のっちは?へたれから成長しとん?」
「へたれもへたれよ~。いちいちキスしていい、って聞いてくるけえ」
「あ~、そりゃへたれじゃね」
「こういうどきゅーんとしてずきゅーんとするテクニックは無いけえ」
とか言いながら、あ~ちゃんは幸せそうで。自分から話を振りながら、これ以上あ~ちゃんの口からのっちのことを聞きたくなくて。
「…じゃ、もっかいサービス」
あたしはもう一度口づけた。今度は、少し長く。
あ~ちゃんはさすがに真っ赤になって、ふにゃあと机に顔を伏せた。
あたしはクスクス笑った。…泣きたい気持ちで。
あたしが何回どきどきするようなキスをしても。のっちのまごまごしたキスの方が、あ~ちゃんを幸せにする。
そんなこと、分かってるけど。

春にあ~ちゃんと2人でいちご狩りに行って、あ~ちゃんはふざけて、あたしに「あーんして」っていちごを口に運んできた。
そのいちごを口にした時。あたしは、自分の気持ちが熟したことに気づいた。
いちごの甘酸っぱい味が広がって。あ~ちゃんは、あたしの「絶対」になった。
…でも。楽園の果実を口にしたのはあたしだけ、って分かってるから。
気持ちは絶対、でも関係は曖昧なままで。あたしは何も決定したくなくて。あ~ちゃんに何も要求したくなくて。
優しくていじわるなじゃれあいを続けてる。
あ~ちゃんとふざけてするキスはいつも、あの日のいちごの味がする。甘くて、酸っぱい。泣きそうな味。

「…ゆかちゃん?具合悪いん?」
あ~ちゃんが顔を上げてこっちを見ていた。
あたしは笑ってみせて、
「うん、ちょっと。いちごを食べ過ぎたんかも」
「いちご?秋に?」
「うん、貰いもののがうちにあるんよ」
「いいなあ、あ~ちゃんいちご好きじゃけえ」
あ~ちゃんはふふって笑って、
「春にゆかちゃんといちご狩りに行ったねえ。また2人で一緒に行きたいねえ」
「…うん」
「家族と毎年行くんじゃけど、なんか、ゆかちゃんと行ったのが一番楽しかったんよ」
あ~ちゃんは風に揺れるあたしの髪をそっと撫でながら、
「ゆかちゃん、ずっとずっと一緒にいようね」
あ~ちゃんの甘い声。頬杖をついてあたしを見上げる瞳。優しい指先。
…けして手に入れられないなら。どうかずっと憧れさせて。ずっと守らせて下さい。

「…うん、あ~ちゃん」
あたしも手を伸ばして、あ~ちゃんの髪に触れる。
切なくて、触れる指先が血を流しそう。
でも、痛いのはあたしだけでいいから。どうかあ~ちゃんに痛みを与えるものがないように。
あたし達は額を寄せて微笑みあう。
片方ずつのイヤホンから、同じ曲が聴こえる。
teardrop。涙のしずく、か。そういえばいちごの形に似てる。とがった先が、あたしの心を突っついて。
その、甘くて酸っぱい、痛み。

終わり






最終更新:2008年10月10日 02:27