のっちの教室へと向かう渡り廊下で、あたしの足が止まった。
「…どしたん、あ〜ちゃん?」
ゆかちゃんがあたしの視線を追って、あ、と小さく声を上げた。
あたしとゆかちゃんは、渡り廊下の窓に身を寄せて、教室の前に佇んでるのっちと、下級生らしい女の子の様子をうかがった。
のっちは明らかに困ってた。でもそれは、のっちをよく知ってるあたし達だから分かること。
人見知りののっちは、そう親しくない人の前ではあからさまな感情を出さない。固く、不機嫌に見えるような表情で、印象的な強い目線が際立って見える。
でもそんなのっちの表情は、元々の端正な顔立ちが手伝って、クールにうつる。
きっと、目の前の下級生は、のっちが内心動揺しまくって早々に話を切り上げたがってるへたれなんて気付いてないに違いない。
…なんか、そういうの。面白くない。
「あ〜ちゃん、のっち困っとるよ。助け船出さんの?」
「…一人で何とか出来るじゃろ。もういい大人なんじゃけえ」
あたしは余裕しゃくしゃくな笑顔を見せた、つもりだけど。
きっと、引きつって可愛くなかった。
ゆかちゃんは勘がいいから気付かれとる。
あたしはゆかちゃんの視線を避けるように、髪をかきあげるふりをして横を向いた。
…助け船、か。多分、前の自分なら簡単に出来た。おどけてからかいながら、話の中に割り込んでいけばいい。
のっちとつき合い出す前なら出来たけど。なんか、今は。
そういう所有権を主張するようなのって、なんかイヤ。あ〜ちゃんは、したくない。
…てゆうか、させないでよ。
何でうちがのっちを救い出して自分のもの宣言せにゃいけんのんよ。アホ犬の飼い主じゃあるまいし。首輪ひっつかんでつなぎ止めるみたいで、なんかうちの方が必死みたいじゃろ。
うちが助けなんて出さんくっても。のっちから、振り切って来てよ。
…そんなことを思うのって、可愛くないのかな。素直じゃないよね。
誰にもとられたくないくらい大事に思ってることを、誰にも(のっちには特に)知られたくない。
「あの子さ、のっちのファンクラブの中心の子だよ」
「知っとん、ゆかちゃん?」
「うーん、まあ…(うちの本のお得意様じゃけえ)」
ぼそぼそとゆかちゃんと話してると、遠巻きに伺うあたし達の視線に気付いたのか、のっちがほっとしたようにあたし達に向かってぶんぶん手を振った。
「あ〜ちゃん、ゆかちゃん!ちょっと来てよ!」
…のっちのアホ。
あたしは小さくため息をついた。
KYなのっちは無邪気な笑顔を炸裂しとるけど、後輩の女の子の視線がこっちにからんできとんよ。
あたし達が嫌々近づくと、下級生の子は強気にぐっと前に出て、
「西脇先輩、樫野先輩、19日は予定ありますか?」
「…え?」
「ファンクラブで大本先輩の誕生日のイベント企画してて。ほんとは20日がいいんですけど、お二人と先約があるらしいから。19日は空いてますよね?」
…あ。
あたしはのっちをちら、と見た。眉を下げてへの字口。
「西脇先輩と樫野先輩が予定してるのは20日だけなら、19日は大本先輩を借りてもいいですか?」
のっちが目でタスケテと合図してきた。
多分のっちの性格から言って。知らない子らと誕生日祝いなんて生きた心地がしないんだろう。
でも、心の根っこが優しくて思いやりのあるのっちは、自分の為に企画されたイベントをむげに断るのも難しくて。
そして適当な嘘でその場を切り抜ける要領の良さも無いから。
ただただ、困ってたんだろうな。
そんなん全部分かっとるけど。人見知りなとこも優しいとこも、要領の悪さもズルさの無いとこも全部全部好きじゃけど。
…でも。
「…いいじゃん、のっち」
「…あ〜ちゃん?」
のっちがすがるような目でこっちを見てる。
あたしは気付かないふりで、
「すっごい、イベントってマジやばくない?楽しそうじゃけえ、祝ってもらいんさいや」
「あ〜ちゃん!」
「なんか20日のうちらのお祝いがしょぼく見えるかもしれんね、ゆかちゃん」
あたしは早口でまくしたてた。ゆかちゃんは複雑な顔をしてる。のっちは、泣きそうに困った顔。
「良かったあ、西脇先輩の了解があれば安心です」
下級生の子がわざとらしく明るい声を上げた。
何でうちの了解が必要なんよ。うちがのっちの決定権握っとるわけじゃないのに。
…そう、うちが決めることじゃない。
あたしがのっちをお祝いする前に、誰かがのっちをお祝いするなんて、悔しくて泣いちゃいそうだけど。でも、そんなのあたしがどうこう言いたくない。
決めるんなら、のっちが決めてよ。うちに言わせんといて。
…行かんといて、なんて。
あたしは下がり眉で困惑しきった顔ののっちを睨みつけた。
のっちのへたれ、嫌いじゃ。
でもほんとは。素直にのっちを独り占め出来ない自分が、一番、キライ。
つづく
最終更新:2008年10月17日 15:29