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「のっちまだ緊張しとる?」

あやちゃんの柔らかい声が、楽屋いっぱいに広がる。
あるTV収録のため、あたしたちは楽屋で待機していた。
「うん…しとる。」
楽屋の隅にパイプイスを持っていった彼女は、ずっと肩をすぐめて縮こまったまま。
「困ったちゃんじゃねぇ。」
あやちゃんが言うと「ごめん」と弱々しく返ってきた。
完全にのっちではなく大本さんに戻っている様子。
あやちゃんは半ば呆れているようで、持参したananを手に取り読み始めてしまった。

こうなると、のっちの頼りはあたししかおらんね。
「のっち。」
あたしはガタガタと隅までイスごと引きずって、うつ向くのっちの肩を叩いた。


「かっしぃぃ…」
力なくこちらを向いたその顔は、八の字とへの字が強調されていた。
「大丈夫?」
「大丈夫…ない。」
「なにそれー。」
あたしが笑うと、のっちも少し笑った。
気付くとのっちの手はあたしの手を握っている。
そわそわと落ち着きなく、握ったり離したり。

「揉んどるんコレ?」
せわしないのっちの手を掴んで、目の前に持ってった。
「え、だってなんか…」
大した事じゃないのにもじもじとして、今度は足を動かして。
「握っとったら?」
「いいの?」
「落ち着くんじゃろ?」
ぱあっと、のっちは文字通りぱあっと笑って頷いた。
それからギュッと手を握り直す。
少し赤らめた嬉しそうな横顔、昔から全く変わっとらん。
あたしも、こうやって甘えられるのが好き。
優位に立っとる感がキモチイイけんね。


「あ。」

並んで座るあたし達の後ろで、あやちゃんが声をあげた。
「ん?」
「髪飾り忘れとる。」
そう言ってあやちゃんは勢いよく立ち上がる。
「行ってくる!」
「…あ。」
あたし達が言葉を返す前に、あやちゃんは楽屋から飛び出した。
ヘタレのっちとあたし、二人きりの楽屋になった。

「行っちゃったね。」
のっちは恐る恐るというように、小声で呟いた。
それには敢えて答えないでおく。
あたしは暇つぶしのお遊びを思いついたから。

「おーいかっしー?」
あたしの顔を覗き込んできたのっちへ一言。
「のっちのヘタレ」
途端に殴られたように固まった。
可愛い、てゆうかオモシロイ。
「…ヘタレってなんなん」
些か不服そうな顔で珍しくつっかかってきた。
ま、この時点でのっちはあたしの掌の上じゃ。


「のっちって弱々しいしー」
「え、チョー強いよ。」
「それが可愛いよね☆」
「…やだのっちカッコイイ方がいい」
嫌味ったらしいそれに、のっちはぶっきらぼうに反論した。
カッコイイって言われたいのは調査済み。
こーゆーの鈍感なこのコなら簡単に転がせる。

「じゃ、カッコイイとこ見せて。」
「っえ?」
「ふーん。」

あたしが鼻で笑うと、のっちは手を握ったまま唸りはじめた。
しばらくそれを続けると、突然のっちは頬を赤くして笑んだ。
この笑顔、してやったりなこの顔。
あたしが大好きで大嫌いな顔。


「ええよ、…かっしー。」
「なん―――」
言う前にのっちの口唇に阻止された。
不器用な、一生懸命さが伝わるような、らしいくちづけ。

でも。

…こんなのじゃゆかは揺らがない。


数秒してゆっくり離れた顔、それでもまだまだ近いまま。
「どーだ。」
勝ち誇ったように、のっちはくしゃっと笑った。
優位に立っとるはゆかのはずじゃろ。
「全然。」
お子様なのっちにしては、カッコよかったかもね。
でもゆかにはまだまだ。
まだまだ足りんよ、ゆかは大人じゃけぇ。

「じゃあなにがカッコイイん。」
いつもなら眉は八になるんじゃけど、今は八がひっくり返っとる。
ああ、のっちもお子様じゃないんだね。

「大人なのっちはもっと出来るじゃろ?」
繋がっていない方の手で、のっちの頬を撫でる。
少し上がった体温が心地良い。
いつもは揺らぐ瞳が、今はゆかを真っ直ぐ見とる。

「どうなっても知らんけぇ…」
なんてめっちゃ真顔で、絶対強がっとる。
本当はドキドキしてるくせに、大人ぶっとる。


「その言葉相応の事できるん?」
実を言うとゆかもドキドキしとるんよ。
でも、のっちのがもっとしとるはずじゃもん。

「のっち知らんから。」
のっちがぽつりと目をあわせずに呟いた。
手は繋いだままで。
のっちの顔が、またゆかに近づく。
鼻を抜けるのっちの薬みたいなニオイ。
嫌いじゃない。


「髪飾りはいらんってー」
口唇が触れる寸前、あやちゃんが楽屋に戻ってきた。
「そうゆうのは先に言ってもらわにゃあ。」
ぶいぶい言うあやちゃんの目があたしたちを捉えた頃には、繋いだ手も離れていた。
手の中に残った熱が、名残惜しい。


「なに、なんか。」
あやちゃんが面白可笑しそうに、ニヤニヤと歩み寄ってくる。


あやちゃんがあたしに辿りつく前に。
のっちにしか解らないように。
のっちだけのために歌うけぇ、聴いて。

「Take me tonight」

ただそれだけ。
大人なあたしたちには、十分じゃろ?
ねえのっち。

あたしからもあやちゃんへ近づく。
背中がのっちの視線を受けてるのが、よくわかる。
「なになに?歌うん?」
あやちゃんが目を輝かせて聞いてきた。

ごめん。
今のはあやちゃんには秘密なんよ。
ゆかとのっちだけの、ヒミツなの。

「んー言っただけ。」
「えぇ、つまらんね。」
文句たれるあやちゃん、可愛いから許す。

あやちゃんと話しながら、ちらっと見たのっちの瞳は、揺らがず真っ直ぐなままだった。
その大きな目に見つめられたら、体の力が抜けちゃうカモ。


今夜あたしを連れていって。
期待しとるけんね。






最終更新:2008年10月10日 02:49