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ぽつぽつと雨が窓をたたき始めた。明日は久しぶりのオフだった。
早々に家に帰って来たものの、マンガもゲームもDVDも見る気にならない。
シャワーを浴びてパジャマに着替えて、もそもそとベットにもぐりこむ。最近はいつもそう。
眠れなくても、他に何もする気が起きないので、とりあえず横になってやり過ごす。

ウトウトしていると、携帯が振動してる音がした。
メールのような気もするし、着信のような気もするけど、めんどくさくて取る気が起きない。
どうだっていいし、なんだっていい。もう、このままベッドに沈んでしまいたい。。。
布団を頭からかぶって無視を決め込んでいると、チャイムが鳴った。
ベットからぼんやり入口を眺めていると、誰かがドアをノックする音がした。

「…のっち…、…のっち〜っ!」

ザーザーと雨音に交じって、高い声がかすかに聞こえる。あの声は、…えっ、ゆかちゃん…?
まさかと思いつつ、のろのろと起き上がってドアに向かう。玄関を開くと、ずぶぬれのゆかちゃんが立っていた。

「いた!よかったぁ、返事ないから心配したんよ。」
「な、なんでっ?傘は?」
「…駅着いたとき、メールも電話もしたんだけど、のっち連絡つかなかったけぇ、走って来ちゃった。」
「とにかく玄関入って、ここで待ってて。」

部屋の奥からタオルを持って来て、ゆかちゃんの頭にかぶせた。とりあえずたたきに座らせて、髪と服をぬぐう。
「ん、ありがと。」
「こんなに濡れて。雨の日に無理に来んでもよかったのに…」
「ごめんね、のっち。もう寝とったの?具合悪いん?」
「…別に。ゆかちゃんこそ、なんで来たん?明日はせっかくのオフなのに。」

ぶっきらぼうなあたしの言葉に、ゆかちゃんがちょっと言葉を詰まらせた。

「…ら、来週、課題提出じゃろ。のっち、まだやっとらんだろうから一緒にと思って…。」
「……。そっか、そんなのあったね。」

ゆかちゃんがくしゅんとくしゃみをした。タオルで拭いたくらいではどうにもらならない。

「散らかっとるけど上がって。そのままじゃ風邪ひく。」
「…うん。」

真っ暗な廊下の電気をつけて、ゆかちゃんを招き入れた。ゆかちゃんは嬉しそうにずんずん入ってくる。
部屋の明かりをつけると、…最近ぼーっとしてて、よく見てなかったけどかなり汚なかった。これは恥ずかしい。
「うわっ。のっち、どんだけ掃除しとらんの!」
ゆかちゃんはバックを机に置くと、脱いだままの服や散らばった雑誌、お菓子の空き箱を片付け始めた。
「いいよいいよ、自分でやるって。」
「これじゃ座る場所もないじゃろ。ゆかが片付けとくけぇ、のっちはコーヒーでも入れてきて。」
「その前に、これに着替えてくれんかな。ハンガーは、壁にかかっとるの使って。」

クローゼットをひっかきまわして見つけたハーフパンツとTシャツを渡す。
ゆかちゃんは両手で受け取ると、きゅっと掴んで鼻をこすりつけるしぐさをした。


「あ、これ、のっちの匂いがするねー。」
「…コ、コーヒー入れてくるっ。」

ドキッとして、慌てて部屋を出た。なぜか一瞬、自分が抱きしめられているみたいな錯覚をした。
…まったくどうかしている。
ため息をついて台所を見渡すと、部屋に負けず劣らず荒れてた。食器の下からマグカップを探して洗って、コーヒーを探して。
コーヒーなんてずいぶん入れてなかったから、ちょっと固まってたけど、なんとか入れることができた。
カップを二つ抱えて部屋に戻ると、雑誌も服もCDも綺麗に片付けられて、違う部屋みたいになっていた。
ハンガーに掛けられたゆかちゃんの服が、エアコンの風でふわふわと揺れている。

「片付けありがとね。あ、寒くない?」
「大丈夫。それよりのっち!部屋はちゃんと綺麗にしとらんと、急に誰か来たらどうするの?」
「……。」
誰も来ないし、って言ったら怒られそうだから、ゆかちゃんの前にそっとマグカップを置いた。
「どうぞ。」
「ありがとう!」
ゆかちゃんが満面の笑みでコーヒーに口をつけた。
「うっ、ちょっと苦いかも…、けど、ま、いっか。…さ、課題やろうよ。」
「ぅ、うん…。」
「さては、のっちはノートもとっとらんのじゃろ?トクベツにゆかの貸してあげるね。」

几帳面な字で書かれたノートに、それとは違う字で書かれたメモが何枚も挟んであった。
…ゆかちゃんは、のっちと違って友達が多い。課題なら、一緒にやってくれる人がたくさんいるはずなのに。
どうして、ゆかちゃんはわざわざのっちのところに来たんだろう。
ゆかちゃんはそんなあたしの様子なんかお構いなしに資料を広げて、マグカップに手を伸ばした。
濡れた髪からふわっと甘い香りが漂う。…あ〜ちゃんのお菓子みたいな香りとは違う、お花みたいな香り。
ゆかちゃんは唇にペンを押しあてて、瞳を伏せるようにして資料を読みはじめた。

…こないだのカフェでも思ったけど、ゆかちゃんは横顔がとても綺麗だ。
ふと、こないだ楽屋で抱き合ってたふたりを思い出す。あ〜ちゃんを撫でるゆかちゃんの指先、眼差し、唇…。
手を伸ばせば、触れられる距離にあるのに…でも、これはのっちのじゃ、ない。
…あんな風にぎゅっと抱きしめられて、キスをされたらどんな気分になるんだろうか。
…いいな、あ〜ちゃんは。いやいや、何を考えているんだ、のっちはあ〜ちゃん一筋だったのに。
 あ〜ちゃんが誰のものでも、あ〜ちゃんがのっちを好きじゃなくても、のっちは、のっちは…。
…いいや、もういいや、どうでもいいや。どうせ届かないなら、なんだって一緒だ。

頭の中が、完全にループしていた。

「…ん?のっち、どうかした?」
「な、なんでもない。ちょっと、休憩。」

すぐそばのゲーム機に手をのばしてスイッチを入れる。
派手なテーマ音が流れる中、ゲームを始めてはみたものの、ボタンを押すタイミングがなかなか合わない。
最近あんまりやってなかったから、勘が鈍ってるみたいだ。ゆかちゃんが後ろから声をかけてきた。

「のっち、ゲームへったじゃね〜。全然進んどらんのと違う?」
「…いいじゃろ、別に。ゆかちゃんはこんなん見とらんと、早く課題やりんさいや。」
「なんね、ゆか応援してあげようと思ったのに、…もう知らんっ!」

ゲームの音だけ聞くことにした。ゆかちゃんはぶつぶつ言いながら、課題を続けている。
敵に照準を合わせて、ひたすら撃ち落としていく。何も考えないようにして、ひたすらボタンを連打した。
…そうだ、決して口にできない想いも、ゲームの中の弾丸で打ち砕いてしまえばいい。
ピコピコ音が響いて、心の中で言葉が崩れて消えていく。


…あの、ね、ゆかちゃん、、…のっち、本当は…、

「ねー、のっち。」
「…なんね、しつこいな。」
「休憩するならゲームじゃなくて、ゆかと遊ぼうよ。」
「ダメ、今いいところじゃけぇ。」
「じゃ、ゆかもゲームする。」
「…ゆかちゃんはトロいけぇ、向いとらん。」
「のっちのいじわるっ!」

「だいたい、ゆかちゃんはのっちと遊んどる場合じゃないじゃろ。課題終わったらさ、」
「うん、なぁに?」
「あ〜ちゃんに、連絡してあげんさい。」
「…え。」
「明日はオフなんだし、こんなところで時間使っとたらもったいないじゃろ。」
「……。」

…ゆかちゃん、あのね…。

…のっち、本当、はね…、
 …今日、ゆかちゃんが来てくれて、…———とても、嬉しかったの。
 だから、言いたかったの。…もっと一緒にいて、ひとりにしないで、って…。

 でも、そんなこと言えないよね。
  …だって、ゆかちゃんは、…あ〜ちゃんのだから…。

    …のっちは、…———ひとりぼっち、だ…。


ふいに、背中に温かいものを感じた。ゆかちゃんが、両腕を首に回して背中に抱きついてた。
「のっち!」
「……。」
「のっち〜?」
「……。なんね?」
「うふふっ、呼んでみただけ。」
「…熱いから、そんなくっつかんでよ。」
「やだ。」
「…あのさ、ゆかちゃん。あんまこういうことすると、さ…」
「うん、なぁに?」
「……なんでもない。…課題、まだ終わらんの?」
「終わらんね。」
「…じゃあ、早ぅ続きせんと。」
「のっち休憩しとるから、ゆかも休憩。」
「…わかったよ、のっちも課題やるから。」

振りほどこうとした手が握り返される。

「ゆか、ちゃん…?」
「のっちー…。」

背中から伝わる優しい体温と甘い香りに、心の中で砕いたはずの言葉が、零れ出しそうになる。
…でも、…この温もりは、全部、あ〜ちゃんの、だ。……これは、のっちのじゃない、のっちのじゃ、ないっ!
だから、…語尾が震えないようにお腹に力を込めて言い捨てた。


「———邪魔なんよ。早く課題やって帰って。お願いだから、ひとりにしてよっ!」

…そうだ、…想いとは、逆の言葉を吐き出して。
漏れ出しそうになる声は、歯をくいしばって堪える。苦しい溜息は、喉の奥で噛み殺した。
…ふと下を向くと、コントローラーを強く握りしめている手が、小刻みに震えていた。

あたしの手元を見ていたゆかちゃんが、頭を撫でてきた。頬に熱い息がかかって、淡い囁きが、聞こえた。

「のっち…。」
「……。」
「ひとりにして、ごめんね。」
「……。」
「ずっと、寂しかったじゃろ。」

「最近、あんまり眠れんかったのでしょ。いつも赤い目して、ゲームしとったわけじゃないよね?」
「……。」
「一緒におるのに、DVD見るとかマンガ読むとか言ってすぐ帰っちゃって、…ほんまは違ったじゃろ。」
「……。」
「…つらい思いさせて、ごめん…。」

唇がわなわなと震え出していた。…ゆかちゃん…、…気が、ついてた…。
…堪えていた涙が、溢れそうに、なって…、顔を、上げられなくなった。
背中越しに、ゆかちゃんの心音がトクトクと伝わってくる。だから、…ただ、きつく瞳を閉じた。

「ねぇ、のっち。…ゆかのことは、どう思っとる…?」
「…ぇ。」
「ゆかは、のっちの気持ちが知りたい。」
「…———だ、…って、ゆ、ゆかちゃんは、…あ〜ちゃんの、…だ、から……。」
「そのことは今、考えんでいいよ。」

ゆかちゃんの両手が、熱くなっているのがわかる。…その柔らかさに、吐息に、意識が溶かされそうになる。

「…ゆかのこと、見とったでしょ。気がついてたよ。」
「……。」
「…ゆかのことは、キライ?」
「……嫌い、じゃ、…ない。」
「じゃ、スキ?」
「…でっ、でも、あ〜ちゃんが…。」
「それは考えんでいいって言ったでしょ。あ〜ちゃんのことはゆかが考えるけぇ、のっちは気にせんでいい。」
「……。」
「でも、なぁに?」

胸が苦しくて…、張り裂けてしまいそう。…だけど、好きだなんて、言えない。…絶対、言えない。

「のっち、ドキドキしとる。」
「し、しとらん…っ。」
「意地っ張りじゃね。…ゆか、素直じゃない子は嫌いだな。」
「……っ。」
「…ゆか、もうすぐ課題終わるけぇ、のっちがひとりになりたいなら、」


「もう帰る。」

「…っ!」

思わずゆかちゃんの腕を掴んだ。でも、言葉は何も出てこない。
最後の理性が、全力で警告していたから。…引き留めては、いけない…。
気力を振り絞って「ごめん、帰って」と、言おうとして、口を開いた…のに、
…言葉の代わりに溢れだしたのは、涙、だった。

「っ、ぅぅぅ〜〜っ…っ」

ゆかちゃんが両腕を解いてのっちの前に座りこんだ。止まらない涙と震えを包み込むように、両手を繋いでくる。
「のっち、顔上げて。…ゆかのほう、見て。」
おずおずと顔を上げると、目の前がふっと暗くなって、…ゆかちゃんの、唇が、自分の唇に、重なった…。
(…っ!!)
慌てて離れようとしたら、きゅっと抱きすくめられた。突然の甘い香りで胸が一杯になって、…呼吸が、できなくなった。
「逃げないで。…———こうして、欲しかったんだよね、…のっち…?」
…もう、抵抗ができなかった。…そう。だって、…そう、それが、…のっちの望み、だったから…。
「のっち…。かわいい。」
ゆかちゃんが、もう一度唇を重ねてきた。深いキスになって、舌が触れあったとき、…もう、歯止めが利かなくなった。
(…あ〜ちゃん、ごめんなさい。。。)
ゆかちゃんにぎゅっと抱きつくと、それよりも強い力で抱き返された。耳元に甘い吐息がかかる。

「もっと、そばに来る…?」

そのまま手を引かれてふたりでベッド潜り込んだ。
ゆかちゃんの唇を、何度も何度も受け止めて、吐息が混じりあって熱い舌が絡んで、
何も考えられなくなって、…気がついたら、パジャマのボタンが外されていた。
だけど、そこまでだった。ゆかちゃんの指先にうまく応えられずに、カラダが強張ってしまう。
気持ちにこたえようとすればするほど、罪悪感が強くなる。何度も途中で手を止めて、顔を覗きこまれた。
…ゆかちゃん、戸惑ってる。
「やめる?」無言で首をふる。
「…続けて、いいんじゃね?」
続けていいどころじゃなくて、…もっともっと、触れてほしい、のに…。
でも、どうしても素直に返事ができなくて、カラダが震えてしまった。…結局、最後までできなかった。

…それでも。
ゆかちゃんは、あたしをぎゅっと抱きしめて、そのまま頭を撫で続けてくれた。おでこに何度もキスをしてくれた。
恥ずかしさと申し訳なさで、顔を上げることができない。
「…ごめんね、ゆかちゃん。」
「のっちは悪くないから謝らんくていい。…ゆか、あんまり上手にできなかったから」
「違うっ!そ、そうじゃなくて、」
「?」


「のっちは、…ひとりだけど、…———ゆかちゃんは、違うから。」
「…のっちはひとりじゃないよ。」

ゆかちゃんは小さくそうつぶやいて、キラキラした瞳をまっすぐに合わせてきた。
たくさんのお星様を宿した瞳に、吸い込まれそうになって、…涙が、滲んだ。
ゆかちゃんはそのままのっちの頬を両手で挟みこむと、おでこをピタッとくっつけてきた。

「…ゆかはね、のっちのことが大好きだよ。」

「…こんな風に大好きっていえるのは、のっちだけなの。あ〜ちゃんには恥ずかしくてよう言わん。
 でも、のっちには、いっぱい言ってあげる。のっちはゆかの、トクベツだから。」
「…のっちが、ゆかちゃんのトクベツ?」
「そう。ゆかはのっちが大好きで、のっちはゆかの、トクベツなの。」
「でも、でもっ、ゆかちゃんはあ〜ちゃんのじゃろ?…のっち、違うし。」
「ふたりとも大事。あ〜ちゃんはゆかのだし、のっちはゆかのトクベツだし、どっちも違わん。」
「…———欲張りじゃね、ゆかちゃんは。」
「うん。だからね、」

ゆかちゃんの甘い声が首筋にかかった。

「のっちは、ゆかにもっと甘えていいんだよ。ゆか、のっちのこと、ずっと想っとるからね。」

頭、が、真っ白になった…。

カラダが次第に熱を帯び始める。ゆかちゃんに大好きだって、トクベツだって、…甘えていいって言われて、
何かが、外れてしまったみたいだ。…———嬉しくて、…泣きそうになって、また俯いた。

「のっち、どうしたん…?」

頬を撫でてくれるゆかちゃんの手は、…優しくて、とても、暖かい…。

「…ゆかちゃん…。」
「ん?…のっち?」

ゆかちゃんの服の裾をぎゅっと掴んで、肩先に顔をうずめる。…話しかける声は、小さく震えていた。

「ゆかちゃん…」
「…なぁに?」
「…———もぅ一度、……して…。」

「…ぅん、いいよ。」

ゆかちゃんの唇が、指先が、そっとカラダを撫でていく。今度はちゃんと反応できた。
くすぐるように耳元で囁かれる、たくさんの甘い言葉。。。
「のっち。」「大好き。」「のっち。」「かわいい。」「のっち。」「のっち。」…。

ゆかちゃんに導かれて、高く昇りつめても、ゆかちゃんは手を放してくれなかった。
もっと遠くへ連れて行こうとしている。
全身が溶けてしまいそうな程に、溢れる想いを送り込まれて、カラダの内側からどんどん熱くなって、
…———その温かい両腕の中で、意識を、手放した。


㈪ひとりじゃない  おしまい






最終更新:2008年10月17日 17:15