誰だって、耐えられることと耐えられないことがある。
大したことがないようなことでも、繰り返されたら嫌でも期待してしまうんじゃけど。
無意識にやってるなら相当タチが悪い。
あーちゃんは一体どうしたいん?
何気なく話をふったら、あーちゃんが物凄い勢いでうろたえた。
単に聞いてなかったせいかなと思ったけど、明らかに態度も妙で。
目はうろうろ、おまけに頬も心なしか赤くて。
自分じゃないんだから、と思わず突っ込みたくなった。
そのうえ何も言わないものだから沈黙が流れて。
ゆかちゃんがとっさに茶化してくれたからよかったようなものの、そうじゃなかったら…。
だから、なんとなく気まずくて一人先に帰ってしまった。
きっとあーちゃん、変に思うだろうな。
でも、こういうときに上手くフォローするような言葉を自分は知らない。
本当はゆかちゃんみたいに機転をきかせたいんだけど。
このまま顔を合わせてもうろたえさせてしまうくらいなら、何もせんでいたほうが何倍もマシ。
家について、なんとなく何も手に付かなくてぼーっとしていたら、携帯がごとごとと音をたてた。
どうやらメールみたい。
送信者は…、あーちゃん。
メールを開く前に一回大きく深呼吸して、いっせーのせ、でボタンを押した。
—今日は本当にごめんね。あ〜ちゃんなんか、ぼーっとしとって。 しかものっちの大きな目でじっと見つめられたけぇ、どきどきして上手く話せんかったんよ。
どきどきして、って。
またそうやって自分を喜ばせるようなこと、さらっという。
あーちゃん。のっちはアホじゃけえ期待してしまうんよ。もしかしたら、あーちゃんはのっちのことが好きかもしれん、って。
でも勘違いしちゃいけん。あーちゃんは誰にでも優しい。
あくまでひかれないように、何気ない内容で返事をしないと。
書いては消して、書いては消してを繰り返して、ようやく返事をかきあげる。
送信ボタンを押して携帯をぱちりと閉じた。
この何の変哲もないメールから、自分の想いの何万分の一でもいいから伝わればいいのに。
でも、伝わったところで、明るい未来が開ける訳でもない。
凄いムジュン。
大きくためいきを一つついて、ベッドに倒れこんだ。
手を伸ばせば届く距離にいて、好きだなんて言葉ならすぐに伝えられそうなのに、それは絶対に無理なんだ。
立ちはだかる壁をあげればきりがない。
「やーめーた。」
大きな声で呟いて目を閉じた。考えても、落ち込むだけじゃけえ。
でも、夢の中にくらい会いにきてくれないかな。きっとそれくらいは許されるはずだから。
それからもあーちゃんは同じようなことを繰り返した。
会えばそっけないのに、メールでは際どいことばかり言う。
いいんだけどさ。
いいんだけどね。
自分も混乱したりするわけで。
誰だってそうでしょ、やっぱり。好きな人にそんなことされたら…。
そんなことがどれくらい続いたかもいい加減解らなくなってきて、自分の神経も相当すり減ってしまったある日のこと。
もう最近は自分もあーちゃんのちぐはぐっぷりに慣れてしまって、今日は一体何があるんだろうなんてのんきに考える余裕も出てきた。
多分、普通はもっと頭がぐるぐるになってるんだろうけど、気持ちを知られてはいけない身としては直接ふれあわなくていいのは逆に好都合だった。
ちなみに今日は雑誌取材の日。
まあ、だいたい三人の写真何枚かと、個人の対談くらいで、特にあーちゃんと深く関わることもなさそう。
ちょっと寂しいけど、このくらいの刺激のほうが今の弱った自分には丁度いい。
なのに。
「今日、二人づつの対談をしていただくつもりです。」
そう、記者さんが一言楽しそうに告げた瞬間、思わず笑顔がこわばった。この状態であーちゃんと二人…。
ゆかちゃんとわたし、あーちゃんとゆかちゃんの対談はあっけなく終わった。
残すは問題の私とあーちゃん。
彼女はというと、にこにこ笑いながらスタッフさんと楽しそうに喋っている。
本当、人の気もしらんで。
「じゃあ、お願いしまーす。」
そのまま別室につれていかれてあーちゃんと記者の人と三人きり。
目の前にはどんと無駄に大きな机。必然的に記者さんとの距離は遠め。そして真横にはあーちゃん。
なんだかそれが自分には死刑の宣告みたいに思えた。
でも、いざ一度始まってしまうとにこにこと笑いながら質問に答えていく自分たち。
やっぱり、そこらへんは腐ってもプロだ。
でも、一つだけ気になることがある。さっきから机の下で、左手があーちゃんの右手に触れてる。
それが気になって、ついつい口数が減ってしまう。
その間も、黙ってしまうわたしをフォローするように彼女は淀みなく喋り続ける。
手が触れてるだけで、心臓ばっくばくなんだけど。
しれっとした様子で横に座っていれるのが若干うらやましい。
なんだか悔しくて、そっと手の位置をずらす。
すると、あーちゃんは身振り手振りをつけて喋り出した。これで一安心。
と、思いきやひとしきり喋って満足したのかあーちゃんは手を机の下におろした。
そしてまた手と手が触れ合う。
そんなことを何度繰り返しただろう。
流石に頭がいっぱいいっぱいになったわたしは、そっと触れたままの手を握り締めた。
当然のように振り払われるのを覚悟していたのに、彼女の細い指は私の指にしっかり絡まった。
驚いて弾かれたように彼女を見つめる。
あーちゃんはあくまで前を向いたままこっちを見もしない。
けれど、繋いだ指の強さが少し強くなった気がした。
結局そのあと最後まで手は繋がれたままだった。
—のっち今日元気なかったよね。どうしたの?
家に帰って携帯を確認すると、あーちゃんからメールが来ていた。今日のことなんかなかったようなその文面に、思わず腹が立った。
—別にそんなことないけぇ。あーちゃんの思い過ごしじゃ。
—そんなことなくない。今日、あ〜ちゃんのっちと一言も喋ってない。
—たまにはそういう日もあるわ。
—のっちがよくても、あ〜ちゃんはゆるさんよ。のっちと喋れなくて、寂しかった。好きなんよ、のっちのこと。
ぷつんと、自分の中で何かが外れた。
何が、好きなんよ、だ。
驚くほど簡単に言ってくれちゃって。
好きってことばは、君にとってはそんなに軽いの?
携帯と財布をひっつかむ。
もう、あーちゃんが何を言おうとゆるさんけぇ。
三回のコール音のあと、受話器をとった音がした。
「もしもし?」
あーちゃんの少し戸惑ったような声。
でもそんなのは無視。
「あーちゃん、今下におるけぇ、あけて。」
「へ?」
「言ってる意味わからんの?今あーちゃん家の下におるから。」
「どういう、こと?」
「あけてくれたら説明する。」
有無を言わせずに電話をきる。
もう、ごたくを聞いてる余裕なんてないよ。
しばらくすると、あーちゃんが焦った様子で出てきた。もう寝るところだったのか、パジャマ姿だ。
「のっち、怒っとる?」
上目遣いでおそるおそる問い掛けてきたあーちゃんの手首を掴んで部屋の中に引きずり込む。
そしてそのまま、噛み付くようにキスをした。
㈬(side N) END
最終更新:2008年10月17日 17:37