仕事の帰り。
外はもう暗くて、携帯の時計を見ると9時を過ぎている。
いやぁ〜、予定より遅くなっちゃったな〜。
エコと健康、そして家計の為に少しカッコイイ感じの自転車で通勤。
名づけて、ハイパーのっち号。
皆にセンス無いって言われてるんだけど、なんでかなぁ?
まぁ、それはさて置き、そのハイパーのっち号を走らせて向かう先は、もちろん我が家。
大切な人が待つ家が近づくと、自然とハイパーのっち号をこぐ足にも力が入る。
キィィ・・。
家の前で降りて、玄関の脇へと止める。
今日もお疲れ!
さてと〜。
家には明かりが点いているけど、できるだけ静かに玄関を開けて中に入る。
閉める時も、静かに。
よ〜し、上出来。
何でこんなにこっそりしとるかと言うと、たぶんもう寝ているであろう大切なm・・・。
「お帰り〜。」
と、後ろから出迎えてくれるその声は。
「あ〜ちゃん、ただいま〜。」
愛妻のあ〜ちゃん。やっぱりこういうの良い。疲れてても幸せを感じる。
「だいぶ遅くまでがんばったんね。」
「うん。今日までに終わらせたい仕事があったけぇ。思ってたより遅くなってしもた。ごめんね?」
「ん〜ん、連絡貰ってたし大丈夫よ?それより、疲れたでしょ?」
そう言ってもらうと安心する。
「も、ヘトヘトじゃわ。」
靴を脱いで、あ〜ちゃんと一緒にリビングへと進む。
「あ、もうゆかは寝ちゃったよね?」
「『おとぅしゃん帰るまで起きとるぅ。』言うてがんばっとったんけどね。昼間はしゃいどったから、耐えられんと寝てしもぅたんよ。」
くすくすと笑いながら教えてくれる。やっぱり寝てたね。こっそりで正解じゃった。
もうすぐ3歳の愛娘。ゆか。
もう可愛いぃの何のって、よく目に入れても痛くないって言うけど、まさにそんな感じ。
そ〜っと、ゆかが寝ている部屋を覗くと、スヤスヤなんとも可愛い寝顔で笑みがこぼれて、仕事の疲れなんて飛んじゃうね。
音を立てないように戸を閉める。
「よく寝とる。」
笑顔で頷くあ〜ちゃん。
「のっち、先にシャワーじゃろ?」
「うん。」
「着替えお風呂場に置いてあるけぇ、行ってきんさいな。」
相変わらず、なんて気の利く奥さんなんだ。
「その間にカレー温めとくけん。」
「じゃあ、そうしよっかな。・・・ありがとね。」
「急に、なんよ?普通じゃろ?」
「なんとなく・・・。」
自分でも他に言いようがなくて、そんな答えになってしまった。
「よぅ、分からんねぇ。それより、はよ行ってきんさい。」
なんとなくあ〜ちゃんが嬉しそうに見えた気がする。
私は、すぐにシャワーをして、あ〜ちゃんの待つリビングへと戻ってくる。
「はやっ。もっとゆっくりしてくれば良いのに〜。」
タオルで頭を拭きながらきた私にそう言ってくるけど、そりゃ〜、だって、
「だって、早うあ〜ちゃんのご飯食べたいんもん。お腹ペコペコじゃぁ。」
くた〜っと座ったテーブルに伸びてみる。
「も〜、しゃ〜ないの〜。・・・ジャジャ〜ン。あ〜ちゃん特性カレーでぇす。」
ちょっとハニカミながら、目の前にカレーとポテトサラダお皿を置いて、向かいに座るあ〜ちゃん。
「うわ〜。美味しそう。それじゃあ・・・いっただっきまーす。」
ルンルン気分でカレーを口へ運ぶ。
「ん〜〜。うまし。やっぱあ〜ちゃんの料理は最高じゃね。」
おかげで、仕事の後どこかで食べて帰ろうなんて思わんもんね。
「のっちにそう言ってもらえるの、嬉しい♪」
「そういえば、今日はゆか、野菜食べてた?」
あの子は野菜全般嫌いじゃからねぇ。美味しいのにな〜。
「ゆかのカレーには、分からんくらい細かくして入れたから食べてくれたよ。」
「はぁ〜、大変じゃね〜。」
いつも試行錯誤して頭が下がるわ。
「そんな事ないよ。可愛い子供のためじゃけぇ。楽しんどるよ?どうやって食べさせてやろうかと。」
「じゃあ、『実は野菜入ってたんよ?』て言った時の反応を楽しんでるんじゃろ。」
「そうそう!そぉれがまた、面白いんよ。『入っとりゃん!』て言い張ってからにぃ。」
あ〜、想像できるわ〜。ちょっと目うるうるになりながら言ってそう。
「ホンマ、面白いね。」
「ふぅ、ごちそうさまぁ〜。美味しかった〜。」
「のっちのお皿っていっつもキレイだよね。」
食べ終わった私のお皿を見て言うあ〜ちゃん。
「う〜ん、美味しいからじゃない?」
サラッと言った私の言葉に、一瞬黙って食器を運び出すあ〜ちゃんと目が合う。
「・・・褒めたって、何も出んよ。」
言葉とは裏腹に、あ〜ちゃんの可愛いほっぺが赤くなる。へへ、可愛ぃ。
そのまま流し台へと向かうあ〜ちゃんの後ろから付いていく。
「何か手伝おっか?」
食器を洗い始めたあ〜ちゃんに聞いてみる。
「少ししかないし、えぇよ?疲れとるんけぇ、向こうで休んでんさいな。」
「う〜ん、ここにおる。」
「ん?こんなん見てても面白くないじゃろ。」
「まぁ、そうじゃけど・・あ〜ちゃん側が良ぃ。」
なんだか子供っぽくて、自分で恥ずかしくなって声が小さくなった。
ホントは後ろから抱きつきたいけど、さすがに邪魔じゃろうと止めておく。
あ〜ちゃんはピタッと手が止まったかと思うと、今までより早いスピードで洗い出した。
「あ〜、ちゃん?」
「すぐ終わるけぇ、ちょっと、黙っとって。」
こんなに真剣に洗い物をする人を初めて見た。
あっという間に洗い物を終えて、私の方へ振り返る。
じーっと私を見つめてたかと思ったら、グイッと腕を引っ張られてリビングに連れて行かれた。
「な、な何?」
わけの分からない私をソファーにストンと座らせて、隣に座ってくる。
「今日は、帰ってきてからまだしとらん。」
私の方に体を向けて言ってくるけど、何のことか分からん私。
「ん、何を?」
あ〜ちゃんの視線がきょろきょろと一周して、おでこをコツンと私の肩に預けてきた。
「・・・キス、まだしとらん。」
あ〜ちゃんの言葉に心臓がドキドキする。こればっかりは何年たっても変わらん。
「ちゅー・・・して?」
くっ付けていたおでこを離して、あ〜ちゃんの可愛い表情と甘い声でおねだりされて、思わず喉が鳴る。
完璧に射抜かれてしまった私が、「綾香」と普段はあまり呼ばない名前を呼んで動き出すと、自然と目を閉じるあ〜ちゃん。
しばらく唇が触れて、ちゅっと音を立てて離れる。
あ〜ちゃんの顔を覗きこんでいると、照れたようにくしゃっと笑うのが君の癖。
その頬を撫で、柔らかい唇に触れる。
「もっと、したい。」
「ふへへぇ、えぇよ?」
あ〜ちゃんが私の首に腕を回して笑顔で答えてくれる。
その笑顔は私を幸せにしてくれるんだ。
ありがとうの気持ちを込めて、キスしようとしたら微かに戸が開く音がして視線を向けると・・・。
あ。
「ん〜、おとぅしゃん、帰ってきたん?」
眠い目をこすりながら、お気に入りのうさぎのぬいぐるみを持ったゆかが居た。
「あー!」
眠気もふっとんだような声を出すゆか。
もちろん慌てて離れるけど、時すでに遅し。
ドタドタと駆け寄ってくる。ちょっと怒ったような顔で、何を言われるか二人でドキドキしていると。
「おとぅしゃん。」
「はい?」
「お帰りなしゃい。」
急にぱぁっと笑顔になって、足にぎゅっと抱きついてきた。やば、可愛すぎ。
あ〜ちゃんと顔を見合わせて、思わず笑いが出た。
抱きついていたゆかをひょいっと抱き上げて膝に乗せる。
「ゆか、ただいま。お父さんこと待っとってくれたんて?ありがとぅ。」
「でも、おかぁしゃんとお出迎ぇできんかったぁ・・・。」
しょんぼりしてるゆかのおでこに、ちゅっとキスをする。
「ゆかが、待っててくれただけで嬉しいよ?」
「ほんまぁ?」
嬉しそうに笑うゆかの頭をぽんぽんと撫でるあ〜ちゃん。
「そうよ〜?おとぅしゃんは〜、ゆかんことだぁ〜っい好きじゃけぇ。しょんぼりせんでもえぇんよ?」
また屈託なく笑うゆかに釣られて、顔がニヤケてる自分。大丈夫か?
「ゆかも、おとぅしゃんとおかぁしゃん大しゅきぃ。」
私の膝から腕を伸ばして、今度はあ〜ちゃんの膝へと移るゆか。
「ありがとう。」
そう言いながら、ゆかを抱きしめるあ〜ちゃんはとても幸せそう。
「おかぁしゃん。」
「なぁに?」
「ゆかもチューしゅる。」
「ぅえ?」
うろたえるあ〜ちゃん。私も開いた口が塞がらない。
突然、何を言い出すんよゆか。そりゃぁ、さっき見られちゃったけども。
「しゅきな人どぅしが、しゅるんじゃろ?」
慌てる私達に不思議そうに聞いてくる。
うん。まぁ、確かにそうじゃ。
あ〜ちゃんも納得したみたいで。
「うん。そうじゃね。じゃあ、しちゃおっか。」
「しゅるぅ!」
ニコニコと笑い合って、あ〜ちゃんからゆかへ、可愛いキス。
愛しの奥さんと、可愛らしい娘のキスシーン。
「どうしたん?おとぅしゃんは、ヤキモチかな〜?」
どうやらちょっと変な表情をしたらしくて、あ〜ちゃんにからかわれる。
「おとぅしゃん、やきもきぃ〜?」
あ〜ちゃんの言葉を繰り返す。やきもきぃ〜?って、意味分かってんのかな?
たはは〜、と誤魔化し笑いをしてから
「ゆかぁ、お父さんにはしてくれんの?」
ずいとゆかに近づいて聞いてみる。
「ん?・・しゅる〜!」
なぜ、考えたし。娘よ。父さん悲しいな〜。
私には、ゆかからちゅっとしてくれた。
うはっ。もう幸せ過ぎ。なんて思っていたらゆかってば
「おかぁしゃんとおとぅしゃんも!」
え?
「ゆかぁ!?な、何言いよるん?」
あ〜ちゃんもこの爆弾発言に動揺しまくり。
でも、言った本人は何で驚かれてるのかわからず、首を傾げてる。
「しゅきじゃないん?」
いや、もう好き過ぎですけども・・・。
どうしようかとあ〜ちゃんの方をを見ると、不意に唇に何かが触れてすぐに離れていった。
ん???
目をぱちくりしてると
「・・好きに決まっとるじゃろ。」
私から視線を逸らして、小さな声で言ってくれた。
嬉しくて照れてしまう。
そんな私達二人を見て、きゃっきゃと喜んでいるゆか。
ナイスじゃ、ゆか。今のは良い。
「あ、もうこんな時間じゃぁ。そろそろ寝んと。」
あ、ほんとだ。時計の針が結構な時間を指している。
「そうじゃね。二人共先に行ってんさい。おとぅしゃんは、歯ぁ磨いてからいくけぇ。」
「「はぁーい。」」
二人そろって手を上げて返事をする。
寝室へと向かう二人を見送って、私は洗面台へ。
しかし、今日はゆかにやられっぱなしだったな〜。
いったいどんな風に育つのやら。楽しみのような、心配なような・・・。
とりあえず、元気に良い子になってくれればいいかぁ。
歯磨きを済ませて、二人の居る部屋へと入る。
「あ、おとぅしゃん来たぁ。」
あ〜ちゃんとゆかと、あとうさぎさんがお布団に入って待っててくれた。
ゆかを真ん中にして私も布団の中に潜り込む。
「うはぁ〜、あったか〜い。」
「二人で温めておいたんだもんね〜。」
「ねぇ〜。」
顔を見合わせて笑う二人が微笑ましくて、愛しくて、腕をいっぱいに伸ばして二人を抱きしめる。
「二人共、ありがとう。」
明日は休みだから、三人で出掛けよう。
うん。そうしよう。
携帯の着信音が聞こえて目が覚める。
ん?なんだ?
携帯のディスプレイを見ると☆あ〜ちゃん☆の文字。
やっっっば!
急いで電話に出ると
『のっちぃ・・・起きたぁ?』
「起きた!起きました!」
今日は、久しぶりに三人で出掛けようって約束してたんだ。
約束の時間まで後・・・。
十分。
うぎゃww。絶対、間に合わんー。
電話の向こうでは『やっぱり寝とった。』『まったくぅ。』なんていう会話が聞こえてくる。
『のっち〜?ゆかじゃけど。』
「ひゃ、ひゃい!」
『分かっとると思うけど、遅れた時間分のお仕置きが待っとるからね?』
「・・・はぃ〜。」
そこで電話は切られてた。
あぁ〜、って!落ち込んどる場合じゃない!はよ行かねば。
超特急で仕度をしながらも、今朝の夢を思い出していた。
二人に話したら怒られちゃうな。特にゆかちゃんには。
ちびゆかちゃんは、かぁわいかったな〜。
のっちの子供なんてイヤじゃ。って言われそうだけど・・・。
でも、機会があったら話してみよっかな?
<夢の家族>fin
最終更新:2008年10月17日 18:03