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「ねえ、ゆかちゃん、あれ誰?」
 のっちの不機嫌な声。
「先週からずっと、あ~ちゃんとよく喋っとる子」
「4組のクラス委員。来月の創立記念式典の記念品係りをあ~ちゃんとあの子が担当しとんよ」
「…ふう~ん」
 …まあ、ゆかがくじに細工をして仕組んだんじゃけど。
4組の委員長の子(名前考えるの面倒じゃけえ「委員長」としか呼びません。作者注)は、
前からあ~ちゃんと仲良くなりたい、って言ってたから、仕事にかこつけて何かとクラスに
やって来る。
 それが、のっちの目にとまらないはずはなくて。
 能天気でぽやんとしたのっちも、さすがに面白くないようで。
「昨日の放課後も、一緒におったよ」
とのっちは、まるでそれが重大犯罪のように神妙な口調であたしに報告する。それがおかしくて、
「今日も係りの仕事の関係で一緒に帰るんだって」
と、追い討ちをかけてみる。
 のっちは制服の上にひっかけたパーカのポケットに手をつっこんで、口をへの字にした。机に
もたれて、片足をぶらぶらと、何度も床を蹴る。顔を斜めにかしげて、横目であ~ちゃん達を
ちらちらと見る。
 …明らかな、不機嫌。しょぼんと肩を落としたのっちは何度も見たけど、こういうスネ方は
初めて見る。なるほど。あたしは、心のスケッチブックに急いで描写する。


予鈴が鳴ってやっと、あ~ちゃんはあたし達のところに戻って来て、
「のっち何しとるん?早よクラスに帰りんさい」
と冷たく一言。
 休憩時間にせっかく遊びに来たにもかかわらず、結局あ~ちゃんと一言も話せなかったのっちは、
むくれた表情を隠すようにパーカのフードをかぶって、すごすごと立ち去っていく。
 その落ちぶれたボクサーみたいな後姿に、あ~ちゃんは
「…なんかねずみ男みたいじゃね。ねえ、ゆかちゃん?」
と、どこまでもつれない。さすがにのっちがかわいそう(…まあ、計算どおりだけど)。
「委員長さんと長く話しとったね。記念祭のこと?」
「ううん。えっと、映画のチケットを貰ったけえ一緒に見に行かん、って。今日帰りに色々買出しに
行くけえ、ついでに観に行くことになったんよ」
「へええ(なんか、敵は積極的じゃねえ。のっちに知らせんと)。なんて、映画?」
「タイトルは横文字じゃったけえ、覚えとらん。なんか、豚の鼻に生まれた女の子がああだこうだ
して、王子様に出会ってうんちゃらする…、まあラブストーリーみたい」
 …え。あたしは一瞬固まった。
 本鈴が鳴って急いで席に着くあ~ちゃんの背中をぼんやりと見つめる。
 …あ~ちゃんは、覚えてないかもしれないけど。少し前に雑誌に載ってたその映画の記事を見て、
あたしがこれ見てみたいなあ、って言ったら、あ~ちゃんがじゃあ一緒に観に行こ、二人で観に行こ、
って言って。ちゃんとした約束じゃあないけど。でも、結構楽しみにしてて。


 得意な倫理の授業が始まったけど、あたしは上の空でノートも取れない。
 ななめ前のあ~ちゃんのフワフワな髪をじっと見ているうちに、自分が落ち込んでることに気付いた。
 落ち込んでる?なんで?あたしが仕組んだことなのに?
 …でも、そう。あたしは、落ち込んでる。
 あたしは自信があったから。あ~ちゃんの中に占める自分の場所、そのポジションは絶対揺るがないって
自信を持ってた。あたしはあ~ちゃんに必要とされとる、って。その場所がある限り、ゆかはあ~ちゃんを
絶対失わない、って。そんな、根拠の無い自信が。
 絶対、なんて。自分をずいぶん過大評価してたもんだ。
 あたしは自分を嘲笑った。自分で仕掛けた策にあたしが溺れてどうする。
 でも溺れちゃって。もう、息が出来ない。深海に沈む、真っ青にブルーな気分だ。

 放課後、生徒会の仕事で遅くなったあたしは、誰もいない教室で溜息をついた。
 今頃あ~ちゃんは委員長さんと映画か。すごく可愛い映画っぽかったから、あ~ちゃん喜んでるだろうな。
 映画見終わった後に、カワイかったねえとかくしゃくしゃな顔で笑って言ったり、ちょっと涙ぐんだ
目を隠そうともせずにいい映画じゃったね、とかしみじみ言ったり。あ~ちゃんの感情は素直で、豊かだ。
 そう、たかが映画を観る程度のことじゃないか、と自分をなだめようとしても。あきらめきれないのは、
あたしが見るはずだったあ~ちゃんの表情だ。あたしが分け合うはずだった、あ~ちゃんの感情。
ころころ変わる表情を思い浮かべては、自分の落ち込みに拍車をかける。
 …あたしって結構自虐的だなあ、なんて苦笑いをしてたら。
「ゆかちゃん!ゆかちゃん!」
 …まさか、と思いながら振り返ると。満面の笑顔を輝かせたあ~ちゃんがいた。
「ゆかちゃん、あの映画じゃった!ほら、前ゆかちゃんが観たいって言っとった!」
「…え?」
「えっと、委員長さんと映画館に行ってポスター見たら、ゆかちゃんと一緒に行く約束しとったやつ
じゃったんよ。うち、タイトルとか忘れとったけど、あ、って気付いたけえ、委員長さんにはごめんって
言って。ゆかちゃんと約束しとるけえ、って」
「…なんで」
「…あ、ゆかちゃん覚えとらん?」あ~ちゃんは得意げな表情になって「あ~ちゃんはね、ゆかちゃんとの
約束は守る女じゃけえ」
 すごいじゃろ、って目をくりくりさせる。


 あたしの力が抜けて。そのままもたれかかるように、あ~ちゃんの肩に頭をのせて、背中に手をまわして
ぎゅ、とあ~ちゃんを抱きしめた。
「ゆかちゃん?そんなにあの映画観たかったん?」
 あ~ちゃんは無邪気に笑いながら、あたしの肩を抱いて、ぽんぽんとたたいた。
 …よかった。ここは、まだ、あたしの場所だ。
 あたしはぎゅうう、と力をこめる。
柔らかな、あ~ちゃんの感触。落下していくあたしを受け止めてくれる場所。あたしが深く息をつける
場所。あたしの存在理由。
 あたしの、「絶対」。
 …ごめん、のっち。のっちがあ~ちゃんを手に入れても。ゆかだけのあ~ちゃんがいる、ってあたしは
根拠の無い自信があるんだ。この場所だけは、ゆかのもの、って。
 絶対に揺るがない、祈りに近い確信が。






最終更新:2008年10月10日 03:16