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「…あ~ちゃん」
 あたしが呼びかけると、あ~ちゃんはびっくりした顔で、
「のっち、どしたんこんな遅くまで学校に残って。家でゲームせんの?めずらしい…」
「…いっつもゲームばっかしとるわけじゃないけえ」
「何言いよるんよ、今さら。のっちのダメダメっぷりはあ~ちゃんが一番よく知っとるんじゃけえ」
 ちょっと、カチンときた。
 でも。西日をあびて柔らかく輝く髪にふちどられたあ~ちゃんの笑顔は、あたしから言葉を奪う。…まあ、
もとから言葉なんてたいして持ってないけど。


「あ~ちゃん、今日いっしょに帰れる?」
「…あ」あ~ちゃんはちょっと顔を曇らせて「ごめん、今日委員長さんと資料取りに行くんよ」
「それ、明日に出来んのん?」
「しばらく創立記念祭で忙しいの、のっちも知っとるじゃろ?」
 あ~ちゃんは聞き分けの無い子をさとすようにのんびりした口調で言う。
「のっち、いい子して待っときんさい」
 …なんか、「おすわり」とか「おあずけ」みたいなノリなんだけど。
 でも。あたしは尻尾をまいてハウスへと向かうわんころみたいな従順な気分になれない。
 だって。あ~ちゃんが、不足してて。絶対的にあ~ちゃんが不足してるから、捨てられた野良犬みたいな、
すさんだ気持ちが暴れてる。もう、制御できないくらい。
 あたしは無意識に、あ~ちゃんの手首をつかんでた。
 自分の中の暗い感情を見られたくなくて、目をそらしてぼそっと言う。
「もう、待てんけえ」
 一度口にすると、もう本音はこらえきれない。
「…行かせたく、ないんだけど」
 言ってしまった後で、なんとなく格好悪いところを見せてしまった気がして。あたしはおそるおそる
あ~ちゃんの顔に目をやると。
 あ~ちゃんは耳まで真っ赤になって、涙目になってる。
「…あ、あ~ちゃん?」
「…っ、信じられん信じられんっ…、いきなり、いきなり何言い出すんよ?!」
 あ~ちゃんはあたしにつかまれた手を必死にふりほどこうと、無様なくらいじたばたと暴れながら、
じりじりと後ずさっていく。追い詰められたネコみたいに、無駄なパンチで空を切りながら。
「ななな何言うとるんよ、ほんま、のっちはどうかしとる、信じられん…っ!」
「…あ~ちゃん」
「のっちのばか、へたれのくせに…っ、あ~ちゃんはもう知らんっ、もう知らんけえ…っ」


 あ~ちゃんはじたばたと後ずさって、あたしはあ~ちゃんの手首をつかんだまま追い詰めるかたちに
なって。黒板の前まで来て、行き止まり。
 あ~ちゃんは自由になる方の片手で必死に顔を隠しながら、
「のっちのばかっ、ほんまに…もう、うちは知らんけえ!」
 あたしはつかんだあ~ちゃんの手首を黒板に押し付けた。あ~ちゃんの猫パンチを余裕でかわす。
 あたしの頭の中を、爆音でドラムンベースが突き抜ける。攻撃的なビートが炸裂してる。ひずんだギター
がうなりをあげて、腰に響くドラムが暴れる。暴力的な重低音が頭を支配して、超高速に思考をさらって
いく。
 あたしの何かが、覚醒する。
 もうそこには、言葉なんて無くて。
 あたしはあ~ちゃんの顔を強引に上げて、唇を重ねた。
 重ねた、というより奪った、って言う方が正しいやり方で。
 あたしの手の中で、あ~ちゃんの手首が暴れた。あたしの腕の中で、あ~ちゃんの体がこわばる。
あたしの唇の下で、あ~ちゃんの唇が震えた。逃げ惑う舌を追うような、暴力的な、キス。
「…っ、のっち、」
 あ~ちゃんの声がもれる。少し息を整えて、あわただしく2回目のキス。
 黒板に押し付けたあ~ちゃんの手首は、今はもう大人しくて。あたしの手の中で小刻みに、弱く、
震える。その華奢な、感触。しびれそうな、興奮。


 ゆっくりと、唇を離したら、あ~ちゃんは涙目であたしをにらんでて。
 ちょっと困ったあたしが3回目のキスをしようとしたら、あ~ちゃんの腕が伸びて、あたしの
脇腹をぷにっとつかんだ。
「うひゃあああああ!」
 あたしがまぬけな声を上げて身を離した隙に、あ~ちゃんはぴゅーっと素早くあたしの腕から
すり抜けて教室のドアまで避難した。あ~ちゃんは、ドアのところでふるふると涙目で震えながら、
「うちは、のっちには負けん!絶対、絶対、負けんけえ!」
 そう宣言した後、あ~ちゃんは一目散に退散していってしまった。
 なんか、子猫をかまいすぎて急にひっかかれたような感じ。ひっかき傷に、猫パンチ。 
あたしは思わず声を立てて笑った。
 頭の中に、「CONTINUE?」の文字が点滅してる。
 もちろん、そんなの決まってる。
 あ~ちゃんに関しては、あたしは無限のコインを持ってる。

 …戦闘、開始。






最終更新:2008年10月10日 03:18