身仕度を整えて、あーちゃんの部屋の扉を閉めたと同時に、涙が溢れてきた。
この扉を閉めてしまえば、昨日のことはなかったこと。
あーちゃんが冗談か本気だったかは解らない。けれど、もうああやって触れることは二度と許されない。
忘れてと言ったのは自分だけれど、きっとあーちゃんも忘れたほうがいいと思ってるに決まってる。
今までずっとこの想いを隠してきたのも、大事なものを守るためだったんだから。
ああでも、やっぱり涙がとまらんよ。
自分の気持ち、殺さんといけん。
ねえ、この先もずっとあーちゃんのこと好きでいていいかな?
実らなくていいから、そっと近くで思っててもいいかな?
今日は昼から仕事だ。
それまでにはいつもののっちに戻らなきゃ。
一番のりした楽屋の鏡でじいっと自分の顔を眺める。
目、真っ赤じゃ。
涙こそ止まったものの、散々泣いたせいで腫れてしまった目蓋は、ちょっと冷やしたくらいじゃどうにもならなかった。
「かっこわる。」
呟いて、どさりと部屋の奥にあるソファに横たわる。
体が重い。
みんなが集まるまでまだ少しかかるだろう。
もう何も考えたくない。
わたしは襲ってきた睡魔に身を任せ、深い眠りに堕ちていった。
がたんと凄い音がして目が覚めた。
部屋の中を見回すと、ゆかちゃんが椅子に座っていて、ちょうど扉がしまるところで。
誰かが出ていったんだろうな。
あーちゃんかな。
にしても、そんな慌てて出ていくようなことって何かあったっけ。
状況がよくわからないまま、のろのろ体を起こす。
寝たらよくなるかと思ったけど、目蓋の腫れはひくどころか余計に酷くなったみたいで、目があまりあかない。
そのままぼーっとしていると、ゆかちゃんがこちらを振り返っった。
「…のっちまで?」
「へ?」
意味が解らなくて聞き返す。
ゆかちゃんは驚愕、って感じの表情。
「まぶた、腫れとる。のっちは何?ゲーム。」
「あー、うん。そんな感じかな。」
「あ〜ちゃんは映画見てじゃって言うし。なんなの、一体?」
今度は不満そうなゆかちゃん。
あーちゃんも、目、腫れてるって…。まさか、あのあとずっと泣いてたとか?
やっぱりあーちゃんのこと傷付けてしまったんだ。
後悔で頭がいっぱいになる。
「あーちゃんは?」
「トイレ。」
「そう。」
どうしても謝りたくなって、よろよろ立ち上がる。
「いかんほうがいいよ。」
「へ?」
「どうせあーちゃんとこ行くつもりなんじゃろ。いかんほうがいいよ。」
厳しい口調のゆかちゃん。むしろ、行くなとでも言いたげな表情。
「なんでよ。」
「なんでも。」
口をきゅっと結んで珍しく険しい顔。有無を言わせぬその様子に、わたしはあきらめてソファに腰をおろした。
でも、きっと忘れてって言ったってことはこういうことなんだ。
何もなかったふりをしなきゃいけないってことなんだ。
だいたい、いまさら何ていうつもりなんだろう。自分は。
ごめんなさい、か、大丈夫、か。
どっちにしろ、あんなことをした自分が言うべきせりふじゃない。
思わずあふれそうになる涙を必死にこらえながら、わたしはまた、ソファに横たわった。
結局その日、わたしとあーちゃんはまったく本調子じゃなくて、見かねたスタッフさんの気遣いで予定よりも早く仕事は終わった。
家に帰りついて、他にやることも思いつかなかったわたしは、約1日ぶりにケータイの電源をいれた。
昨日あーちゃん家についてから、誰にも邪魔されたくなくてずっと切ったままにしてたから。
すると、電源をいれると同時にメール受信。
あーちゃんからだ。
「やっぱり、反則じゃ…。」
自分だって側にいたかったよ。
でも、それは許されんじゃろ。
一体どうしたらよかったの?
わたしがあーちゃんの一番側にいるためには、どうしたらよかった?
答えは出ない。
ただ、一つだけわかってるのは、わたしはもうあーちゃんには触れられないってことだけだ。
㈮(side N) END
最終更新:2008年10月31日 21:18