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支度し終わって家を出るまで
一度ものっちの顔を見れなかった

そんなゆかに
のっちも何も言ってこなかった
ただ、のっちの視線を体いっぱいに感じながら
淡々と事を推し進めた


「じゃあゆかは行くけぇ、また後でね」

今日も授業が終わったあとお仕事がある
それまでにはちゃんと顔見れるようなっとるかな…


「ねぇっゆかちゃん」

靴をはいてドアに手をかけた時呼び止められて
心臓がビクンとはねる


「…何?」

のっちの方は見れずに、背中を向けたまま、答える

「…んーん、気をつけてね」


こくんと小さく頷いて
ゆかはそのまま、家を飛び出した



(N)


ゆかちゃんを、泣かせてしまった
胸がモヤモヤする
いらん事聞いちゃったんかな?


けど、目が腫れてたのは絶対泣いてたに違いないんだ

昔からそうだ
ゆかちゃんは…頼ってこない

のっちはゆかちゃんに頼りっぱなしで
事あるごとに力を貸してもらって

たくさん助けられてきた

だからのっちもゆかちゃんの力になりたいよ

あの強気なゆかちゃんが泣くほどの何かを
取り払ってあげたいんだ


でも、わからん
ゆかちゃんの中が全く見えんよ
なんで何も言ってくれんのやろ…
のっちはやっぱ、頼んないんかな


どうしたらいいんだろう
どうしたらゆかちゃんが泣かなくてすむんだろう

…あー……わからーん!!!
ダメだ、とりあえず…寝よ


目が覚めたのは家を出る予定時刻の20分前だった


うわーやばい!!
また遅刻しちゃうじゃん!
仕事の遅刻と学校の遅刻とでは訳が違うよ!!


「ぉぉおおはようございますっ!」

楽屋に焦って駆け込んだ時には既に
ゆかちゃんはイスに座って雑誌を眺めていた


「のっちまた遅刻〜!」

あ〜ちゃんがぶーぶー言いながら近づいてくる

「ごめんっ本当にごめんなさいっ」
「もーいい加減ちゃんとしぃよー?」
「はい」
「どうせまた、ゲームでもしよって時間忘れとったんじゃろ?
大学サボッたって聞いたよ」

「ゲームじゃないよっ、寝すごしただけだよっ」

視線を少しゆかちゃんにやると目が合った
けどすぐに…そらされた…

「チクっちゃった」
ペロっと舌をちょっとだして笑うゆかちゃんは
いつものゆかちゃんなのに

…その目はのっちを捕らえてはくれない

「寝坊!寝坊の方が重傷じゃろ!!今何時やと思っとるんよー。もう。」
「ほんと、返す言葉もないです。」

「もーいーや、ちょっとあ〜ちゃんトイレ行ってくるけぇ。
のっち!ホンマにもうダメじゃからね!」


そう言い残してあ〜ちゃんは出て行った
ゆかちゃんと2人きりになって少し空気が変わる
シンと静まり返る空間がなんだか痛い

今朝のことには…触れん方がいいんだよね

ゆかちゃんは、それを望んでるんだよね

でも…


(K)


あ〜ちゃん出てっちゃった
やだな…2人っきりになっちゃったよ


朝、のっちの前で泣いてしまって
絶対見られちゃダメな涙を、見られてしまった

想いが溢れた涙を…見られてしまった




「あんだけ寝たのにまた寝坊しちゃったよ」

何事もなかったかのようにのっちが話しかけてくるから

「ホンマのっちはねぼすけだね」

だからゆかもそれに合わせた

…けど…すぐに無言になってしまう

今朝の事、なんか言われるんじゃないかと思ったら
上手くしゃべれんよ
のっちは今何を考えとるんじゃろ

のっちの思考を把握しようと頭をひねっても


浮かんでくるのは…
のっちにされたキスの事で…

こんな時にも頭から離れんなんて、よっぽどじゃ
思い出すたびに胸がざわつく

…のっちはやっぱり覚えとらんのかな


どうでもいい事なんかな


(N)

だめだ、モヤモヤする
何を話していても気になるのはゆかちゃんの涙のことで


のっちに何かできる事はないかと
そればかりが頭ん中をぐるぐるぐるぐる…………


もう、限界だった


「ゆかちゃん」
「ん?」
「…今朝のことだけどね、」

ゆかちゃんの表情が一瞬固くなる
やっぱ…だめかな…でも

「なんか…ごめんなさい。のっちいらん事聞いた?
けどね、悩んどること…?があるんじゃったら、言って欲しいんよ」

「のっちはゆかちゃんの力になりたい。
のっちにできることがあるなら、なんでもするけぇ」


そこまで言って、ゆかちゃんの反応をまつ


部屋には、時計の秒針の音だけが響いた


(K)




のっちのあまりの直球勝負に、返す言葉が出てこない

いつだって真っ直ぐなのっち

ゆかの心に、のっちのその、真っ直ぐな言葉が突き刺さる


…逃げれん、けど…
受け止めることも…できん


じっと、のっちを見た
のっちの目の奥を、じっと


…気付いてほしくて

言葉にしたいけどできないゆかの感情は
自分をコントロール不能にする

気付かれちゃだめだと思う反面で
気付いて欲しいと願う自分がいて

それは大きな矛盾であって

でも…

「のっちさ…昨日の夜のこと、覚えとる…?」
「…夜?」

ゆかのほっぺにキスしたんて覚えとる?

そう言いたくて

「…夜が、何?覚えとるって…なんかした?」
そう聞き返すのっちに
昨日の事はなんでもないんだと再認識させられる


「やっぱ、いいや」
あれは、のっちにとっては、すぐには思い出せんような
そんなものなんだよね

十分、分かってたのに、分かってたつもりなのに

やっぱ…辛いや


「ゆかちゃん…のっちじゃやっぱ、頼んない?」

…そーじゃないよ

「はは、ごめんね。のっちに言っても仕方ないよね」

そーじゃ、ない…

のっちが悲しそうに笑うから…ゆかは…泣きそうになる


のっちにこんな顔をさせてるのは
ゆかなんだ


「…のっちが、頼りないとか、そんなんある訳ないじゃん!」

「ゆかは…のっちが、…のっちを、本当に信頼してるし
のっちがいなきゃ絶対やだし、それに、」

自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた

ただ、のっちが大切だって、大事なんだって
そう…伝えたかった
悲しそうなのっちは見たくないんよ


「…………好きな人が、おるん」

あぁ、ゆかは何を言いだしたんだろ

「その人のこと考えとったら、好きで、苦しくて
胸が押し潰されそうになるんよ」

だめだよ、止まれ…

「頭ん中がその人で埋めつくされてね…その人しか考えられんくなって
…泣きたくなる」


「……苦しくなる」


そう言って、のっちを見た
真っ直ぐに、のっちを

ゆかの悩みは、これだよのっち
のっちなんだよ


のっちの目の中
綺麗な黒が…少し揺れた


(N)


ゆかちゃんの言葉に、返す言葉が見つからない


好きな人がいる


そう言ったゆかちゃんはどこか、寂しそうで
…胸がギュッと痛くなった


泣くほど好きな人がいるんだ…
のっちにはあまり経験のない事で
どう言ってあげたらいいのか…わからない

けど、ゆかちゃんの心の奥が少し見えた事が
素直に…嬉しかった



「…そっか、好きな人か。ごめん、のっちあんまそういう経験ないから
上手く言えないやごめん。」

「…んーん」

「なんかほんと、ゆかちゃんの力になりたいとか言っといて
全然力不足じゃね、」

「…んーん」

「泣いちゃうほど好きなんじゃ」

「…うん」

「けどゆかちゃんがそんなに想っとる人なら、その人は幸せ者じゃね」

本当に素直にそう思ったんだ

自分の事を泣くほど好きになってくれる人がいるなんて
この上ない幸せだと


そう思ったから…




ゆかちゃんは、また…泣いてしまった


また泣かせてしまった



もぐればもぐるほど
ゆかちゃんの中は深いんだと知った






最終更新:2008年11月05日 19:44