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ゆかちゃんがのっちの家に来た、あの日から。

ゆかちゃんを想う苦い痛みと、あ〜ちゃんを想う後ろめたさに、さらに眠れない夜が続いていた。
長くて暗い闇の中を、ベットでひとり、ぼんやりと過ごす。

…あの時、ゆかちゃんはなんとかするって言ったけれど。
時間が経つ中で冷静に考えたら、どうにかなるはずがないことに、気がついた。

…———そう、…なんとかなんて、なるわけがない。

一度は期待しかけて、また落ちていく気持ちを懸命に隠し続ける日々が辛くて、
さすがに心が折れそうになる。

もうベランダに出る気力もなく、ひとりぼっちの暗闇から夜空に向かって手を伸ばす。

ねぇ、お星様…どこにいるの?
…のっち、…苦しくて…、ダメになっちゃいそうだよ…。

翌朝は睡眠不足でふらふらしつつ、憂鬱な気持ちで地方ロケに向かった。
ふたりと目を合わせることすら苦痛なのに、よりによって前泊だなんて罰ゲームみたいだ。
いつものようにさんにんでゆかちゃんの部屋に集まっても、何を話していいのか全然わからなかった。

…だって。…あ〜ちゃんは、今、ゆかちゃんしか、見ていない。

 きっと、ゆかちゃんだって。……もう、…のっちのことなんて……。

「のっち、先戻る…。」
「え、そうなの…?」
「また明日ね。おやすみなさい!」

逃げるように部屋を飛び出した。バタンと扉を閉めた瞬間に、涙が滲んだ。

…そう。引き留められもせずに、とぼとぼと部屋に戻る。

寂しくて、悲しくて、…たったひとり、だった…。

そんな状況でもなんとか仕事はこなして、ヘロヘロになって自宅にたどり着いたその瞬間、
玄関のチャイムが鳴った。
誰だ、この疲れてる時に!と思い扉を開けると、…———そこに、ゆかちゃんが立っていた。


「…えへへ、来ちゃった〜。」

玄関先でいきなり抱きつかれて、部屋までぐいぐい手を引っぱられる。
事態が全く飲み込めないまま、両手を強く握られてそのままベットにふたり腰かける。
見つめあうゆかちゃんの瞳が、キラキラと輝いている。

「遅くなって、ごめんね。」
「ぇ、遅…?…な、何のこと…?」
「ゆかね、昨日、のっちのこと、あ〜ちゃんに話したから。」
「……ほぇっ!ほ、ほんまに話したんっ!?」
「だって、約束したじゃろ。…のっち、ゆかのこと、信じとらんかったの?」
「あわわっ、だ、だだだって、普通話すなんて思わんし!あ〜ちゃん、めっちゃくちゃ怒ったじゃろ!?」

「まぁ、そりゃ怒ったけど、…なんとかしたから、もう大丈夫。
 でねっ、ゆかは時々ならのっちのそばにいてもいいんだって!…ねっ、のっち、嬉しい?」
「………」

驚きのあまり、声が出なかった。まさか、本当になんとかしてくるとは…。
ゆかちゃんは得意満々な顔をしている。が、一体何をどうしたらそういうことになるの?

「そっ、そりゃ嬉しいよ!…う、嬉しいけど、なんとかしたって、ど、どどどーやって!?」
「…ぇっ。。。そ…っ、それはっ……、」

ゆかちゃんが急に言葉に詰まって、頬がみるみる真っ赤になった。

「……。そ、…それは…そのぅ…、…あのぅ、」
「??」
「…そのぉ、…なんとか、…したっていうかね…、…なんとか、……さ、された、っていうか。。。」
「なんとか、された…?」
「もぅ…、もぅ…、いいのっ、その話はいいのっ!」

両手で顔を覆ってひとしきりジタバタした後、照れ隠しみたいに頬をぷくっと膨らませた。

「のっちは細かいこと気にせんでいいの。…ゆかは、やればできる子なんよ!」
「気にせんでいいと言われても、…そこは気になるじゃろ。」
「…、ナイショだよっ。」
「そんな可愛くごまかさんで、どうしたのか教えてよ〜。」

一向に諦める気配のないあたしに、ゆかちゃんがため息交じりにつぶやいた。

「…そんなことは、どうだっていいじゃろ。
 それよりも、なんでもっと素直に喜んでくれんのよ…。ゆか、頑張ったのに…。」

ゆかちゃんがうなだれた。と、さらりと流れる髪の隙間から覗く首筋に、小さな赤い跡ができている。
「ゆかちゃん、首のここんとこ、赤くなっとる…。」
「えっ、どっ、どこっ?!」
よく見ると、ストールが掛っていない鎖骨のあたりにも赤みがさしていた。
「…そこも、赤くなっとるけど。」
「あぁっ!もっ、もぅ、こっ、これはっ…!」
ゆかちゃんは激しく狼狽して、急いでストールをぐるぐる巻き直している。
慌てすぎて鼻の上まですっぽり隠れてしまったけど、隙間から見える耳まで真っ赤になっていた。
さすがに巻きすぎたと思ったらしいけど、一度縺れてしまったストールは、
もがけばもがくほど逆に絡んで、ゆかちゃんをますます慌てさせる。
頭から引き抜こうとして両腕を上げたとき、ニットの裾から覗くお臍のあたりにも、赤いシルシが見えた。
そんなことには全く気が付かずストールと格闘するゆかちゃんから、
いつものお花みたいなに香りに混じって、お菓子みたいな甘い香りがふわふわと漂ってきた。


…ゆかちゃん。

…まさか、…ねぇ。。。

だってゆかちゃんが、文字通り体を張ってなんとかしてくるなんて、のっちに想像つくわけないじゃろ…。

でも、体中あちこちに「あ〜ちゃんの!」って書かれたシルシをつけたまま、
のっちの家まで来ちゃうなんて、慌てんぼのゆかちゃんらしいといえばゆかちゃんらしいけど…。

——あっ!…ははぁ、なるほど、ね。
 のっち、わかったよ、…あ〜ちゃん…。

あ〜ちゃんがわざとたくさんつけたそのシルシは、きっとこういう意味だ。
『のっちにゆかちゃんを貸してあげるけど、あ〜ちゃんに返すの忘れないでね。』…って。

そんな心配せんでも、ゆかちゃんがあ〜ちゃんのってことくらい、のっちもわかっとるけぇ。
ちゃんと返しますってばさ。

ヤキモチ焼きあ〜ちゃんの予想外な行動と、
どんだけ恥ずかしかったのか真っ赤になって隠し通そうとするゆかちゃんがおかしくて、
つい吹き出してしまった。

「こっ、こらぁ、のっち!笑っとらんで、助けてよっ!」
「はいはい。」

必死になるゆかちゃんが愛おしくて、思わずぎゅっと抱きしめる。

「のっち…。」

両腕の中から、小さな声で名前を呼ばれた。
それから、一度だけ強く抱きつかれて、…すっと、体を離された。
俯くゆかちゃんの表情は、ストールに隠されてよく見えない。

「ダメ…。ゆかがのっちに甘えるのは、ダメなの。」
「……。」
「ごめんね。ゆかは、あ〜ちゃんのだから。そう約束してきたの…。」

ふいに顔をあげたゆかちゃんは、すごく真剣な目をしていた。

「でも、その分はね、…のっちが、ゆかにいっぱい甘えればいいんだよ。
 のっちのことは、ゆかがちゃんと大事にするからね…。のっち、…それで、いいよね…?」

そのまま、もこもこしているゆかちゃんに抱き寄せられた。

「ゆかちゃん…。」
「のっち、…———大変残念じゃけど、今日はもぅ無理。」

ゆかちゃんはのっちの肩にがっくりともたれかかると、あっという間に眠りに落ちてしまった。
…さすがに疲れていたらしい。
というか、そもそも昨日の今日で、のっちの家に来てしまうのもどうかと思う。
だけど、きっと早く伝えてくれようとしたんだろうから、その気持ちが嬉しかった。

「…ゆかちゃん、おやすみなさい…。」


すやすや眠るゆかちゃんをベッドに横たえて、布団を掛ける。
布団の上からポンポンと背中を撫でると、ゆかちゃんがふごふごと鼻を鳴らした。
…どうやら息苦しいらしい。
首周りのストールをちょっと緩めてあげると、子供みたいに嬉しそうな顔をしてまた寝息を立て始めた。

部屋の電気をそっと消して、静かにベランダに出る。
今夜は、珍しく満天の星空だった。

「あっ、…流れ星っ!」

慌てて目を閉じてお祈りする。
流れ星に願うことは、ひとつだけ。

のっちのお願いは、……ゆかちゃんの、こと……。

のっちの、
ボロボロに砕けてしまった心のパズルを探し出し一緒に直してくれたのは…、
のっちをずっと励まして、たくさんのキスと甘い言葉で包んでくれたのは…、
のっちに約束したことを、恥ずかしい思いをしながらも守ってくれたのは…、

——全部、…ゆかちゃん…。

ゆかちゃん、本当にありがとう…。

…のっちのトクベツなゆかちゃんに、たくさんの幸せが降り注ぎますように…。

ベットに戻って、まだもこもこしてるゆかちゃんを抱きしめて目を閉じると、
あのお菓子みたいな甘い香りとお花みたいなやさしい香りが同時にして、
まるでふたりがそばにいてくれているみたいに、…とても、幸せな気持ちになった。

嬉しくてゆかちゃんの肩先に頭を寄せると、ゆかちゃんがぎゅっと抱きついてきた。
ストールに口元を埋めたまま、むにゃむにゃとなにか呟いている。

「…のっ…ちぃ…、待って、て…。…あ〜ちゃ、…、恥ずか、し…よぅ…。」

ゆかちゃんがどんな夢を見てるんだかさっぱりわからないけど、
なんだかとっても幸せそうなので、のっちもそのまま眠ることにした。

———その夜は、久しぶりに、深い眠りに包まれた…。


㈭ふたりだけ、じゃない   おしまい







最終更新:2008年11月29日 01:37