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夜遅くに携帯が震えた。すっかり寝入っていた私は相手を確かめることもなく電話に出た。

「あーちゃん?」

この声。…のっちだ。

「もしもし?」

答えようとしたのに、とっさに声が出なかった。どうして、のっちが。

「もしもし。あーちゃん。寝とった?」

「うん。」

擦れてつぶれたような声がようやく出た。それを聞いた電話口ののっちは、私の声が聞こえたことに安心したのか、大袈裟にため息をついた。

「ごめん。」

「ううん。」

沈黙。

こんな夜中にのっちはどうして電話なんかしてきたんだろう。いまさらしても無駄な期待なんかしたくない。勝手に期待してるんだっていわれたらそれまでだけど。

「あのさ、いまうちの前におるけえ、あけて。」

「また?!」

思わずすっとんきょうな声が出た。だってそうじゃろ。

「なに、またこれで、忘れてとかいわれるの?そんなんもう嫌。」

「違うけぇ。」

「信じれると思う?」

「わかっとる。でも今回は違うから。」

「何が違うの?」

「本当のこと、伝えにきた。」

のっちの声はいつになく真剣で。信じてしまいたいと思う気持ちと、もっとどうしようもない泥沼にはまるんじゃないか、って気持ちでぐちゃぐちゃになる。

「絶対に何もせん。なんなら手とか縛ってくれてもいいけぇ。開けて?今じゃないと、駄目になるよ。」

「無理。」

「あーちゃ…。」

そのまま電話の通話終了のボタンを押した。ツーツーといやな電子音が耳に残る。
だって駄目なんよ。
どう転んだって、私たちには幸せな結末なんて待ってない。自分達二人が幸せになっても、それは本当の幸せじゃないから。
だいたい、自分達だけ幸せになるなんてそんな勝手なこと許されんよ。
すると、携帯がちかちかと光った。メールだ。
送信者は、のっち。


−会ってくれるまで、待ってるから。

びっくりして窓から下を眺めると、見覚えのある頭。
まさか本当に待ち続けるつもりだろうか?
まあ夏だからさすがに風邪もひかないと思うけど…。

のっちの思いもよらない行動に頭を抱える。
私だって、今すぐに会いに行きたいよ。
でも、本当にそれでいいの…?



待ち始めてから30分。
未だにあーちゃんが出てくる様子はない。
携帯もうんともすんとも言わない。
いい加減あきらめろよって、自分の中の誰かが言ってる。
しかも夏の夜は空気がじとっとしてて、まとわりつく汗が気持ち悪くて仕方ない。
どう考えても最悪な状況。

けど、動けなかった。
足がぴったりそこに張りついたみたいに、一歩も動けなかった。

突然言われて困ってるかもしれない。
今更だよって、そう思ってるかもしれない。
でも今自分に出来ることはあーちゃんを信じて待つことだけなんだ。
多分今日を逃したら、きっと心が折れて本当に駄目になってしまう。




あれから一時間が過ぎた。
のっちからの連絡はない。
さすがに諦めて帰ったんだろうと思ったけれど、なんとなく嫌な予感がして窓から下を覗いた。

のっちはいた。
一時間前とまったく同じ場所に。

もうどうしたらいいかわからなくて、頭を抱えてずるずると床にへたりこんだ。
どうして、まだいるの?
そこまでして伝えたいことが私にあるの?
きっとのっちは本気だ。
でも、そののっちの本気を私は受け取ってもいいんだろうか。

すると、また携帯がちかちか光った。
メールだ。
今度の相手は、ゆかちゃんみたい。
のろのろとした動作で携帯を操作して、メールを開く。
件名も何もないそのメールには、たった一言だけがかかれていた。




一時間が過ぎた。
けれど、あーちゃんは現れないうえ、携帯もうんともすんとも言わない。
やっぱり、遅過ぎたんだろうか。
いや、あの晩忘れてなんて都合のいいことを言ったからだ。きっと。
その時はそうするのが一番いいって思ったけど、結局自分の醜い欲望をぶつけたうえ、都合よく忘れさせただけ。
最低だ。
でも、他に思いつかなかった。
期待と否定との板挟みで自分もぎりぎりで、どうしようもなくて…。
気付いたら、涙があとからあとから流れていた。
情けなくて思わず俯く。
なに悲劇のヒロインぶってるんだろう。単に自業自得なのに。


と。
頭にぽん、と柔らかい感触がした。

「帰ろう、のっち。」





のっちは頑なに首を横に振った。
ごめんね。
遅すぎたね。

でも、自分の気持ちにもう嘘はつけんけぇ。

「のっち、帰ろう。あーちゃん家に。」

目の前の俯いた頭がゆっくりあがる。その顔は涙でぐしゃぐしゃ。
こんなに辛い想いをさせたんだね。ごめんね。のっち。待たせて本当にごめん。

「本当にあーちゃんなん?」

「本当にあ〜ちゃんじゃよ。」

何も言わずにのっちは私に抱きついた。私も何も言わずにそのさらさらした髪を撫でる。
のっち、あ〜ちゃんも今日、本当のこと伝えるけぇ。

ゆかちゃんのメールには一言だけ書いてあった。
あのアホをよろしく。
って。
それで何を言ってるか伝わっちゃうくらいに私たちはずっと一緒にいて、そのゆかちゃんがそう言って背中を押してくれたから、私もここにこれた。

のっち。たぶん、私たちはずっと本当はどこにでもいけてたんだよ。
けど、自分たちで線を引っ張ってどこにも行けないって、そう決め付けてた。
どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。
答えはこんなにシンプルで、単純だったのに。




部屋にあがったのっちは、机の前にちょこんと座っていた。
もうそこが定位置みたいになってる、ベッドと机の隙間みたいな狭い場所に。
私が目の前にあったかい紅茶を差し出すと、ぺこりと頭を下げる。

「熱いけぇ、気ぃつけんといかんよ。」

のっちはこくり頷くと、ふーふーと息を吹き掛けた。
その動作が小さな子供みたいで、見ていて微笑ましい。

さて、と。
自分のカップを手にしたまま、私は少し迷う。
隣に座るのも、なんだか。
そう思って結局目の前に腰掛けた。
少し遠いけど、手を伸ばしたら届く範囲にのっちがいることが素直に嬉しい。
最近はずっと、近いけど遠かったから。

「あーちゃん、紅茶おいひい。」

「なんでそこで噛むんよ!」

へへへ、と照れ隠しに笑う。
ああ、のっちだ。
私が知ってる、私が大好きなのっち。

「のっち、かわいい。」

私の言葉にのっちはわたわた。
本当にかわいい。

のっちはしばらくわたわたすると、突然大きく深呼吸してことりと手にしていたカップを置いた。
そして真っ直ぐに私を見つめる。
少し熱っぽいその眼差しにどきどきする。
なんだかその目に見つめられるのに耐えられなくなって、思わず視線をそらしてしまう。
真面目すぎるのっちは、少し苦手。
一緒にいるとなんだか私が私じゃなくなる感じがして。



「あーちゃん。」

「なに?」

たった二文字こたえるだけなのに、声が上ずってしまった。
どうして今まで私はのっちと話していて平気だったんだろう。
こんなにどきどきする。
好きな気持ちはずっと変わってないはずなのに。
今はのっちの声を聞くだけで胸が潰れそうに痛い。

「あんね、大事な話があるんよ。」

「うん。」

「ずっと言いたかったけど、言えなかったこと。」

「うん。」

ぽつり、ぽつりと話しだすのっち。
それを受けとめる私には不思議ともう、不安はない。
さっきまであれだけ悩んでたのにね。
これからのっちが話してくれることは、私がきちんと受け止めなくちゃならないこと。

「大本彩乃は西脇綾香を愛しています。」

「うん。」

「もう、忘れてなんていわんけぇ。あーちゃんがどう思ってるか、聞かせてください。」

思わず泣きそうになった。
長かったなとか、今でも信じられないとか、いろんな感情が溢れてきて。
でももう迷わない。
私も、伝えなきゃいけんことがある。

「あのね、あ〜ちゃんもね、伝えなきゃいけんことがあるんよ。ずっとずっと前から、伝えたくても伝えられなかった大事なことが…。」




㈷(side A+N) END






最終更新:2008年12月23日 01:26