『…!…のっち…。』
のっちがいつからそこにいたのか分からない。
『あ、あぁ…く、靴決まった?』
あ〜ちゃんは平静を装う。
『うん!ブーツは全部ダメだったけぇ、パンプスにしてもらうことにした。』
のっちの表情が和らぎ、私はホッと胸をなでおろした。
のっちの黒い感情が限界を迎えると、のっちは必ず私の前から一度姿を消す。
昨日『お仕置き』があったばっかりだもん…まだ平気よね。
私とのっちは、『お仕置き』以外、何もない。
メールもしない。二人で会ったり、愛を囁き合ったりもしない。
のっちが限界を迎えた時だけ『お仕置き』という形で結ばれる。
嫉妬という名の愛情だけで繋がっている。
『そっか〜。じゃあゆかだけブーツじゃね!』
『ほ〜じゃね!ゆかちゃんのブーツ可愛いよね〜。』
微笑み合っても、私たちの間にあるのは『メンバー』という空気だけ。
私たちにも、一緒にいるだけでドキドキしたり愛し合ったり。
そんな当たり前の恋人らしい風景があった。
きっともうその頃には戻れない。
戻りたくてもきっともう戻れない。
それを壊したのは、他の誰でもない
私だから。
私とのっちは付き合い始めてもうすぐ一年になる。
のっちは、あんなに綺麗な顔をしているのに全然自分に自信がなくて。
私がのっちの告白を受け入れた時も、
信じられないといった表情でパニックになっていた。
『ゆかちゃんがのっちの隣でずっと微笑んでくれるのなら、それだけで幸せ。
ただ…男の人と、二人でお話したりご飯食べた時は、隠さないでね。』
これが、二人の約束になった。
何しても怒らないから、絶対に嘘をつかないで。隠し事はしないで。
のっちは昔から、約束を破ることや、嘘をつくことをものすごく嫌う人だった。
『嘘なんかつかん。ゆかものっちのこと好きなんじゃけ…信じてよ///』
『えへへ…嬉しいよ〜。』
『そ〜よ!心配せんでもゆかちゃんはあんたのこと大好きよ!見とったら分かるわ〜。』
『ちょ!あ〜ちゃんやめてよ〜…恥ずかしいわ。。』
二ヶ月前までは、何だかんだいろいろありながらも
あ〜ちゃんに見守られながら、順調に交際を続けていた。
私が約束を破った、あの日までは。
カメラの話題をきっかけに、
私はひとりのスタッフさんとよく話をするようになった。
『ゆかちゃぁん…絶対あの人ゆかちゃんのこと好きだよぉ。』
『も〜そんなことないよぉ。そうだとしても…ゆ、ゆかはのっちだけなんだから…ね?』
『でも…嫌だ…嫌だよぉ…。』
のっちは不安そうに瞳を揺らしながら、私を強く抱きしめる。
今までのっちがあまり見せたことのないような
目の表情を見せるようになってきたのはこの頃からだった。
それと同時に、異常ともいえるのっちの嫉妬深さ、独占欲の強さに私は気づいた。
『かしゆかちゃん…この後食事に行かない?』
『えっ…二人では…ちょっと…。』
『カメラ…ほら見せてあげたいし。店予約してあるからさ。ほら。』
押し切られ、その日私はスタッフさんと二人で食事に出かけた。
このスタッフさんとよく話をするようになってから
日に日に増してくるのっちの嫉妬。
私はのっちが好き。
何があってものっちが大好き。
やましいことは何もない…
のっちにこれ以上心配をかけさせたくないと、
二人で食事に行ったことを
私はのっちに報告しなかった。
『はぁ…ゆかちゃん好きだよ…』
『んっ…ゆかも…好きっ…あぁ!…イクッ!!…』
『…ゆかちゃん…。』
のっちは私がどこにも行かないように、
一緒に眠る時は、必ず私を抱きしめたまま眠る。
…言わなきゃバレないんだ。
あの日から一週間ほど経ち、少し罪悪感はあったものの
変わらない目の前の大好きな人の姿に、
私はそのことを忘れそうにすらなっていた。
仕事の待ち時間、ひとりトイレから控え室に戻る。
『の〜っち!まだゲームしよるん?』
のっちに話しかけても、ゲームに視線をうつしたまま
返事をくれない。
『のっち?聞いとる?』
のっちは顔をあげ、私を見る。
そこには今まで見たことのないような冷め切った瞳があった。
『……の…っち…?』
のっちは何も言わず部屋の外に出て行った。
『ゆかちゃん…。』
固まる私にあ〜ちゃんが話しかける。
『何でのっちに話さんかったん…?』
私がトイレに行っている間に、スタッフさんがこないだ食事に行った時の話をしたらしい。
『のっち…隠し事嫌がるのゆかちゃんが一番分かっとるんじゃないん…。』
私は言葉が出なかった。
『それとも…あのスタッフさんと…何かあっ…』
『あるわけないじゃろ!!ゆ、ゆかは…のっちだけじゃ…。』
『じゃあ何で?!何で話さんの?ちゃんと話してたらのっち怒る人じゃないじゃん!…のっちのあんな顔…初めて見た…。』
その日の晩、私は謝るためにのっちの家に行った。
『ゆかちゃん…どんな悪いことしたん。』
それがお仕置きの始まりだった。
『のっち…ごめんなさい…。ゆか、のっちに心配かけたくなくて…ごめんね。』
どんなに謝っても、どんなに泣いてすがっても
のっちはただ冷たい視線を浴びせてくるだけだった。
次の日仕事に行くと、あ〜ちゃんが心配そうに見つめてくるのが分かった。
でも私は俯くことしかできなかった。
『あっゆかちゃん、今日のっちにネイルして!』
突然のっちが話しかけてきた。
『えっ…。』
『のっち自分じゃキラキラ出来んけぇ。』
昨日ののっちが嘘みたい。
許してくれたん…?
『仲直り…したんじゃね。良かった良かった。』
キョトンとする私より先に口を開いたのはあ〜ちゃんだった。
『早よ…ネイルして。』
のっちの目つきが少し変わった。
『何ね〜あんた照れよるんか。』
『あ〜ちゃん!…もういいけぇ…いいけぇ。』
あ〜ちゃんはわけが分からないといった表情で、雑誌を読み始めた。
私は黙ってのっちにネイルをする。
チラッと目線をあげると、冷たい目で爪先を見つめるのっちの顔。
ードクッー
その瞬間、私の中に何か変な感覚が走るのが分かった。
のっち…ごめんなさい…
許してもらえるまで何でもするけぇ…
私がのっちの奴隷になった瞬間だった。
それから私は、いつくるのか分からないお仕置きに怯えつつも
どこかでソレを期待するようになっていた。
のっちは私にしかあの目を見せない。
そう思うと、私はのっちを独占しているような気になれた。
のっちを傷つけたことに罪悪感と後悔を感じながらも
ほらまたゆかを見てる…
あの目つきで…
私は少しずつソレが快感になっていった。
ねぇのっち…もっとゆかを見てよ…
私はのっちの家で車を降り、後をついて歩く。
そう…今からお仕置きが始まるんだ…。
でも、のっちが向かった先は部屋ではなく、少し離れた場所にある公園だった。
冬の外。吐く息は白い。
足を止め振り向いたのっちの目は、とても穏やかだった。
『ゆかちゃん…。』
今、私の前にいるのは
Perfumeののっちでも、黒い感情で溢れたのっちでもない。
久しぶりに見た、大好きなあの頃ののっちだ。
『ゆかちゃん…。終わりにしよう。』
私は耳を疑った。
のっち…今なんて…
『…ばいばい。』
のっちは私に背を向け歩き出す。
離れていくその愛しい背中。
いつも私を見つめて離さなかったその瞳。
固まってしまった体と頭を
慌てて動かし私は走った。
『待って!…待ってよ…。』
のっちの腕をぎゅっとつかんだ。
『何でよ…嫌だ…嫌だよ!…ゆか、何でもするっ…から…。』
涙が溢れる。
『そ…そばに、おれるんなら…何でも…するからぁ…。嫌ぁ…行かんといてぇ…。』
のっちは私の手振りほどき去っていく。
私はその場に崩れ落ち、泣き続けた。
のっち…覚えてる…?
今日はのっちとゆかが付き合い始めて
一年の記念日なんだよ。
私の心と体を冷たい空気が包む。
温めてくれる手は、もうない。
このまま…消えてしまおうか…
私はそのまま意識を失った。
(続く)
最終更新:2009年01月13日 10:42