アットウィキロゴ
今日は忙しいスケジュールの合間を縫っての、やっとのオフ。
といっても午前中は番組収録があるため、午後からが完全なる休みである。

今はすっかり見慣れた4畳半ほどの彩乃の部屋に、3人で一つの布団を敷いている。

年も明けたことだしと、久しぶりに3人で彩乃の家に泊まることになったのだ。


午前中から昼間のテレビの収録を終え、帰りにまっすぐマネージャーに送ってもらい家に着いたのは夕方ごろ。
久しぶりに訪ねた彩乃の部屋を散々物色して(冷やかして)から、
道すがらコンビニで買い求めたお菓子やジュースを広げて、居間でいつものガールズトーク。
他愛のない世間話や、女子特有の恋話で大いに盛り上がるのであった。
有香と彩乃はもう酒が飲める年になったが、やはりまだ馴れない大人の味よりは、幼い頃から馴れ親しんだジュースのほうが口に合うようだった。

お腹が空く頃合いになると、彩乃が事前に食材を用意していたカレー鍋を3人でつついた。
食卓でも3人のおしゃべりは続き、鍋の残り汁を堪能するまでだらだらと箸を片手に笑っていた。

楽しい時間というものは早く感じるもので、楽屋以外で久しぶりに取れた3人のプライベートの時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか時計は深夜を回っていた。


一人暮らしの彩乃の家には来客用の布団が一組しか無く、いつも有香と綾香が一緒に寝るというパターンで、今回もそのようになった。

「布団買おうと思うんだけど、布団って買って持って帰るのがね」と申し訳なさそうに言う彩乃に、綾香は「全然。誰かと一緒に寝たほう楽しいけぇ」と笑ってみせた。

夜も更けに更けて丑三つ時も過ぎたころ、3人は床に入った。


電気も消して、真っ暗な部屋。
カーテンから漏れる月の光が、僅かに部屋に淡く差し込んでいた。
彩乃は今日1日の楽しかった一時を、大切な宝物のようにひとつずつ思い返した。
大抵修学旅行なんかでは、ここからいろいろとよもやま話が始まったりするよなぁ、と彩乃が一人思っていると、綾香の声が斜め下から聞こえてきた。

「のっちぃ、もー寝た?」
「んーん、起きとるよ。」

綾香の声色からするに、まだ眠たげではなさそうだ。
先刻までしていた恋話のテンションがまだ収まっていないのだろう。
まだ楽しい時間は終わってないんだ、と彩乃はわくわくした。

「…今のあ〜ちゃんの悩み聞いてくれん?」

綾香が自ら悩みを言うなんて珍しく、いつもより真剣なトーンだったから、彩乃は思わず息を呑んで身構えた。

「…何?」

「かっしーがなぁ、布団独り占めしよって、スンスン寒いんよ」

——思っていたより大したことない悩みだったようで少し安心した。
綾香本人にとっては大した悩みかもしれないが…。

「………取り返せん?」
「無理じゃ。ぐんるぐる体に巻き付けとるけぇ」


「……じゃあもう一枚布団出すよ。やっぱ二人で一枚はきつかったね。」
「いーよいーよ。たいぎぃしょ?かっしーも起きちゃうし。だいじょーぶだいじょーぶ。」
「でもそのまんまだったらあ〜ちゃん風邪ひきよるけー。」

困る彩乃に、綾香が唐突にぽつんと言葉をかける。

「…のっちの布団で寝ちゃいけん?」


「……え。…い、いいの?」

予想外の言葉に、彩乃は少し詰まった。

「あ〜ちゃんが言っとるんじゃけぇ、いいに決まっとるじゃろ。なーに今更そんなこと言っとるん。」
「あ、うん、…はい。」
「…じゃー失礼しまーす。」

呆け君の彩乃を後目に、綾香は有香を起こさないようにひっそりと立ち上がり、暗がりの中手探りで彩乃の寝るベッドへそっと入り込む。


「狭くない?」
「ううん、大丈夫。…あ〜ちゃんこそ、朝ベッドから落ちてないようにね。」
「のっちが暴れたりせん限り大丈夫じゃろ」
「あたしはそんなに寝相悪くないよー」

二人して天井を見上げる。
日常とは違う、布団の中のすぐ隣にある温もりが、なんだかくすぐったかった。

「懐かしいね。一緒の布団で寝るの何年ぶりじゃろ。」
「高校生くらいのとき以来じゃない?祝メジャーデビューとか銘打って、かしゆか家に泊まった記憶ある。」
「おかげ様で最近忙しくて、お泊まりなんかする機会なかったもんねー。あっても雑魚寝だったしね。」
「あはは。確かに。」



それとなくそこで会話が途切れ、時計の針の音だけが響き渡る。

電気を消してから大分時間が経ったのか暗闇にも目が馴れてきて、すぐ隣にある顔の表情も読み取れるようになってきた。


綾香がふいに、眠たげな声でゆっくりと口を開いた。

「のっちさぁ、いつかのなんかのインタビューで、私のこと…"太陽"って言っとったじゃろ。」

「……あーー、メンバー一人一人について言うと、みたいなやつ?結構前じゃね。」

昨年の超多忙な時期に受けた、Web公開のためのインタビューだったと思う。
当時はスケジュールがめまぐるしく、時期などは詳しくは覚えていないが、内容だけは鮮明に思い出せた。

「うん、あれほんと?」
「本当じゃなかったらインタビューなんかで言わないよ」


「……私ね、そんなことないと思うんよ。私なんか全然太陽じゃないと思う。」

「なんで?」


急に真面目な顔で、半ば納得のいかない声で言う彩乃に、綾香は少し気圧された。

まるで、綾香が"太陽"だということが間違っていないと、確固たる意思を持っているようだった。

「あ…うん、のっちがね、そう言ってくれるのは嬉しいんよ。
だけど、私それからちょいちょい考えとったん。
私はそんなお日様みたいに輝いてなんかないって。
それ言ったら、のっちやかしゆかのほうがずっと輝いてる。
…私本当はすんごく弱いんよ。
今こうやってPerfumeとしていろんなことやらせてもらっとるけど、いつ堕ちていくかって。
テレビとか、フェスとか、雑誌を見た人が、名前だけでも、顔だけでも覚えてくれてればめっちゃ嬉しい。
けど、いつかPerfumeが誰の心にも残らなくなって、誰からも忘れられちゃったら…って、よくそんな夢を見るんよ。

ライブやってもお客さんが一人もいなくて、テレビ収録に来てもスタッフさんとか誰もいなかったりして。
3人だけぽつんとおるんよ。
私は、Perfumeなのに、Perfumeがいつ無くなるかって、いつでも不安なんよ。」

ひとつひとつゆっくりと話す綾香の綾香の声は、次第に涙声になっていた。

彩乃は思わず綾香の顔を見ようと思ったが、いつの間にか彩乃とは反対の方向を向いていて、顔は見えなかった。
見られたくないからかもしれない。

無造作に広がる長い髪から、洗い立てのいつものシャンプーの香りがした。
こんなに弱音を吐いているのが、確かに綾香であることを再認識させてくれる。
いつもの綾香のはずなのに、こんな弱々しい彼女を見るのは、彩乃にはとても久しいことだった。


「…あ〜ちゃん。大丈夫。」

布団から手を出して、ぎゅっと綾香の手を握る。
綾香は怯えるように胸元に両手を寄せていたから、自然と抱き寄せるような姿勢になってしまった。
より近づいた綾香の髪の香りが鼻につき、またぎゅっと握って微笑んだ。

綾香が今どんな顔をしているのかはわからないけど。

手の温もりが、笑みが届くように。

「誰だってそんな不安はあるよ。あたしも、かしゆかなんてきっともっとそう。
Perfumeはまだまだ終わらんと思う。だけど、きっと必ず終わりは来る。だからそれまで3人で楽しくやってこう?

……それとね。これだけははっきりしてる。あ〜ちゃんがいなかったら、Perfume自体無いんよ。」

綾香の涙声につられて鼻の奥がつんと痛んだのをこらえ、綾香に届くように、またゆっくり口を開く。

「あ〜ちゃんがかしゆかに握手求めんかったら、
あ〜ちゃんがのっちにエレベーターで話しかけてくれんかったら、今のPerfumeは無いんよ。
いつでもあ〜ちゃんは3人の中で輝いとった。
それがあ〜ちゃんにとったら強がりだったり、無理してたこともあったのかもしれん。
けど、私達にとっては十分に、太陽より眩しかったんよ。」

密着した体から伝わる綾香の体温が何よりの証拠だった。

「あ〜ちゃんはこーんなにあったかくて、いい香りするけぇ、お日様に違いないじゃろ」

綾香を励ますように、またぎゅうっと綾香を抱き締めた。


「………なんか、のっち、くさいね。」

「えっ!!くさい!?さっきお風呂入ったんだけどっ!」

思わず、ロボットのような機敏な動きで綾香を抱いていた腕を解く。

「あははっ、違うって。セリフがくさいって。」

「ふぇへ…?」


綾香がいつものように笑ったことに安堵を覚えたのと、自分では割と良いこと言った感のあった自分の言葉へのツッコミに、
思わずすっとんきょうな声が出てしまった。

それがまたおもしろいのか、綾香はくすくすと笑った。

「お日様の匂いゆーたら、レノアかって感じだし」

そういえばそんな名前の洗剤のコマーシャルでそんなことを言ってたような…苦笑いで記憶を辿る彩乃に、綾香が向き直った。



「……仮に、私が太陽だとするよ?」

やっと見られたその顔は、さっきまで弱音を吐いていた綾香ではなく、いつものPerfumeのあ〜ちゃんそのものだった。

「——そしたら、のっちは"月"じゃ。」
「……月…?」

まさか自分がそんなたいそうなものに例えられると思っていなかった彩乃は、目をまんまるにして綾香の言葉に耳を傾けた。

「月って、太陽の光で輝くじゃろ。
暗い夜でもさんさん明るく照らしてくれるじゃろ。
きっとのっちは、あ〜ちゃんが暗いところにいても、あ〜ちゃんの代わりに皆をぴかぴか明るく照らして、また太陽を連れてきてくれるんじゃ。」

真っ直ぐに彩乃を見つめて微笑む。
少し涙ぐんだ綾香のその瞳を直視できなくて、彩乃は困ったように視線を向こうへ飛ばした。

 …確かに、あたしはあ〜ちゃんがいないと光れないかも。

言葉に出すには気恥ずかしくて、そのまま心の中にしまっておいた。
彩乃の顔を見て満足そうに微笑む綾香を見て、また彩乃も嬉しくなった。


「持ちつ持たれつなんよきっと。Perfumeって三角形があるから、私達はずっと一緒におれるんよ。」

「そうだね。………。」

あ〜ちゃんのほうがよっぽどくさいことを言ってるよ、とツッコもうとも思ったが、
なかなかどうして綾香が言うと彩乃並みにくさくならないのが不思議だった。
やはり"太陽"と"月"の違いかと、勝手に納得する。


しばらくの沈黙。
なんだかむずがゆい感じがする、新鮮な沈黙だった。
まるで、知り合ったばかりでなんとか話そうと、話題を必死に探していた頃の初々しい空気のようだった。


「手…」

「ん?」

「のっちの手あったかかった。もう少し握っててもいい?」

急に甘えるような声で、綾香が求めてきた。

「うん、どうぞ。…あ〜ちゃんの手のほうあったかいと思うけどなぁ。」

布団の中でぎゅっと、彩乃の右手を、綾香の両手が包む。

「えへへ、やっぱりのっちの指ウィンナーじゃね。」

彩乃より小さい指を絡ませて、彩乃の最近のお気に入りらしいカルジェルを使って綺麗にデコレーションした爪をいじりながら、子供のようにはしゃぐ。

「だーからそれはあたしのコンピュリェッ……コンプレックスなんだからほっといて!」
「あははぁ噛んだ〜」
「ちょっとぉー、この前クリスマスプレゼントで"噛んでもスルーしてあげる券"もらったのにー!」
「使わんと意味ないけぇねー」

やっぱり、こんな他愛のない会話で笑えるのがいつもの自分たちで、一番の自分達だと、二人は改めて思った。
お互いを見るその笑顔が何よりもそれを物語っていた。


「起きてー二人ともー」
「……んー」

いつの間に朝になったのか、一番早く起きた有香が二人を起こす。

「お日様とお月様〜起きてー」
「………んー…?」

からかうような口調で、有香が二人を起こし続ける。

「二人が太陽と月ならゆかはなんなんじゃろねー」
「…………んーんんん!?」

のっちが大きい目をばちっと開いて、布団から飛び起きる。

その勢いで綾香が少し目を覚ましたようだったが、またもぞもぞと布団を被ってしまった。

「かっかっかしゆか、も、もしかして、」

「何?」

「き、昨日の話…聞いてた?」

「うん。聞くつもりはなかったんよ。けどあ〜ちゃんの鼻すする声が聞こえてね。のっちが泣かしとんのかと思って。」
「ちーがぁうよぉー!」

けろっとした表情で盗み聞き(?)を自白する有香をバンバンと彩乃が叩く。
予想通りの彩乃の反応に、有香は満足そうに微笑む。

「で、ゆかだけ仲間外れなんー?」
「え、」
「あ〜ちゃん太陽でのっち月で、3人でゆかだけなんもないの?」
「あ〜〜、」

彩乃があからさまにうろたえて目を泳がせていると、

「かしゆかは"空"じゃ」

『へ?』

寝ていたはずの綾香の唐突な声に、二人揃って驚く。

「…あ〜ちゃん?起きてたの?」

「………………すー。」
「寝ちゃった。」

また規則正しい寝息を立て始める綾香を見て、二人は思わず笑った。

「どういうことだろね?"空"。」

首を傾げる彩乃。
当の有香は大して気にしていなさそうだった。
むしろ、綾香がそう云った理由が自分なりに出せているようだった。

「今度、訊いてみる。

……朝ごはん作ろうか。」

そう言いつつ台所へ向かう有香は、彩乃が久しぶりに見るほどの満足げな笑みを浮かべていた。


【太陽と】 -おわり-






最終更新:2009年01月13日 10:53