AM5:00。
私は家を出る準備をし、迎えの電話が入るのを待つ。
外はまだ真っ暗。
『ありがとう。』
私はお母さんが入れてくれたホットココアで温まる。
今日はライブDVDの宣伝をするため、
朝の情報番組に生出演する。
ほどなくしてもっさんから電話が入り、私は車に乗り込んだ。
車には先にのっちが乗っていた。
朝が苦手なのっちは、俯いてマフラーに顔をうずめ眠っている。
あとはゆかちゃんを乗せて、スタジオに向かうだけ。
ゆかちゃんの家の下に着き、もっさんが電話をかける。
…もっさんの様子がおかしい。
どうやら何度電話を鳴らしても出ないらしい。
ゆかちゃんは迎えの電話には必ず2コール以内に出る。
時間に厳しく、今まで一度も遅刻したことはない。
20歳になったのをきっかけに
ひとり暮らしを始めたゆかちゃん。
ゆかちゃん…寝坊したかなぁ?
って、のっちじゃあるまいし…
ん…のっち…?
そういえば昨夜ゆかちゃんはのっちと一緒に車をおりた…
嫌な予感がした。
『もっさん!私とりあえず行ってみる!』
私は車をおり、マンションの入り口まで走り
インターホンを鳴らした。
同時に電話を鳴らしても、ゆかちゃんは出ない。
頭に血がのぼるのが自分で分かった。
走って車に戻り、知らない顔して窓の外を見つめているのっちの肩をつかんだ。
『あんた!ゆかちゃんに何したん?!!』
のっちは顔色ひとつ変えない。
『答えぇや!ゆかちゃんどこにおるんよ!!ねぇ!!』
ぽつりとのっちは口を開いた。
『昨日は…公園行っただけ。…あとは知らん。』
のっちが言い終わるか終わらないかのタイミングで私は叫んだ。
『もっさん!のっちの家の近くのあの公園行って!早く!!』
公園に着き、私ともっさんは二手に分かれて公園内を探した。
公園といっても、芝生や砂場など何ヶ所も設置された大きな公園。
真冬の朝。
まだ薄暗くて周りがよく見えない。
ゆかちゃんが公園にいたのは夜の話。
ここにいる可能性は低い。
分かってはいるけど、私はじっとしていることが出来なかった。
のっちが何か原因なのは分かっている。
ねぇ…何があったん…
ゆかちゃん…どこおるんよ…
私は不安で涙を滲ませながら
ゆかちゃんの姿を探した。
『いた!!』
その時、もっさんの叫ぶ声が聞こえた。
声のする方に急ぐと、人目につきにくい木の影に横たわっているゆかちゃんの姿があった。
『ゆ、ゆかちゃん!!ゆかちゃん!!』
抱きしめ揺さぶる。
体は冷たくて、まるで…血が通っていないみたい…。
『ゆかちゃん!!ねぇ!ゆかちゃん!』
頬を何度か軽く叩くと、うっすら目が開いた。
『ゆかちゃん?!分かる?!あ〜ちゃんだよ!分かる?!』
ゆかちゃんは再び目を閉じ動かなくなった。
もっさんは救急車を要請した後、
ゆかちゃんのご両親や事務所の人、スタッフさんに連絡を入れた。
『ゆかちゃん!…何でよ…ゆかちゃん…』
私は体の震えと涙が止まらない。
救急車はすぐに到着し、ゆかちゃんは車内に運ばれる。
私は、かけつけたスタッフさんに抱きしめられるかたちで
背中をさすられる。
静まり返った薄暗い真冬の空気には似合わない、大きなサイレンとともに
ゆかちゃんは病院に搬送された。
『のっち…何か知ってるんでしょ。』
もっさんの声に顔あげる。
どうやら別のスタッフさんがゆかちゃんに付き添ったようだ。
もっさんはのっちとゆかちゃんの関係を一応知っている。
『…のっち…が…何か…したんよ…。のっちが……。』
もっさんに支えられるようにして、私は車に戻った。
のっちは座席に座ったまま、表情ひとつ変えず
窓の外を見ている。
今すぐ問いつめて突き飛ばしたい気持ちもあった。
だけど、人形のように真っ白で冷え切ったゆかちゃんを目にした私には
そんな力は残っていなかった。
ただ、涙と震えがとまらない。
『とりあえずスタジオ行くよ。二人で何とか…やろう。』
スタッフさんの声がする。
『そんなん…無理…です!ゆかちゃんが…ゆかちゃ…。』
こんな状態で仕事なんか…
全く動じないのっちの姿が視界に入ると、私の涙は一層溢れ出す。
あんた…何したんよ…
何で落ち着いてられるん…
泣き崩れる私を、スタッフさんが落ち着くようにと抱きしめ
車はスタジオへと移動を始めた。
支えられるようにしてスタジオに入る。
ヘアメイクを終え、あとは本番まで待機するだけ。
私はイスに座り、ぼんやり宙を眺めていた。
時刻はAM7:30。
ゆかちゃんが運ばれてから二時間が経つ。
その時、もっさんの携帯に連絡が入る。
『か、かしゆか!意識戻ったって…!とりあえず…安心していいって!』
『…おぉ…!良かった…。』
控え室に安堵するスタッフさん達の声が響く。
『かしゆかにはご両親や他のスタッフがついてるから。とりあえず、仕事頑張ろう。大丈夫だから。』
もっさんが優しい口調で言う。
今回のことは、のっち絡みということを理解しているもっさんは
事件ではないとうまく周りに説明をし、警察が出てくるような騒動にはしていない。
どれだけ周りの人に迷惑をかけているのだろう。
少し落ち着きを取り戻した私の頭。
同時に、相変わらず表情ひとつ変えないのっちへの疑問と怒りがこみ上げてくるのを
私はグッとこらえ、本番に臨んだ。
うまく…笑えてたかな…
本番を終え控え室に戻ろうとした瞬間、
スタッフさんが両サイドから私を支える。
『もう…大丈夫です…。歩けます…。それより…ゆかちゃんは…。』
廊下を歩きながら、もっさんに尋ねた。
『意識はちゃんとしてる。検査した結果どこにも異常はないみたい。ただ…』
『…ただ…?』
『何を聞いても喋らないって…。ずっと黙ってるみたい…。』
それを聞いて私は、我慢できなくなった。
『…もっさん。5分だけのっちと二人きりにして。』
誰も控え室に入れないよう、お願いした。
パタリとドアが閉まる。
のっちは目線を下に向けて座っている。
『あんた…何も思わんの。』
『…何が。』
『何がじゃないじゃん!何があったん?!ゆかちゃんに何したんよ!!』
私はのっちの肩を揺さぶる。
のっちはじっと私を見つめたまま。
『…別れたんよ。だから…私は関係ない。』
『………。』
そうか…だから…。
私は、何となく今の状態が分かった気がした。
のっちから別れを切り出して、きっとゆかちゃんはショックを受けたんだ…。
でも、どうして別れたの…?
ひとりでいろいろと考えを巡らせているうちに
のっちは荷物を持ち、外に出て行ってしまった。
今日は夜まで仕事がない。
私はもっさんと二人で、病院に向かった。
(続く)
最終更新:2009年01月13日 11:00