side A
最近、どんどんのっちバカになってる自分を感じる。
現に、今日だって。
それはなんてことない収録の一場面で、今までならきっと笑って流してた。
けど、どうしてか今日は許せなくて。
ずっとそれから不貞腐れた表情をしてたと思う。
ゆかちゃんはどうも途中で気付いたみたいで、ちらちらと心配げな視線をよこしていたけど、あのボケのっちときたら…。
ずっと困り眉毛のまま、こちらに気を配る余裕すらないんだから。
ほんま、ぼけぼけしよって。
…でも、気付かないか。
だって単に、どつかれたっていうか、ちょっと突っ込まれたってだけで、その行為自体は何の変哲もなくて。
だけどどうしようもなく嫌だった。のっちが触られるのが。私以外の人が、のっちに触れるのが。
って、なんか、重症よね、やっぱり。
ちょっと前まではなんともなかった。
むしろ、付き合いだしたことにうかれたのっちがいちいち、誰々がきょうあ〜ちゃんのことじっと見てたとか、触ったとか、そんなくだらないことばっかり言ってた気がするのに。
今ではすっかり逆転…。
いや、そんなことはない!
大体のっちがかっこつけて指輪なんかくれたけぇいかんのよ、きっと。
こんなんつけてると、なんだかいつものっちが傍にいるみたいな気がして、それでまともな判断が出来なくなってるだけ。
そう。きっとそうに違いない。
「じゃけぇ、こんな指輪はポーイ!」
「出来るの、ほんまに?」
ぎくっとして振り返ると、そこにはゆかちゃん。
半分ニヤ付いてるんだけど、半分困ったような、そんな複雑な表情であらわれた。
「で、できるもん。」
「できるもん。って、のっちじゃないんよ。しっかりしなさいや。」
珍しく、ゆかちゃんにたしなめられた。
注意されてなんだかばつが悪くなって、はずしかけた指輪をまた指に戻したり、はずしたりをなんとなく繰り返す。
「きょう、ずっと機嫌悪かったじゃろ。いや、ずっとじゃないか。のっちが絡まれてからかな。」
「…。」
私は無言のままゆかちゃんを見上げる。
ゆかちゃんは少し悲しそうな顔で見つめ返してきた。
「あ〜ちゃんの気持ちはわかるし、それに、今日もきちんと仕事してたと思う。でも、しても無駄な嫉妬ってあると思うんよ。」
ゆかちゃんは一言一言言葉を選んで、私を傷つけないように伝えようとしてるんだって、なんとなくわかる。
「特にのっちはアレじゃろ?なんとなく残念っていうか。空気読めない訳じゃないのに、自分のことだけさっぱりじゃけぇ。」
たしかに、その通りなのだ。
完全に空気が読めないのならこっちだって諦めようがある。なのにのっちときたら中途半端なのだ。
ねえ、みんなわかってるん?
のっちはあんなきれいな顔して単なるあほのこなんよ?
私やゆかちゃんがいなきゃ、ぐだぐだなことしか出来んのよ?
「だから、ね。余計。」
「うん…。」
ゆかちゃんが言いたいことはよくわかる。
たぶんその辺はうまく折り合いをつけないと、一方的に自分だけが疲れるっていうのも。
「でも、出来んのよね。」
そして彼女はふふっとほほえんだ。
何でもお見通しです、って顔。悔しいけど、恐らく恋愛経験豊富であろう彼女の意見は物凄く貴重だ。
「…ゆかちゃん、どうすればいいん?」
わらをもすがる想いでアドバイスを求めると、小悪魔は意地悪な顔をして。
「とことん、振り回されちゃえ。」
「えー?」
そして、すっかり困り切った私に華麗に手を振ると、意味深な笑顔のまま部屋を出ていってしまった。
振り回されちゃえって、いうけど。
もうずっとのっちに振り回されっぱなしなんだけどな。
せっぱつまった顔で部屋にたずねてきたあの日から、ずっと。
しばらくすると、へろへろになったのっちがやってきた。
しかも眉はもはや八の字最高潮って感じで、本当に疲れたんだなあっていうのがよくわかる。
「あ゛〜ちゃん。」
おまけにこの情けない声と上目遣い。
もう、降参だ。
「どしたん。」
「なんか、こあかった。」
こあかった、って。微妙に噛んでるし。
「なにいっとんのよ、お仕事じゃろ?ちゃんとせにゃ。」
「うん。」
言いながら、きゅう、と私の服の裾をつまんだ。
二人きりのときは強引なのに、一歩外に出てしまうと、のっちはおそろしく臆病だ。私に触れることすら満足に出来ない。
「もう。」
のっちの手を引き寄せて、しっかりと抱き締める。
「ちょ、あ〜ちゃん、ここ楽屋じゃけえ。」
「ゆかちゃんは、きっとしばらく帰ってこないから。」
本当にもどかしい。
腕の中から逃げようとするのっちをいっそうきつく抱き締める。
のっちはよほど周りが気になるのか、おろおろして。
「こういう時は、もっと強引にしていいんよ。…そのほうがあ〜ちゃんも安心するけぇ。」
「どゆこと?」
おまけにさっぱり意味がわかっていないのか、のっちは私の顔を覗き込んで不安な表情のまま。
「のっちのばーか。」
言いながら唇を重ねた。
本当にバカだ。
私の気持ちがさっぱりわからないのっちも、そんなのっちが好きで仕方ない私も。
「あ〜ちゃんがキスしてくれんなら、ばかでいいかも。」
ようやく吹っ切れたのか、突然深くなったキスに意識を奪われながら、同じだけ振り回してやれなんて、どうしようもないことを考えてた。
どうせなら同じくらいバカにしてやればいい。のっちを。
side N
あまりイライラとか、普段はしないんだけど。
最近はプレステしてても、好きな音楽を聞いても、何か足りないっていうか。
いや、何が足りないかははっきりしてる。
絶対的に足りない。あ〜ちゃんが。
年末年始忙しいのはとても喜ばしいことで、感謝しなきゃいけないのも充分わかる。
けど、かれこれもう何日?いや、まあ一昨日は一緒にいたけど、ゆっくり過ごせなかったから、自分的には一週間くらいぶんは足りない。
そりゃ、ゆかちゃんがいないとこでキスしたりとか、ちょっと抱き締めたりくらいはしたけど。
ほら、まだまだ若いですからね。
まあ簡単にいうと、それ以上は禁止令が出た。
年末の大事な時期だからいけん、って、そりゃそうなんだけど、逆にそれがあるから頑張れるっていうか、アメとムチっていうか。
…それに、そうでもしないとどんどん不安になっていく自分がいて。
指輪をあげたのだって、自分のものだっていうしるしが欲しいから。
目に見えないものを信じられる程には大人じゃない。
解りやすく、イージーで、でも特別だって思える確かなものが欲しい。
だいたい今だって夢見心地なのだ。
あのあ〜ちゃんが、自分と付き合ってるんだから。
そして、あれよあれよと年末年始のお仕事がおわり、明日からいわゆる正月休み。
最後の仕事がおわって車に揺られて帰宅途中。
ゆかちゃんはほろよいのままもっさんと話し込んでて、まだ未成年のあ〜ちゃんはというと疲れがたまったのか、珍しくわたしの横に座ってすっかり寝入っていた。
時たまこつんと肩に頭がのっかる。そのままよっかかってくればいいのに、そうはしてくれない。
その様子があまりにかわいくて、投げ出されたままの手に指をそっと絡ませた。
すると、無意識なのかぎゅっと握り返される。
それに、なんだかもうたまらなくなってしまって。
「今日あ〜ちゃんのっちのとことまるから。」
と、思わずもっさんに言ってしまった。
ゆかちゃんはそれを聞いてにやにやしながら振り返る。
いつもならひるむところだけど、今日はしっかり握り締めた手を見せ付けてやった。
で。いま。
「のっちのバーカ!」
あ〜ちゃんはベッドの上でご機嫌ナナメ。
確かに強引に連れて帰ってきたのは悪かった。
でも、ちょっとくらい喜んでくれてもいいのに。
彼女はそっぽをむいたまま、お母さんになんていおうとかぶつぶつ呟き続ける。
その姿を見てると、だんだん悲しくなってきて。
「…じゃあ、のっちがお金だすから、タクシー呼ぶよ。」
「のっち…。」
くるりと彼女に背中をむけてポッケにいれっぱなしにしていた携帯を取り出す。
ここまで言われたら、どうしようもできない。
今日中にはきっとあっちに帰らないといけないから、しばらくは会えないけど。自分が我慢すればいいんだから。
「のっち、ごめんなさい。」
「待って、今呼ぶけぇ。ちょっと遅くなるけど…。」
「ごめんなさい。」
声と同時に、背中に暖かい温もり。
「何しとん?」
「ごめんなさい、本当は、嬉しかったんよ。でも、なんか、素直にいえんけぇ…。」
そのままきゅうっと抱き締められる。
わたしはそっとポッケに携帯を入れ直して、ゆっくりあ〜ちゃんの方をむく。彼女はほっぺたを真っ赤にしてこちらをみていた。
「許さない。」
「えっ、のっち…。」
言葉ごと奪うように深いキス。
あ〜ちゃんの顔がもっと真っ赤になって、自分以外のことを考えられなくなるように。
ねえ、わかってる?
君のことが好きでたまらないんだよ。
物分かりなんかよくできない。
四六時中だって傍にいたいんだ。
すべて伝えるように。
君への想いを余すところなく。
しようもない独占欲。
本当に君以外はどうでもいいって思ってしまうくらいに夢中なんだ。
「どうして、伝わらんのかね。」
ぽつりともれた言葉に、あ〜ちゃんは目を潤ませたまま、だってわたしはのっちじゃないけぇ。と呟いた。
「でも、わたしがのっちじゃないからこんなに苦しくて、こんなに嬉しいんよ。どれだけ好きか、わかっとる?」
「わからん。今でも夢みたいなんよ。…どんなに抱き締めても、嘘なんじゃないかって思う。じゃなかったら、突然いらなくなるんじゃないかって。」
「のっち。」
あ〜ちゃんはそっとわたしの前に右手を差し出す。薬指にはこの間あげた指輪。
「指輪、外して。」
言われるまま外す。
やっぱりいらないとか、言われるのかな。
「じゃあそれ、こっちにつけて。」
出したのは左手。…左手の薬指?
あ〜ちゃんはすっかり動揺した私の手を取り、そのまま指輪を薬指へとはめた。
「これで少しは安心する?」
私はただただぼうっとその光景を眺めていた。
嬉しいはずなのに、何だかうまく言葉が出てこない。
「…そんな難しい顔せんでよ。」
あ〜ちゃんの手がわたしのほほを優しくなぞる。
「目に見えること、これくらいしかしてあげられんのよ。ねえ、どうしたら私の気持ち、伝わるかな。」
「あ〜ちゃん。」
あ〜ちゃんの手に手を重ねて、固く握り締めた。
ああ、こんなに幸せなのに、どうして満足出来ないんだろう。
もっともっとって、心の奥の方の何かが自分を急き立てるんだ。
「あのね、最近変なんよ。足りんの。こんなに一緒にいるのにあ〜ちゃんが足りんの。」
「なら、のっちの好きなようにしていいけぇ。出来ることなら、何でもする。」
「あ〜ちゃん。」
思わず泣きそうになった。
こんなに愛されてることに、改めて気付いたから。
「わたしも、…怖いんよ。これだけ人を好きになったことないから。のっちのこと、わたし以外の誰かが触るのがいや。じっと見てるのだっていや。私だって独占欲とか、あるんよ?」
「ん…。」
彼女を引き寄せて、おもいきり抱き締めた。
言葉が出てこなかった。
その言葉に報いるだけの言葉がわたしの中にはなくて。
伝わるかな、もどかしいくらいのこの想い、あなたに伝わるかな。
「好きすぎて、ばかになりそうじゃ。」
「あ〜ちゃんも。」
両想いになれば、片思いの時みたいに辛い思いなんてしなくて済むと思っていた。
毎日がただ楽しくて、幸せなんだろうと。でも現実は思ってたよりもシビアで、悩みはつのるばかり。
もう無邪気に両想いが楽しいなんて信じてた頃には戻れない。
けれど、君となら乗り越えていけるかな。
「のっち。」
「ん?」
「のっちと会えたこと、本当に感謝しとるんよ。」
今日は喋りすぎじゃ、なんて照れくさそうにいう君。
ああ、彼女を、この笑顔を守りたい。最後の時まで。
「ありがとう。のっちも感謝しとる。ずっと大切にする。この出会いと、あ〜ちゃんのこと。」
そして、あ〜ちゃんの左手の薬指に触れるだけのキスをした。
これは誓いのキス。
こういうの、凄く照れくさいけど、新年に誓うよ。あ〜ちゃん、あなたをずっと大切にするってこと。
ずっとずっと君のこの笑顔を一番そばで見ていたいから。
END
最終更新:2009年01月13日 11:43