仕事を終え、家に着く。
片付け…しないとなぁ…
なんて、今日みたいな日にやたら部屋の汚さが目についた。
立ち上がり、カーテンを開けようとした手をふととめる。
「…………。」
昨夜の光景が蘇りそうになるのを振り払うかのように
私は熱いシャワーをただ無心に浴びた。
ベッドに倒れ込み、考えを巡らせる。
あ〜ちゃんと二人で取材を受ける前。
喧嘩しそうになるのをもっさんにとめられた。
その後私はぼそっと呟いた。
「ゆかちゃんはあ〜ちゃんが好きなんよ。」
あの時、あ〜ちゃんはわけが分からないというような顔で私を見つめた。
意識がもうろうとしながらゆかちゃんが呟いた名前は、私ではなくあ〜ちゃんだった。
あ〜ちゃんに見せるような穏やかな表情を、ゆかちゃんは私には見せない。
あの日ゆかちゃんに嘘をつかれてから、自分のすべてをみせるのが怖くなった。
自分がゆかちゃんを愛せば愛するほど、離れていってしまう気がして。
どんなにゆかちゃんに謝られても、
ほんとに?
また嘘じゃない?
その疑問がつきまとった。
だけど…うまく伝えられなくて。
やっぱり…最初から私のことなんて好きじゃなかったんだよ…。
だから、これでいいんだ。
これでみんな幸せになれる。
ーピンポーン
インターホンが鳴った。
「…えっ…。」
あ〜ちゃんだった。
病院を出て、私が向かったのはのっちの家だった。
今まで二人の交際については
ほとんど口出しをしてこなかった。
動くなら今しかないと思った。
今動かないと、二人の関係だけじゃない、
Perfumeがダメになってしまう。
いろんなことを考えているだけで、涙が目にいっぱい溜まる。
しっかりしろ自分…
私はぐっと涙をこらえ、インターホンを鳴らした。
ーピンポーン
「…えっ…。」
私を見るとのっちは少し目を見開いた。
それに気をとられ、私は言葉を選べずにただその場に突っ立ってしまった。
「…入んなよ。」
いきなり来てしまったけど、何しにきたかのっちでも分かってはいるだろう。
私は小さく深呼吸して、部屋に入った。
「き、汚いけぇとりあえずソファに座って。」
部屋は脱いだ服やら漫画やらで、足の踏み場がないくらいだった。
ソファに並んで座る。
のっちは見ているのか見ていないのか、前にあるTVを見つめていた。
ぐるりと周りを見渡す。
ここまで散らかっているのは珍しい。
まるでのっちの心の乱れを表しているかのように思えた。
「話…あるんじゃろ?」
黙ったままの私に耐えかね、のっちは視線そのままに尋ねてきた。
『あ、あぁ…。』
頑張れ、私。
大切なもの、ちゃんと守らないと。
大切なふたりを…ちゃんと…。
『あの…さ…。何で別れたん?』
「…嫌いになった。それだけだよ。」
のっちはため息まじりに答えた。
「ゆかちゃん、嘘つきじゃろ。もうこりごりなんよね。」
のっちがそうはははと笑うのを見て、私はまた目に涙が滲んでくる。
「そう、ゆかちゃんみたいな人はあ〜ちゃんと一緒になればいいんよ。うんそれがい…っ!!」
ーパンッ
気づくと私はのっちの頬を叩いていた。
「……!!」
びっくりして頬を押さえ視線を隣に向ける。
『あんた…いい加減にしなよ…。』
あ〜ちゃんは泣いていた。
『ゆかちゃんは…あんたじゃなきゃダメなんよ!!どんなに優しくて大人で素敵な人でも…ゆかちゃんはあんたじゃなきゃダメなんよ!!!』
「………。」
私はただあ〜ちゃんを見つめていた。
『何でなん…何であんたみたいなアホ…。でもゆかちゃんは…ゆかちゃんはっ…。』
あ〜ちゃんはボロボロと涙をこぼしながら、私の肩を揺さぶった。
『のっちしっかりしてぇや…目ぇ覚ましてぇや…なぁ!お願い…お願いじゃけぇ…。』
どんなに大声をだしても、泣いて問いかけても
のっちはただ私を見つめるだけだった。
『何とか言ってよ…。』
のっちが今、例えば涙を流してでもくれれば、どれだけ楽だろうかと思った。
何を思って今、泣いている私を見つめているのだろう。
関係のない私が号泣して、恥ずかしい気持ちでどんどん悔しさが増した。
「…最初からきっと好きじゃなかったんよ。」
のっちの言葉に顔をあげる。
「ゆかちゃんは優しいからね…。私じゃ幸せにできん…。やっと気づいたんよ。だからこうするのが一番いい。」
またはははと笑ったのっちの瞳が、少し潤んだように見えた。
『ねぇのっち…。のっち公園に戻らんかった?』
疑問をぶつけてみる。
きっとふたりは誤解しあっている。
のっちは一瞬驚いたような表情を見せ、そして選ぶようにして言葉を続けた。
「あ、あぁ…。何か…外見たら…まだおったんよ…。何でまだおるんよって…気づいたら抱きしめてた…。」
やっぱり…。
のっちはゆかちゃんを助けに戻ったんだ。
「でも…私じゃダメなんよ…。」
そう言い遠くを見つめるのっちの顔は、とても穏やかで美しかった。
『…あ〜ちゃんの名前呼ばんかった?』
え…?と、のっちの大きな瞳が私に向けられた。
どうやら私の考えは正しかったようだ。
『…ゆかちゃん言ってた。誰かに抱きしめられた気がしたって。』
「うん、だから私じゃダメな…」
『あんた昨日私のコート着てたじゃろ!ゆかちゃん誤解したんよ!あ〜ちゃんの匂いがするって!』
「………。」
のっちはまた穏やかな表情で遠くを見つめ、少し間を置いて答えた。
「…そんなことはどうだっていい。もう…終わったことじゃけ。」
『!……。』
私が答えると、あ〜ちゃんは一瞬何か言いたげな表情をしたけど言葉をこらえ、黙って俯いた。
今さらもう何だっていい。
これでいい。
これでいいんだよ。
静まり返った部屋。
時計の針の音が虚しく響く。
ちょうど日付が変わった。
…カチ…カチ…
私の心を置き去りにしても、けして時間は止まってはくれないのだ。
『いきなり来てごめん…帰るね。』
立ち上がり玄関へ向かうあ〜ちゃんの後ろ姿を、私はソファに座ったまま眺めた。
これ以上、のっちにかける言葉はないと思った。
ゆかちゃんごめん…
私にはもう出来ることは何もない…。
…もう無理なの?
ふたりがまた微笑み合うことは不可能なのだろうか。
いや…のっちの言うとおり、もう元に戻らない方がいいのかもしれない。
靴をはき、ドアを開けようとした手を止め、後ろを振り返る。
「ありがとう…あ〜ちゃん。」
目が合うと、のっちは微笑んだ。
「あ〜ちゃん…ごめんね。」
とてもとても、悲しい笑顔だった。
『………。』
私は賭けに出た。
『…さっき病院行ったら、またゆかちゃん意識なくなったんよ。』
のっちの顔から微笑みが消える。
『夢の中で…きっとのっちのこと探しとる…。のっちの匂い…探しとる…。』
私はのっちの目をじっと見つめ、部屋を出た。
『…っ…!!!…。』
そのまま玄関のドアにもたれうずくまり、声を押し殺し涙を流した。
何でこんなことを言ってしまったのか、自分でも分からない。
もしかしたら後々すごく後悔してしまう嘘をついてしまったのかもしれない。
ただ…このままのっちの心がゆかちゃんから遠ざかってしまうのが嫌だった。
ゆかちゃんは今も、そして明日も
のっちへの想いを苦しく抱きしめながら眠るだろう。
少しでものっちの心に、ゆかちゃんが残ってほしかった。
『グスン…。』
拭っても拭っても溢れてくる涙。
…のっちは最後まで泣かなかった。
もう…私には何も出来ん…。
私は家に帰り、ようやく長い一日を終えた。
ゆかちゃんと黒い関係になってから、ふたりのことについてあ〜ちゃんと話をしたのは初めてだった。
いろんなことを考えすぎた私の頭は、あ〜ちゃんが出て行ったドアの音を聞いた瞬間に
考えることをやめてしまった。
…カチ…カチ…
時計の針の音が、そのまま私の頭と心を支配していった。
「ん…。」
カーテンの隙間から差し込む陽の光で目を覚ます。
何で私…ソファで寝てんの…
あっ…
いろんなことを思い出し、一気に目が覚める。
「………。」
冷たい水で顔を洗い、再びソファに腰をおろす。
昨夜、最後に見たあ〜ちゃんの真剣な瞳。
あ〜ちゃんは、私とゆかちゃんがうまくいくように、いろいろと応援してくれた。
考えたくないのに、頭に浮かぶのはゆかちゃんとの思い出ばかりだった。
ただ見つめ合って、そばにいるだけで幸せで。
たくさんたくさんふたりで笑い合った。
…私は、ゆかちゃんのことを心の底から信じたことがあったのだろうか。
ゆかちゃんが嘘をついた時、どうして私は素直に気持ちをぶつけられなかったのだろう。
ねぇどうして話してくれなかったの?
私のこと好きじゃないの?
どうして素直にそう言えなかったのだろう。
ひどい愛し方をしても、ゆかちゃんはずっとそばにいてくれたのに。
何を怖がっていたのだろう。
あ〜ちゃんの言葉を思いだす。
『ゆかちゃんまた意識なくなったんよ…。』
思い浮かぶのは、付き合った頃のゆかちゃんのキラキラした笑顔。
『夢の中で…のっちのこと探しとる…。』
思い浮かぶのは、最後に公園で私にすがりつくゆかちゃんの泣き顔。
ゆかちゃん…意識が…ない…?
もう二度と私の名前を呼んでくれない…?
一気にいろんな感情がこみ上げてくる。
『何で…何でよっ!!!』
私は上着を手に取り、家を出た。
(続く)
最終更新:2009年01月24日 22:08