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その日朝の天気予報では全域快晴で、お肌が気になる女の子たちは日傘と日焼け止めを駆使して1日を過ごすはずだった。
けれど私が今見上げている空は、ビルの隙間から見える限り濃厚な灰色。
予報は所詮予報で、当てにはならない。
さらに、分厚い雲で太陽は顔を出していないくせに、暑い湿度でじっとりと首筋を濡らす空気に、忌々しさを感じた。
しかも今日は特に、強く感じる。
私は最寄りの駅ビルまでゆっくりと歩く。平日の昼間だというのに、相変わらず人は多い。
みんな何してるんだろう。
と考えたが、自分も平日に休んでいることに気づいて可笑しくなった。中学・高校と違う感覚には、まだ慣れ切っていないみたい。

私の前を、ファーストフード店から出てきたカップルが歩き始めた。
肩から指先までぴったりと密着し絡ませ合っている。何て言うんだっけ、あの手の繋ぎ方。
あ、恋人繋ぎ。そのまんまじゃん。
2人は話しながら、時折顔を寄せ合って笑っている。
どこにでもいる、典型的なカップル。目線をずらせば、ほら、あそこにも。あっちにも。
そういえば、私は彼女とああしたいと思ったことは、ない。
特殊な関係だから、というわけではなくて。女の子同士が手を繋いでも、今時あまり違和感はないはずだし。
ただ、2人でショッピングしたり、カラオケに行ったり、映画見に行ったり、遊園地に行ったりは、したいと思わない。
だって、あ〜ちゃんと3人で行った方が絶対楽しい。そういう思い出の中にあ〜ちゃんがいないなんて信じられなかった。
私は普通の恋人のようなことを望んでいない。
例えばよくある話の、毎日連絡しないと駄目、なども思わない。むしろ負担になる。
デートとかメールとか電話とか、そういう表面的なことは、はっきり言ってどうでもいい。


駅ビルに着いた私は、何か甘いものでも買っていこうと思った。
何がいいかな。ごてごてしたケーキは嫌だし。
ぶらぶら歩いていたら、シフォンケーキが目についた。これにしよう。プレーンとモカで。
会計を済ませて振り返ると、ショーケースの前にいた2歳くらいの少女が私を見上げ、母親と繋いでいない方の手でバイバイしてきた。
つられてニコリと笑って手を振った。子供って可愛いな。
私は改札に向かって歩き出す。
子供。別に欲しいとは今は思わない。
今は、か。私と彼女は頑張っても子供はできないのに。
そういえば、私たちの関係は何らかの終点があるのだろうか。結婚はもちろん、公にもできないのに。
別にそういうことは望んでいない。想像できないし。
だから先のことはやっぱり、はっきり言ってどうでもいい。
あぁ、どうも今日は、駄目だ。いけない。

乗り慣れた路線の電車に乗り込む。電車の中は期待以上に冷えていた。
私は座るのが億劫に感じて、扉に寄りかかって立つことを選んだ。
窓の外は電車の緩急あるスピードに合わせて移り変わる。ビルでできた凸凹が徐々に低く、平らにならされていく。
景色の屋根は相変わらず黒に近い灰色で、明らかに降下してきているのがわかった。傘は持ってきていない。
気怠く突っ立っていたら目的の駅に着いて、反対側の扉から降りた。
すぐ後ろから、同時に降りた女子高生3人の話し声が聞こえる。
改札を抜けた後も、歩く方向と速さが同じせいなのか、声は聞こえ続ける。
平日の昼間なのに。でもいいな、青春って感じで。ちょっと羨ましい。
何気なく耳を傾けたら、断片的に単語を拾った。
彼氏、別の人、浮気、あり得ない、別れちゃえ。
十分に話の内容が想像できる。それは大変だ。学校サボる価値があるかも。
道を折れて住宅街に入ったところで、3人と離れて私は1人になった。


ここからは滅多に人を見かけなくなる。私はむっとする湿度の中を歩いた。
浮気ね。別れるしかないわ。私なら。
私なら?私ならどうする?
そんなことあるはずがない。のに私の仮定は勝手に成長していく。
彼女の気持ちが他の人に向く。向いたら、仕方がない。彼女がそれを望むなら。
彼女が誰かと付き合う。付き合ったら、仕方が
「っ!」
私は突然、近くで鳴き始めた蝉の声に驚いて立ちすくんだ。じわりと冷汗が腋に滲む。
一瞬真っ白になった頭を組み立て、また歩き始める。

だから付き合ったら、仕方が
仕方が
仕方がなく、ない。全然ない。
彼女の指が、体が、誰かに触れる、触れられる。
彼女の声が、ひそめる息が、荒くなる息が、誰かの耳に入る。
あの唇を、誰かの指がなぞる。
私の喉奥に塊が詰まった。私は嫉妬すると、必ずこの塊ができる。
何度も唾液を飲み込むが、塊は消えてくれない。
真っ直ぐ伸びる歩道の先に、彼女が住むマンションが見えた。私の歩く速度が増す。
気持ちだけならいい。でも体は許せない。なんなの、この感情は。私は彼女をどう思っているの。
恋?違う。愛?知らない。独占欲?そんな類じゃない。
仮定から始まった思考の渦に捕われた私は、下腹部に違和感を感じた。
求めてもいないのに定期的に来る、不快な周期。だから今日は、狂いやすい。
頬に水滴が落ちた。とうとう雨が降り出し、見る間に強くなる。私の足も速まる。
私は脇目も振らずにマンションへ駆け込んだ。


エレベーターに飛び乗った頃には、私の息はすっかり上がっていた。
上昇する遅さに苛つく。2階
塊が飲み込めない、苦しい。3階
自分で自分を追いつめている自分にうんざりする。4階
下腹部が重たくて気持ち悪い。5階
一体何やってるの、馬鹿みたいに濡れて。6階
扉が開ききるのも待てずに飛び出し、部屋へ急ぐ。
乱暴にベルを鳴らしそうになった瞬間、ドアが勝手に開いた。
「やっぱりゆかちゃんだ。入って入って」
状況が飲み込めずに、言われるまま足を踏み入れる。
玄関に立っている私の髪を、のっちは白いバスタオルで無造作に拭き始めた。
「降ってきたなぁと思ってベランダに出たら、ちょうど走ってくるゆかちゃんが見えてさ。用意しといた」
タオルは温かくて、洗剤の香りがする。
喉奥の塊が、跡形もなく消え去った。もう苦しくない。
代わりに、今までの感情が沸騰したお湯の泡のような勢いで浮かび上がってきた。
「のっち」
もう何年も声を発していない人みたいな、弱々しい私の声。
「ん?」
表面的なことは、先のことは、どうでもいい。
のっちの気持ちが他の人に向いたら、仕方がない。
そんな可愛くない強がりも余裕も、ついさっきまでの嫉妬も、のっちを目の前にしたら、触れられたら、意味がなくなった。
好き?そんなの当たり前。
愛してる?ううん、まだよくわからない。
ただ、
「なに?ゆかちゃん」
「…会いたかった」
濡れた私の顔を、眼から溢れた生温い水滴がもっと濡らす。
のっちは少し照れたように微笑んだ。
「知ってるよ」


ーーーーendーーーー






最終更新:2009年01月24日 22:14