『はぁ…はぁ…。』
静かな部屋に、ゆかちゃんの息づかいだけが響く。
「………。」
ふわふわと宙をさまよっていたのっちの視線が、ふとゆかちゃんを捕らえた。
その瞬間ゆかちゃんの体がビクッと反応し、
再びのっちに覆い被さろうと動いたその腕を、私はグッと引き止めた。
『…!はぁ…、っちぃ…。』
それでもゆかちゃんはまだのっち求めていた。
見たことのないその表情に私は言葉が出ない。
ゆかちゃんは普段、はしゃぎすぎる私たちを
どこか一歩引いて見ていてくれる。
どんな時もゆかちゃんだけは、冷静だった。
『はぁ…はぁ…。』
そんなゆかちゃんを…
たったひとりの人が…
そう、のっちが…
こうして全て乱してしまうんだ…。
私の頬を再び涙が伝う。
その時、俯いた視界の中に大きな手が入ってきた。
『……っ…。』
ゆかちゃんが私の涙を、そっと撫でた。
『…あ〜ちゃ…あ〜…ちゃ…。』
顔をあげ、見えたゆかちゃんの瞳は、
さっきまでの表情とは違っていた。
私の知っているゆかちゃんだと思った。
「ゆか…ちゃん…。」
ゆかちゃんは、私にぎゅっと抱きつく。
まだ混乱する私の頭。
とりあえず、今あ〜ちゃんが私のせいで泣いているということだけは、ようやく理解できた。
…そう…だ…。
のっち…
今…同じ空間に…のっちがいるんだ…
再び波打つ胸の鼓動。
私はぎゅっと目を閉じ、あ〜ちゃんに抱きついている腕の力を強めた。
今この腕を解くことはできない。
解いたらまた、私は私でなくなり愛しい人を求めてしまう。
「ゆかちゃん…。」
私の思いとは反対に、あ〜ちゃんは私を解放した。
「ちゃんと…話せる…?」
私はさっきまであ〜ちゃんに抱きついていた力と同じだけ
いや、それ以上の力で自分の服のお腹辺りをぎゅっと掴み、ゆっくり頷いた。
私は、何も出来なかった。
どうするのがいいのか、分からなかった。
ゆかちゃんに激しく求められながらも私はとても冷静で。
どうしてここに来たの?
ゆかちゃんとどうしたいの?
ひたすら自分に問いかけていた。
あ〜ちゃんに抱きしめられ、ゆかちゃんの荒い息づかいが消えていった。
「のっち…。」
あ〜ちゃんの強い視線が私に向けられる。
「何で…ゆかちゃんと別れようと思ったん?」
そうのっちに問いかけた瞬間、ゆかちゃんがまた小さく震え涙を流しはじめる。
きっとゆかちゃんは思い出したくないだろう。
だけど…逃げてちゃ進めないんよ。
私はのっちをじっと見つめ、答えを待つ。
『…もうだめだと思ったからだよ。』
ゆかちゃんはすすり泣いていた。
「…ちゃんと答えて。今しかないんよ…。」
私がそう言うと、のっちは少し表情を和らげ一度小さく深呼吸をした。
『…私がゆかちゃんの耳に傷つけた時。ふたりが言い争ってたじゃん。』
やっぱりあの時聞いてたんだ…。
『私何やってんだろって。私がゆかちゃんと離れたら全部うまくいくじゃんって。』
ゆかちゃんは顔を手で覆い、しゃくりあげた。
『ようやくね…気づいて。それだけなんよ。正しい答え、選んだだけなんよ。』
のっちは軽く上を見上げ、優しい表情をした。
ゆかちゃんの泣く音だけが大きく聞こえる。
私はそんなゆかちゃんを視界に入れないよう、わざと上を見上げた。
今は泣いているけど…きっとすぐに笑える
正しい選択なんよ、これが。
ゆかちゃんにとっても、三人にとっても…。
『っで…、何…でっ…。』
俯いていたゆかちゃんが、キッと私を見た。
『こ、んなに…、す、好き…のにっ…!…』
わなわなと震え、号泣するゆかちゃんをあ〜ちゃんは再び抱きしめた。
好きなのに…
こんなにも好きなのに…
こんなにも私の心はのっちでいっぱいなのに…。
どうして離れなきゃいけないの…?
のっちがいなきゃ…ゆかは息もうまくできないんだよ…?
こんなに胸が苦しいのが…のっちの言う正しい答えなのなら…
ゆかはこの胸を突いて壊してしまいたいよ…。
『っ…うぅ…っ…!…』
あ〜ちゃんの胸で、私は泣き叫んだ。
「…違う。」
私の頭上で低い声が響いた。
「私が聞きたいのはそんなことじゃない。」
あ〜ちゃんは抱きしめながらぎゅっと私の手を握る。
「さっきから正しいやら何やら…。結局あんたは…」
あ〜ちゃん何…言うん…?
「ゆかちゃんのことが嫌いになったん?なってないん?」
ードクッ
嫌…聞きたくない…
沈黙が部屋を支配した。
「………。」
その瞬間、のっちの大きな瞳から涙が一粒零れ落ちた。
昨夜どれだけ私が泣いても、そして今ゆかちゃんがどれだけ泣いても、のっちは泣かなかった。
そんなのっちが…のっちが…泣いている…?
「っ…!…」
のっちは自分の目から流れた涙に気づくと慌てて拭い、グッと唇を噛んだ。
『……のっ…ち…!』
私とゆかちゃんはのっちを見つめて固まった。
(続く)
最終更新:2009年02月12日 14:02