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のっちの家のテレビは、つけっぱなしのことが多い。
一人暮らしの家は大抵そうなのだろうか。音がないと寂しくなる気持ちはわからないでもない。
だけど今は2人でいるのだから、つけっぱなしでなくてもいいだろう。しかも2人とも別々のことをしていて、テレビに見向きもしていない。
ここで突然消すのも変かと思い、とりあえず近くにあったリモコンで音量を下げる。
部屋が静かになり、満足。
私は会話を探す必要のない、この時間が、好き。
無理に距離を縮めるわけでなく、ごく自然に、でもすぐ触れられるくらいは近くにいる時間が、好き。
隣に座るのっちも同じように感じていてほしいが、正直よくわからない。
長年そばにいて、そしてより特別な関係になって1年弱。驚く程単純なときもあるのに、未だに何を考えているのか掴めないときも多い。
でもそこが、好き。
こうしてぼんやりと1人で黙っていると、たまにふと、こんな柔らかな感情が浮かんでくることがある。
心地よい、暖かで穏やかな気分。3人でいるときに感じる、たまらなく幸せなそれとは少し違う。
そんな気分に包まれて、ソファーに座り携帯を操作し始めた私の隣から、小さな音が。
 …ぃっく
私は特に気に留めず、大学の友人へ向けて返信メールを作り続ける。
『じゃあ今度会ったときに!めっちゃ助かる〜ありがとっ☆』
 ぃっく…
『このお礼はいつか必ずするよん(#^_^#)』
 …っく
『ではでは火曜にね〜、おやすみなさい!』
 いっ…ぅ
私はメールを送信し、用済みの携帯を横に放った。普段は無いと死ぬ程大事だけれど、2人でいるときはちょっと邪魔。
隣に目を向けると、何喰わぬ顔をしたつもりで雑誌を読み続けるのっちが座っている。
今日ののっちは、洗いざらしのデニムのミニスカートに、ゆったりした淡いグレーの長袖カットソー。
少しの間観察していたら、丸まったグレーの背中が規則正しくぴくっと動いているのがわかった。
 ひっぅ…
誰が見ても間違えようがない、しゃっくり。約7秒毎に1回。
私が数え終えるのと同時に、のっちは雑誌を床に放ってキッチンへ立った。
腰に片手を添え、コップいっぱいの水を一気飲み。
そしてコップを持ったまま動きを停止。
 ……ひっく
私は思わず吹き出した。全く効果がない。
「笑わん…ひっ…でよ」
「だって、おもしろいんだもんっ」
のっちはわざとらしく不機嫌そうに眉をひそめるが、口元がそれに付いていけていない。自分でも可笑しいのだろう。
その複雑な表情で立ったまま、呼吸を止めたり、唾を飲み込んだり、思いっきりくしゃみをしたり。忙しない。
 ……いっぅ
私はのっちが失敗するたびに吹き出してしまう。おもしろすぎる。
「もう、人が困ってるのに笑って。ゆかちゃん…っく…のっちのこと驚かしてみてよ」
「それさぁ、自分から頼んでる時点で、もう驚くとか無理じゃん」
むむ、と不満げなのっち。その間も、小さく肩が動いている。
その様子が素直に、可愛いなと思う。
それと平行して、私の中に密やかな企みが浮かんだ。
しゃっくりに感謝しなければ。


私自身は人に驚かされるくらいでしゃっくりが止まるとは信じていないが、この企みを成功させるためには細心の注意が必要だ。
驚かさないように、そんな雰囲気へ。
のっちとの会話を続けながら忙しく思案を巡らせるも、今の位置関係や状況からは、さすがの私も自然な流れに持っていくことは難しい。
しかしこの機会を逃すのは惜しい。
ここは慎重に、直球で。
「のっち。ちょっとここ、座って?」
私は意識して目を合わせ微笑み、自分の腿をぽんぽん叩いた。
「なに?…ぃっく…いきなり」
次はちょっと変化球で。
「いきなりじゃないよ。もう、そういう時間だよ?」
そう言って壁の時計をちらりと見る。
夜の23時前。
私につられて時計を見たのっちに視線を戻すと、私がほのめかした意味を正確に理解したようだ。
少し戸惑いがちに、私と時計の間を大きな瞳が往復している。
カットソーの長い袖から半分出ている両手の指を、落ち着きなく絡ませ合っている。
あと一押し。
「ね?」
「でも…ひっぅ…ゆかちゃん観たいテレビ、もうすぐ始まるよ?」
あ、すっかり忘れていた。だからテレビがつけっぱなしになっていたのか。
しかし私は諦めない。
ちょっと恥ずかしそうに足をぱたぱたと動かし、首を傾げて顎を引き、上目遣いをする。
最後は直球で、落とす。
「テレビより、のっちが、いい」
落ちた。
のっちは一瞬大きな瞳をより大きくすると、無言でテレビを消しに行った。
俯き加減でテレビを経由し、のっちは無言のまま私が座るソファーへ。
手を握って目で促すと、のっちは私の腿の上に跨がった。互いの背に手をまわして向かい合う。
いつかのっちがこの体勢で私を、したことがあった。それ以来、私ものっちを、したいとずっと狙っていた。
この体勢は両手が自由になるし、長時間でも辛くないし、顔が見やすくて体を密着できるし。
なにより、たまらなく興奮する。
今日は2人ともミニスカートだが、直接肌が触れ合うのを、のっちのカラータイツが阻んだ。
いっそのこと破いてしまおうか。
軽く物騒なことを考えながら、相変わらず規則正しく微かに動く唇へ、指を伸ばす。
「しゃっくり、可愛いね」
照れたように瞳が揺れる。口はすでに薄く開いていて、今にも舌先が顔を出しそうだ。
と思ったら、唇に当てた指先を静かに舐められた。
そして口と同様、薄く開かれた瞼の隙間から私を見下ろしてくる。
ついさっきまで戸惑っていたくせに、もう焦れている。普段ののっちからは想像できない、魅惑的な表情。
何も考えずに押し倒してしまいたい衝動を必死に抑え、私は企みを実行することにした。


唇が触れ合うギリギリまで舐めさせ、指先と交代してキス。
私の背を掴むのっちの手に力が入り、体が引き寄せられる。
のっちの背にある私の手には、7秒毎に振動が伝わってくる。
それを確認して私が顔を上げると、少しの失望の色がのっちの顔に浮かんだ。
まだまだ足りない、と。
私は目で失望を受け流し、小さな耳たぶに口を寄せ、タイミングを合わせて吸い上げる。
 ぴくっ
「あれ?今の、しゃっくり?」
そのまま耳元で囁く。
「しゃっ…ひくっ…くりだよ」「そっか」
私は一旦のっちの唇へ戻って、啄むように口づけた。
これはご褒美。
また耳へ移動し、赤くなっている耳の溝へ、わざとタイミングを外して舌を這わせる。
 ぴくっ
「今のは?」「…しゃっくり」「ふーん」
私はまたのっちの唇に戻ってキスをしようとして、寸前で止めた。
不思議そうな視線を合わせて、にこりと笑ってみせる。
これは罰。
2、3回繰り返すと、のっちがルールを理解したようだ。
 ぴくっ
「これは?」「いっく…それは、その…」「しゃっくり?」
「…違う、もの」
4回目。のっちがキスして欲しさに、とうとう素直になった。
私は喜んでご褒美をあげる。今日初めて、舌を絡めて口づける。
きっと自分は今、他人には見せられない程だらしのない顔をしているだろう。


のっちと舌を絡ませたまま、手を背中から滑り下ろし、カットソーの中へ入れようとしたとき。
ブーブーブー…
「「!」」
横に放った私の携帯が鳴った。正確に言うとバイブが鳴った。
なぜこんなときに、と苛々して焦ったが、バイブはすぐ止む。メール着信だったようだ。
私は口を離し、緊張しながら待つ。
 ……ひっく
心の中でほっと一息。よかった、まだ止まっていない。
気を取り直し、私は意気揚々とカットソーの中へ手を忍ばせた。
のっちは頬を染め、まだ物足りなそうに私を見下ろしている。焦らされることに対する困惑も混じっている。
それを無視し、タイミングを外して、引き締まった腰のくびれに触れた。
 ぴくっ
「今のは?」「…いっぅ…もう、いちいち聞かんでよ、変態」
「今のゆかには、褒め言葉だよ。それ」
お礼に、のっちの熱い頬にキスを一つ。
そして両手の指先だけで脇腹を上に滑らせ、ブラの隙間から手を差し込んで柔らかく揉む。
 ぴくっ
「これ、どっち?」「ぁ…や…ぃっく」
私の腿の上で身を捩るのっちはひどく扇情的で、意識しなければあっという間に理性が吹き飛びそうだ。
じっと見つめられているのに気づいたのか、のっちが下唇を噛んで私の肩に顔を押しつけてきた。
その仕草は、予想していなかった。
「のっち、可愛い」
私は片手で胸を優しくあやしながら、もう片方の腕で強めに抱きしめ、静かに呟く。
「…好き」
「!」
そのまま顔のすぐそばにある首筋に何度か吸い付いた。
衝動のまま痕をつけないように、必死に気をつける。
首も頬と同じくらい赤くなって、熱くなっている。
本当に、可愛い。


抱きしめていた手で背を下に撫で、スカートの中へ入れようとしたとき。
違和感が私の頭をかすめた。
「…?あれ?」
「……」
さっきまで7秒毎に震えていた体が、止まった。もちろん私が与える刺激に応える以外だが。
「…もしかして、しゃっくり止まっちゃった?」
のっちはゆっくり体を起こし、私と向かい合って少しの間動きを停止。
「あ…そうみたい」
「うそ!?なんで!?」
私は自分でも驚くくらい動揺した。せっかく成功していた私の企みが、なぜ今になって…?
「わかんないけど…」
「けど?」
見えている肌全体を桃色にしたのっちが、視線を泳がせて口を開いたり閉じたりしている。
私は言うように訴えた。得意の瞳力で。
それに根負けしたのか、ちらちらと私の顔をうかがいながら、のっちが白状した。
「もしかしたら…ゆかちゃん滅多に、その…好き、とか…言わないから」
と、いうことは。私の言葉で、
「…びっくりした、ってこと?」
「うん」
私は今すぐに過去の自分を呼び出し、小一時間、いや軽く一晩は問い詰めたく、問いただしたく、説教したくなった。
せっかく、せっかく今からのっちをもっと可愛く乱れさせて堪能しようと思っていたのに。
まさか自分で自分の企みを壊してしまうとは。
…そういえば、今日はほんわかした気分になってたっけ。そのせいで思わず好きって…。
あぁ。私の、馬鹿。
私は1人反省会を慌ただしく終え、背と胸に当てた手でのっちの体を引き寄せた。
思い切り拗ねた表情で、迫る。
「のっち。もっかいしゃっくりして」
「えぇ!?む、無理だよ!」
「はぁ…だよね」
それはそうだ。すっかり脱力して、私はのっちの肩に額を乗せた。
「ゆかちゃん…なんか、怒ってない?」
まるで自分が悪いことをしたように弱々しいのっちの声に、顔を上げて少し吹き出してしまった。
「うん、怒ってる。昔の自分とさっきの自分に」
笑いながら、私の熱が行き場を無くしているのを感じる。
こうなったら。ね、のっち。
「だから…のっちが可愛く乱れて、ゆかの怒りを鎮めてくれる?」
答えを聞かずに、熱い唇を塞いだ。


ーーーーendーーーー






最終更新:2009年02月12日 14:15